86、ノックは二回
「失礼」
言いながら問答無用で扉を蹴破り入室。
返答は両脇からの鋭い剣戟。
間合いから逃れるように後退。
自然と刃は空を切る。
「チッ――」
舌打ちも良いが、こちらは壁ごとそれらを一蹴。
「ファイヤーボルト」
一人がもう一人を巻き込んでは仲良く退場――していったかと思えば、何やら立て続けに聞きなれない言葉が耳へと届く。
それでどうなるのかはさておいて、声を上げたということは攻撃に準ずる何かであろうことは想像に難くない。
しかし、相手の姿は壁越しに見えず、同時にそれなりの距離もある。
そう考えるとその手段は近距離ではなく遠距離、それもどうやら障害物を考慮した上でこちらに被害を与えるものか、元より障害物を考慮しなくてもこちらに攻撃を通せるものということになる。
その前提を仮としてこちらの選べる対応は攻撃、防御、回避の三択であり、その内回避は行動を取ろうにも正解が分からない今、一種の賭けにも等しい行為であるが故に選択肢からは外すべきであろう。
となると、必然攻撃か防御。
そのどちらかになるわけだが……。
「ヌァッ――!?」
攻撃は最大の防御というがそれは正にその通りだと自身でも思う。
目の前の壁を蹴り飛ばしては素っ頓狂な声が上がり、くりぬかれた破片が命中したことが窺える。
しかし――、間髪入れる事無くどこから湧いて来たのかその炎。
こちらとあちらとの間を一瞬の内に駆けてはそのちょうど中心で崩れかけた壁へと衝突。
思わず顔を覆いたくなるような赤に視界を染め上げ、鋭い熱をこちらへと届ける。
「……ッ、ファ――」
二度目は無い――。
もう一度残った壁を蹴りぬいては追加で瓦礫をお見舞いする。
「ファイアーッ!?」
合間を縫うように近づいては追撃――する必要もなかった。
どうやら当たり所が悪かったようで、口から泡を吹いては地面へと力無く伏せっている。
「これだから遠距離は……」
こちらの手を離れる都合上加減がききにくことが難点か。
ただ幸いなことにも息はある。
来た道を男を片手に逆走しては窓から外へ。
自身だけまた更に来た道を引き返しては残りの気配を追っていく。
そうして開けること三回目の扉。
往々にして幾人もの男たちを引き連れたその人物が待っていたと言わんばかりにこちらの行く手を塞いだ。
「――俺に用か?」
その自信満々な態度からはまるで知性と言うものが感じられない、感心すら覚える威勢の良さというものがあった。
「依頼でね。少しばかり手荒な真似をさせて貰った」
「そんなことはどうでもいい。お前、俺の部下になれ」
にわかには正気を疑う言動だが、妙に既視感を覚えて強く言い返せない。
「断る」
「ガハハハハッ! そうかそうか! なら――無理矢理にでも服従させるとしよう」
「そうかい」
「ガハハハハハッ!」
男は笑っている。
だがそれだけでは決してない。
裏付けするもの、その自信を支えているものが男にはある。
そしてそれは今も尚自身の目の前にて膨張し続けている。
「今なら許してやらんでも無いが?」
それでなくとも大柄だった男の肉体が一回り、いや二回り以上肥大化させてはこちらへとゆっくり近づいてくる。
「身に覚えがない」
しかしこちらとてそのために来たのだ。
退く気は一切ない。
とはいえ男が一歩歩くごとに大地が微弱にも揺れ、その姿がハリボテではないことをその都度自身を含め周囲へと示し続けている。
「フッ――死ね」
そうして部下にすると言いながらも射程圏内に入った途端明らかに殺意の籠った拳が振るわれる。
ただ自身も漫然とそれを待っていたというわけではない。
相手の拳に対して一歩踏み込み、それから避けるのではなく触れることで軌道を逸らす。
