88、小気味
「これをっ――」
荷馬車を前にして、ここ数日間とても良くしてくれた受付の女性から水晶玉と思われる非常に透き通った物体を手渡される。
「そのっ、たまにっ、なら……連絡してもいいですか?」
目の前の女性。
レーシアはこちらを控えめに見つめる。
「えぇ、もちろん」
それに異を唱えるという事も無く。
ただ成されるがままに受け入れる。
「あ、ありがとうございますっ」
「いえいえ、こちらこそ色々とご迷惑おかけしまして。助かりました」
「そ、そんなっ、迷惑だなんてっ、そんなことないですっ」
「そうですか?」
「はいっ」
「ははっ、いいんですか? またお手数おかけすることになるかもしれませんよ?」
「ま、任せてくださいっ! 私、こう見えて結構優秀なんですっ」
そう言いながら見せる素振りはジーナのそれに似通っていて何とも微笑ましい。
「むーっ、何でそこで笑うんですかーっ」
「すみません、つい楽しくて」
「ならいいんですっ」
レーシアは言いながら顔を背ける。
しかしその視線だけはこちらをしっかりと捉えているようで。
「リンさんは魔法が使えませんからっ。私からの一方的な連絡になるとおもいますけどっ。別にリンさんからしてくれてもいいんですよ?」
「ははっ、分かりました。その内機会があれば試してみようと思います」
「その内、ですかっ。まぁいいですけど……」
レーシアはそっぽを向いていた顔をこちらへと向けては視線を落とす。
「どうかされましたか?」
「南下、されるんですよね?」
「はい。一応そのつもりです」
「南は……その。魔物との境界線が近いという話はしましたよね?」
「はい。一昨日のこと、ですね」
それで他種族が入り乱れていることもあってか、危険の種類も度合いもこことは比べ物にならないと聞かせてくれた。
「その、竜の目撃情報がいくつか組合の方に上がってきています」
「心配してくれているんですか?」
「あ――当たり前です!」
「ははっ、大丈夫ですよ。心配ご無用です」
「そっ、それは――リンさんにはその、実績があるとは言ってもこの辺りに出没するような幼体とはわけが違うんですっ! 大きさも早さも、それこそ炎の吐息なんて鉄を簡単に溶かすんですよ!?」
「大丈夫大丈夫」
「それはもう聞き飽きましたっ」
「困りましたね」
「本当は……私が直接道案内したいところなんですけど……。そんなに急に仕事は辞められませんから……」
「アンタどんだけ――」
「サラスっ」
ジーナがサラスを文字通り押しとどめる。
流石に長話が過ぎたか。
「レーシアさん」
「はい……」
「また会いに来ます」
「……絶対ですよ?」
「レーシアさんもあまり無茶はされないようにお願いしますね」
「施設の方は任せてください。でも、もし倒れたらリンさんに看病をお願いすると思いますからっ。その時はどこにいようとも関係ないですよっ?」
「善処します」
「ふふっ、冗談ですよっ。むしろリンさんが倒れたときには私を呼んでくださいねっ?」
「どこにいようとも、ですか?」
「どこにいようとも、ですっ」
「分かりました」
「ならいいんですっ」
レーシアは頬を緩ませてはその口元に満足気な笑みを浮かべている。
こちらもきっと同じようなものであろう。
「さてっ、そろそろ行きます」
「はいっ。あ、でも、別に引き留めたりはしませんよ?」
「お気遣い感謝します」
「お気遣いだなんてっ、ただの冗談ですっ」
「なるほど」
「何がなるほどですかっ。もうっ、さっさと行っちゃえばいいんですっ」
「はっはっ。それじゃあ、行ってきます」
「はい。いってらっしゃいませ」
レーシアは深く、丁寧にその場で頭を下げる。
それから顔を上げないレーシアに対して、何も言わずに背を向けては荷馬車へと乗り込む。
「レーシア、またね」
短く、こちらの思いのままに。
再開を約束しては別れの言葉とする。
「はいっ、またのお越しをお待ちしておりますっ」
顔を上げたレーシアは屈託のない笑顔をこちらへと向けてくれる。
応える様にこちらも手を頭上へと掲げては出立の合図としてか。
馬車は次の街へと向けてゆっくりとその大きな体で以って歩み始めた。




