84、蔑ろ
「つまり?」
組合の一室にて。
半ば犯罪者の如く詰め寄られては全面に荒い鼻息を浴びせられる。
ただしやったことは殆ど真実であり、むしろ犯罪で無いという方が無理があるような内容であるからにして……正に自業自得と言えばその通りか……。
鋭い眼光でこちらを射抜く、全く視線の逸れない男――。
名をフビンと言うらしい。
と、いうのも。
男がそう名乗っただけで、本当かどうかはこちらの与り知らないところなのだ。
「親衛隊とは知りませんでした」
「それは何度も聞いたな?」
「正当防衛です」
「正当な理由があるからと言って親衛隊の邪魔をしても良いと?」
「事前の説明も無く付け回された挙句に、こちらの仲間が負傷しましたので」
「お前は何か? その程度で親衛隊に損害を与えたと?」
「尾行程度ならまだしも。当たり所が悪ければ絶命していました」
「それはお前の所見以外の何物でも無いな?」
「事実です」
「異なるが?」
「どの点でしょうか」
「全てだ」
「なるほど……」
尾行の件が親衛隊であったことには別段驚きはしなかったが、抵抗に対して殺害も辞さない態度で接触してきたことには正直あとから親衛隊なるものの話を聞いて驚いた。
簡単に言うと国から各地方に貸し出された王直轄の領主に対する護衛というではないか。
仮にも王直轄というからには自分が言えた事ではないのだが、節度というものを守るべき側の人間であろうに。
やり方というものをもう少し考えて欲しい。
例えばというほど多くあるわけではないが、まず第一に接触方法。
第二に人の進退が決まる場での嘘八百。
欺瞞か隠蔽か。
その差などどうでも良いくらいにとにかく嘘つき極まりない。
「では、どうされるので?」
「やっと認める気になったか?」
「こちらの質問に答えて頂けますか?」
「お前にはこちらの質問に答える義務がある」
「認めるもなにも嘘偽りですので」
「まだいうか」
「えぇ、何度でも言いますよ。仲間の今後にも関わってきますので」
「……とりあえずお前からは冒険者の資格をはく奪する事になる。いいな?」
「いいも悪いも。決めた事であるならば従うだけです」
「フッ。くだらん強がりだ」
「そう見えますか」
「そうにしか見えんな」
「そうですか……では、そろそろ帰っても?」
「いいわけなかろうが」
男は闘気をその体に充満させていく。
「賊共はどこへ隠した?」
「隠してませんよ」
「ではどこへ消えた?」
「まず始めに知っていてほしいのですが、自分は彼女らを賊であるとは認識していませんでした」
「言い訳がましいやつめ」
「事実です」
「またそれか」
「はい」
それ以外に言えることも無いため何となく手持無沙汰で卓の上へと置かれた飲み物へと手を伸ばす。
別に中身に何かを期待していたわけではないのだが、それはとても美味しかった。
「隠し立てする事に何の益がある?」
「さぁ? 隠し立てしているわけではありませんので到底理解には及びませんね」
「裏は取れている」
「また親衛隊の皆さんですか?」
「分かっているのならさっさと吐くべきだと思うが?」
「どうやら相当根に持っているらしいですね」
「まだはぐらかす気か?」
「居場所に心当たりはありませんよ」
「あくまでしらを切りとおすつもりだな?」
「知らないものは答えようがありません」
「……おい」
フビンは近くにいた男に合図する。
何の事は無い。
こちらに対してその男から鉄拳が振るわれた。
「……避けるまでもありませんね」
そう避けるまでも無い。
男の拳はこちらの体を少しばかり揺さぶる程度で絶命にも程遠ければ脅威にすらなりえない水準とさえ言える。
「チッ――オラァッ!」
続けて振るわれる。
二発。
三発。
四発、五発、六発――。
それは繰り返される。
「ッ――」
顔色一つ変えないこちらに対して男は焦りを見せ始める。
急所。
そんな中で男の選んだ選択の一つだ。
当てさせはしない。