予備動作からしてこちらに当てるのではなく見せつける類のものであろうが、それにあえて付き合わなければならない理由も無い。
拳を捌いた後に生まれる隙間、お互いに踏み込んだことによる超至近距離の最中。
大きくなったその的から選び取ったのは急所である鳩尾。
腕を小さく折りたたんでは肘を打ち込む――。
しかし、こちらの予想と反するように、その衝撃のほとんどが肥大化した肉へと吸収されていく。
「ハハァッ!」
不味いと思ったのも束の間――。
後頭部に電流などとそんな甘いものではない、正しく雷にでも打たれたかのような感覚が痛覚を飛び越して全身を物理的にも跳ね上げる。
「丈夫だな?」
勢いそのまま顔面から床へと突っ込んでは揺れる視界の端でどこまでもこちらを試すような追撃が加えられる。
「オラァッ!」
踏みつけ――。
「オラァッ!」
踏みつけ――。
「まだまだ服従する気にはならねえよなぁ!?」
踏みつけ。
踏みつけ。
踏みつけ。
繰り返される踏みつけ――。
「ククッ、飛んだか」
止まる。
「おい、ぶち込んどけ」
男から闘気が引いて行くのが感じられる。
「いつも通りで?」
「あぁ、……いや、三倍だな」
「三倍、ですか」
「頑丈なやつだ。それくらいやらなきゃ堪えねぇ」
「分かりました」
「それと、マルクスからの連絡はまだか?」
「その件なんですが……」
「何だ」
「どうやら組合に引っ張られたようで……」
「何?」
「取引は中止せざるを得ないかと……」
「チッ――やってくれたな。こっちにも監査が来る。何人か用意しとけ」
「はい」
「それから――」
「もう目星はつけてあります」
「それでいい。さっさとあの金食い虫どもを処分しろ」
「分かりました。では――」
「あぁ」
「つまり。お前等を組合につき出せば解決するのかな?」
「あぁッ!?」
立ち上がってはその両手で汚れを払う。
相手には明らかな動揺と困惑。
そして意外かな、その目には恐ろしいものでも見るかのような畏怖が浮かび上がっている。
「いやはや。正直確証が得られなくてね」
「……お前、死に足りねぇようだな」
強い。
僅かな時間で精神を立て直したことからもそれは評価に値する。
「この際会話の内容にどんな意味があるのかはさておいて。まぁ、彼女らが数年暮らせるぐらいにはため込んでいるんだろう?」
「くだらねぇ……もうお前は用済みなんだよ」
「同感だね」
「……くたばれ」
「死んでくれるなよ」
目の前で繰り返されるのは二度目の膨張。
男は先程と比べても十分巨体と言える域にまで達している。
「……あばよ」
男は拳を引き絞り、限界に達したところでこちらへと解き放つ。
まるで前回と違う速度に一瞬驚きもしたが、何も驚かすためにその拳を握りしめているわけではない。
こちらも合わせるように相手の拳目掛けて拳を突き出す。
――ぶつかる――。
そう分かっていてもお互いにその軌道は譲らない。
当たり前のように衝突する。
骨の軋む音が全身を巡る。
耐え切れず弾ける。
どちらが。
言うまでも無い。
追撃。
拳。
追撃。
拳。
追撃。
拳――。
「…………」
膝から崩れ落ちる。
大地へと横たわる。
肩を外す。
肘を外す。
もちろん関係者は一人とて逃がさない。
周囲へと目線を向けては端から全て片付ける。
顎、顎、顎、顎、顎――。
体格と人数のわりに何ともあっけない幕切れ。
積み上がった者たちを前に特別何かを思うこともない。
ただ、これで解決するかどうかは自身にも予想のつかないところで……。
とりあえずと。
その場から動けぬように関節を外して回っては、それから大柄な男と、口から泡を吹いていた男を両手に帰路といっても宿屋ではない場所へと向けて歩き出した。




