90、マッチ一本
「そうねぇ。第一印象からほとんど変わってないけど、まっ、お子様かしら?」
サラスは疑問形で終えながらもそれが当然であるように言い放つ。
「分かり易くへそを曲げてみたり? かといって褒められればすぐ浮かれるし? 甘えたいのも分かるけど単純に構って欲しいからそうするのね。言っちゃえば寂しがり屋なのよ」
「……リンはどう思ってるの?」
ジーナから上がった弱気で小さな声をかろうじて拾う。
「優しいところとか、頼りになるところとか。笑顔が魅力的なところとか」
「……リンもぼくを子ども扱いするの?」
「そういうところも含めてのジーナだと思うけど……嫌?」
「ううん……」
ジーナは後ろ姿をこちらに見せたまま、その場で首を横へと振って見せては否定する。
「複雑、って感じかな」
「年頃って感じでしょ」
「サラスさん」
「何?」
奔放なサラスを前に。
「私のことはどうお考えですか?」
どうにかその場を落ち着かせようとしてか、マリアがその身を挺しては現状に待ったをかける。
「アンタは今も昔も一貫して、度が過ぎてるって言葉がぴったりよ?」
「なるほど。もう少し詳しくお聞かせ頂いても?」
「そういうところだって言ってもなるほどっていいそうね」
「そうかもしれません」
「まぁでも分かり易くはあるのかもね?」
「行動原理には必ずしも理由があるとは限りませんが」
「でもリンでしょ?」
「否定しかねます」
「ほらっ。でもそういう意味で言うなら、割と私に近いのかもしれないわね」
「一貫性はあるようですが……」
マリアは言葉を選ぶように慎重な眼差しでもって僅かながらの沈黙をする。
「サラスさんの行動にはいささか疑問を覚えることが多いように感じます」
「それは別に、理由なんてないからじゃない?」
「リンさんに負担させるべきではありません」
「私の口から言わせたいの?」
「分かっています」
「ならいいんだけど」
サラスとマリアは二人して顔を見合わせるとほぼ同時にこちらへと目を向ける。
「リンさん」
「ん?」
「あれを」
マリアが指差す。
その先へと視線を走らせれば道の脇。
周りに何もないとはいえ、だだっ広い平地とは違い、起伏のある街道からはその全てを視界に収めることは難しい。
少しでも高さを確保しようとしては立ち上がる。
しかし見えない。
分かっているのは上空へと立ち昇る煙と、その先に体よく立ち並ぶ青々と葉を茂らせた数本の木だけだ。
そこに作為的なものを感じなくもないが、自然の成す事ゆえ、一概にそうとは言い切れない。
「ダメだ。様子を見てくる。ジーナ」
名前を呼んでは急を要する事態であることを知らせると同時に馬車を止めるようにも促す。
それから周囲へと警戒を張り巡らせつつも、気配がないのを感じ取っては馬車が止まるのを待たずして一人先行する。
おかしい。
何かがおかしい。
それは異様な感覚として一歩近づくたびに自身の中である確信めいたものへと変わっていく。
次第に明らかになる全貌。
燻る火――、見覚えのある馬車――。
そして思い出す。
その違和感の正体、記憶の警鐘、既視感を。
「リンっ――」
声に思わず振り返る。
そこには現状の危険を顧みずに単身追ってきたのであろう、こちらの横へと当たり前のように並ぶジーナがいた。
「ジーナ」
「分かってるっ。でも何も言わないでっ」
そう言われると中々どうして口を突きかけた言葉も飲み込んでしまう。
しかし自主性を重んじるといえば聞こえはいいが、何にせよ自身の心臓には悪い。
「……サラスたちは?」
それで仕方なく受け入れては、話を変えるように馬車が止められているであろう方向へと顔を向ける。
「好きにしなさいって……リン、怒ってる?」
「怒ってないよ」
「……ごめんなさい」
ジーナは謝る。
神妙な面持ちからもその行為に対する真摯さは本気であることをこちらに示してはいるものの、如何せんその心当たりというものがないのだから困ってしまう。
「心配はしたけど、本当に怒ってないよ?」
「ううん、ただ、リンに謝りたかっただけだから……そのっ、気にしないでっ」
「……? うん?」
「いいのっ、こっちの話だからっ」
ジーナはそういいつつ照れ臭そうに笑う。
「ほらっ、これっ、馬車だよねっ?」
「うん」
「人為的なものみたいだけどっ、リンはどう思ってるのっ?」
それで思い返したようにまだ真新しい記憶のそれと残された手がかりを照らし合わせていく。
「燃え殻に――馬車以外の痕跡が無いから襲われたのか捨てたのか判断に困ってるところかな」
「それなら多分……あっ、これ見てっ、リンっ」
ぐるっと馬車を中心に回っては反対側からこちらを呼ぶ声。
「ん?」
「これっ、車軸が折れてるけど車輪は綺麗なまま。多分折れたんじゃなくて狙っておられたんだと思う」
ジーナはそういうが自身にはその見分けがつかない。
ただ、他ならぬジーナのいうことであるからにして。
「つまり、襲われたってことかな」
「たぶん……そうだと思う」
表情を曇らせながらもジーナが結論を導き出した。
目の前のそれはまず間違いなく騎士団からの護衛として預かる事となった例の馬車であろう。
「だとすると……」
ぐるっと周囲を見渡すもそこ以外に目ぼしい選択肢は存在しない。