もちろん受けた所で問題が生じるとも思えないが、いい加減殴られっぱなしというのにも飽きて来た。
僅かに頭をずらしては額で受ける。
「ガァッ――」
鈍い音を立てて拳が壊れる。
固く握られていたそれは男の傍でだらりと形を崩し、悲鳴をかみ殺すようにもう一方の腕によってその姿を消す。
「貴様……反抗する気か?」
「同じです。こちらも当たり所が悪ければこうなっていた」
「貴様は故意であろうがッ!」
卓が叩かれる。
無論大きな音を立てるだけでそれ以上でもそれ以下でもない。
「ものに当たるのは感心しませんね」
「フッ、ククッ……この借りは返す。覚えて置け」
「丁重にお断りします」
身を折る男を力づくで引き連れては乱暴に扉を開閉する。
その後ろ姿に軽く頭を下げてはどこの世界も変わらないなと何とも不思議な気分になってしまう。
気付けばその口元には笑みが浮かんでいた。
再び飲み物に手を伸ばす。
そこに機を見計らったかのような来客。
数回の扉を叩く音に続いて勝手知ったるといった具合にこちらへとその姿を見せる。
「あ、あの――」
控えめなその声を上げたのは記憶の中にある限りで言えば鉱山の件で応対してくれた受付嬢その人だ。
「どうかされましたか?」
手に持ったままの容器を一息で空にしては席を立つ。
「い、いえ、その、えっと、お、お飲み物っ、お取替えしますっ」
そそくさとこちらに寄って来ては、たった今目の前で飲み干したそれに新たな中身を注いでいく。
自身も部屋を後にしようと思っていたわけだが、こうしてここまで顔を見せに来た以上、何かしらの用があってのことだろう。
別段急いでいると言う訳でもないのだが、切り出しずらいのか。
湯気を上げるカップを前に緊張の面持ちで右へ左へとその目を泳がせている。
待つこと自体に躊躇いはないが、たまにはこちらから促して見るのも悪くはないか。
「それ、美味しいですね」
当たり障りのない所からそんな話題を投げかける。
「へ――あっ、はいっ。そのっ、疲れによく効くって……その、余計なことでしたねっ。すみませんっ」
「いえいえ、とても美味しかったです。良ければ個人的に買い取りたいぐらいですよ」
「あ、あう、はっ、はいっ。後でご用意しますねっ」
「ありがとうございます。お願いします」
「いえっ、仕事ですのでお気になさらないでください」
「それで、何か自分に御用でも?」
「あ、いえ、その、鉱山の件では失礼な態度を取ってしまって……すみませんでした」
「謝らないでください。貴女が話を聞いてくれたおかげなんですから」
「い、いえっ、私はそんなっ何もっ」
「いえいえ、そんなに謙遜なさらないでください。貴女のしたことは誰にでも出来る事ではありませんよ」
「そんなっ、そのっ、えっと……」
「他にも何かおありのようですね?」
「だっ、大丈夫ですか?」
それは一概にどれとは言い難い。
何について指し示しているのかいささかこちらに考えさせるものだった。
「あ、いえっ、そのっ私に心配されてもですよねっ。すみません。差し出がましい真似をしてしまって」
「いえ、ただ何の事か分からなくてですね……すみません」
「あっ、謝らないでくださいっ。私が言葉足らずだったんですからっ」
「そうですか?」
「そうなんですっ。って、そのっ、えっと……親衛隊の方々との件で何かお困りではないかと思いまして……そのっ、あのっ、私に協力できることならどんなことでも仰ってくださいっ!」
それは何とも明後日の方向から現れたこちらに対する善意だった。
良くは分からないが、そう言ってくれていること自体は嬉しい。
しかし、彼女を巻き込むことには賛成できない。
むしろそういう意図があると分かった以上、今後の接触は避けるべきか。
現時点での無用な誤解はお互いに不利益しか生まないようにも思う。
だが、彼女の気持ちをこちらの都合で一方的に無いものとして扱ってしまうのは……ダメだ、ジーナかマリアに相談したい。




