85、置き土産
結局――と。
後日改めてお礼することをその場で約束して、部屋で静養するサラスたちへと少しばかりの気を回してもらえるよう個人的にお願いする事で折り合いをつけることにした。
それから少しだけカップを片手に引き止められては片付けがあるとのことでその場に受付の女性を残して組合を後にする。
「さて……」
このままサラスたちの下へと向かってもいいのだが、自身にはまだ一つ確かめなければならないことがある。
足は自然と雑踏を抜け、大通りを避けるように細い路地へと進んで行く。
「とっ」
突き当りに現れた壁を助走もそこそこに手を掛けては反対側へ。
一転して景色は見た目にもみすぼらしい家屋が立ち並ぶ一角へとその姿を変える。
ここまでは組合で話に聞いていた通りのものだ。
しかし、問題はここから。
一応の道として舗装されていないそれが左右に伸びてはいるものの、この中からお目当ての人物を探り当てるとなるとその手間と時間は計り知れないものになるだろう。
一軒一軒虱潰しに回るとしても一日二日でどうにかなるとは到底思えない。
ここは足を使うのではなく、頭を使うべきか――。
その場で立ち尽くしていると視界の端で扉が開くのが見える。
出てきたのは一人の男。
一瞬の内に近づいては昏倒させると同時に再び建物の中へと放り込む。
「っ……」
人は疎らだが人目はある。
それを憚るように許可を待たずして入り込んでは扉を後ろ手に閉める。
そこで目にしたのは何の事は無い、よくある光景だった。
「…………」
住民であろうか、自然と一か所に集まり肩身を寄せ合っている子供たちと目線が合う。
ただ、それも一瞬だけ。
こちらに対して怯えているのであろう。
すぐさまに目線は逸らされ、泳いだ挙句に床へと伏せられる。
数は……六人か。
部屋の広さに対して明らかなまでにその人数は多いが、それでも雨風を凌げるという意味では十分だろう。
内装については最低限のものが乱雑に置かれている。
特にそれ以上でもなければそれ以下でもない。
「自分はリン、という。まだ冒険者と名乗れるのかな。グラフィだかグロスだかヒゲで体格の良い恐らく冒険者の妹さんを探しているんだけど、心当たりがあったら教えて欲しい」
「……わ、わたし……です」
それが本当かどうかは分からないが、だとしてもまず一つ手がかりを得た。
幸先としては出だしが良いと言えるのではなかろうか。
「名前は?」
六人の中で控えめに手を上げたその女の子。
見た限りではそれほど病弱という風には見えないが……それも今となっては本人に聞けばいいだけのこと。
「シャ、シャル……です」
「シャルか。良い名前だ。それで本題に入るんだが、っと――」
閉めた筈の扉が開かれる。
何の事は無い、ただの来客であろう。
ただし今は取り込み中であるが故に、その拳でもってもうしばらくの間眠っていて貰う事にする。
「さて、本題なんだけど。実はお兄さんから病気を患っていると聞いてね。様子を見に来たんだ」
「え、と。そ、の。病気……ですか?」
「うん。お兄さんは不死鳥の灰を探してるみたいだけど、もしかしたらそれ以外の方法があるかもしれないと思ってね」
「……兄さん……」
「お兄さんとはゴブリンの巣で会ってね。それから話だけは聞いてたわけなんだけど、中々時間が取れなくてね。遅くなってごめん」
「いえそんな、ゴブリン……そうですか。兄さんは……兄は元気ですか?」
それは意外な質問だった。
あれほどの物言いからして大層大事にしているのであろうと思っていたが、まだ会っていなかったとは。
ジーナたちを攫った者たちの中にはいなかった手前、その足取りは不明だが、それにしても顔ぐらいは妹に見せていたとしてもおかしくはない。
前例があるが故にそう出来ない状況に陥っているとも考えられるが、あえて今は妹に近づくべきではないとの判断からそうしている可能性も十分に考えらる。
何にせよ、あの男の実力からして、いや狡猾さからして今回の一連の騒動の合間に大金を成していたとしても何ら不思議ではない。
ここは嘘をつかない程度に本当のことを言っておこう。
「元気だったよ。それこそ自力で脱出出来たんじゃないかと思うぐらいにね」
「そうですか……」
あまり嬉しそうという感じではない。
ただそれでも少しほっとしているような、安心しているような雰囲気だけは確かなものとして伝わって来る。
「うん、それで。病気は、大丈夫なのかな?」
「…………兄に、兄さんに言伝をお願いできますか?」
「会えるかどうか分からないし直接言ったほうが良いと思うけど……どうだろう」
「私は……私は、兄さんを恨んではいません。ありがとう、と。一言だけもし会ったらでいいのでお願いできませんか?」
「……探しに行こうか」
「え……?」
「いや、あくまで提案だけどね」
「…………私は、ここから動くことが出来ません」
「というと?」
自分でも馬鹿だなと思いながらも分かっていながらその問いを投げかける。
「……すみません……」
「そっか。うん。もし会ったら伝えておくよ」
「ありがとうございます」
「んじゃ、また何か困ったことでもあったらいつでも呼んでくれて構わないからね」
「……はい。お気持ちだけ受け取っておきます」
「そう? まっ、無理強いはしないけどね」
「……ありがとうございました」
「こちらこそ」
そう言っては背を向ける。
そこに。
「あの、お金。お金払います」
たどたどしくも、どこか懇願するようにして上げられた声がこちらをその場へと引き留める。
「何に、対してかな?」
応えるように振り向いては六人の内の誰であろうと構わないとして聞き返す。
「名前、分かりません。でも顔分かります。悪い人。酷いことします。もう、嫌です」
「いいよ」
「あ、ありがとう、ございます」
「案内できる?」
「し、知りません。ごめん、なさい」
「大丈夫大丈夫」
「あ、あの……」
「ん?」
言い辛そうに口を開けては閉じてを繰り返して俯く。
沈黙――。
同様に他の子たちからも声は上がらない。
その理由は薄々ながら分かっている。
ただだからといってこちらからその答えを促すような真似はしない。
待つ、ただひたすらにその時を待つ――。
「……嘘、です。やっぱり、いいです。ごめん、なさい」
「お金だね?」
「……何で、分かる、んですか?」
「お金は要らないよ。好きでやる事だからね」
「で、でも……」
「なら、いつでもいいから無理せず貯まった時にでも持ってきてもらうってのはどうかな?」
「……いいん、ですか?」
「うん。もちろん」
「……初めて、です」
「そっか」
「はい……」
何の事かまでは分からないが、まぁ、何でもいい。
手っ取り早くも理由が出来たし名目も得た。
あとは実行に移すだけだというわけだ。




