83、ワニ
「さて」
サラスを楽な体勢に。
水分を摂取させてはアイギスのもとへ。
「アイギス」
まず、という最初の行動からして声を掛ける。
……予想通りというか、いつも通りというか。
目に見えた反応は示さないままただ眠りこけている。
「おーい」
頬を突いてみる。
ガブっ――。
「……アイギス。それは食べられない事も無いと思うが……指だぞ?」
真面目に指を齧られながらも指摘する。
寝ている手前それは無意味な行為であると分かってはいるのだが、それにしてもと無理に引き抜けば血が出そうな勢いだ。
「んにゃ……」
こちらの声が届いたのであろうか、力が若干ながら緩む。
そこで引っ張ってみるものの、依然としてこちらの指は取れそうにない。
「んん……リン……」
それは寝言なのか。
目を開ける事無く、されど聞き間違えることもなく。
一言一句こちらの名前を確かに呼んだ。
「何だ?」
「……リン?」
「何だ」
「リンってばっ」
「何だ」
「そっちじゃなくてこっちっ!」
頭を掴まれては無理矢理にその向きを変えられる。
そうして限界まで回されたその先。
視界を遮るようにして映り込んだのは、焦りを見せながらもどこか心配するようにこちらを急かすジーナだった。
「どうかした?」
「どうもこうもっ、このままじゃマリアまで倒れちゃうよっ」
「ん――分かった」
指を取り戻すことを諦め、器用にもアイギスを持ち上げては立ち上がる。
「マリア」
その距離を縮め、目の前の様相を確認しながらも一度手を止めるよう促す。
「リンさん、後はお願いします」
マリアはこちらに背を向けたまま、いつの日か見たように、取り留めも無く回復を使用し続ける。
既に覚悟は決められ、自身の成すべきことをしっかりと見定めているが故の迷い無き行動。
最早こちらが止める止めないに関わらず、マリアは行くところまで行く気のようだ。
「分かった。現状は?」
「ありがとうございます。治癒に余裕こそありませんが、それ以上に重傷者が多いです」
「アイギス次第だな」
「……はい」
「リンってばっ。止めてくれるんじゃなかったのっ?」
会話を聞いていたジーナに袖を引っ張られる。
「あー、いや。うん。後は頼まれたよ」
「もーっ、ぼくだってこう見えて結構ギリギリなんだからねっ?」
「無理はダメだよ」
「ふーんだっ」
ジーナはそっぽを向きながらも、マリアの傍に腰を下ろしては少しでもその負担を減らそうと自身に負荷をかけ始める。
「すまない……」
レイリィから詫びるような、それでいて感謝とも受け取れるような言葉が呟かれる。
「喋ってる暇があるなら手を動かすっ」
「あぁ……そうだな。ありがとう」
素直な感謝の気持ち。
レイリィから溢れ出るそれが決して言葉の上だけではないという事をこちらに否応なく実感させる。
「さて、アイギス」
いつものように定位置とも呼べるその場所で。
寝息を立てながらも指を齧り続けているアイギスへとその言葉を送る。
「どうしたい?」
それはお互いの間でのみ特別な意味を持つ問いかけ。
相手を尊重し、時には選択を迫り、それでいて自身を再確認させてくれるもの。
時間はあまり残されてはいない。
しかし、いつか来るであろうその時を。
静かに、佇み。
そうして待つという時間にはどこかこちらを待っているのではないかとすら感じられる瞬間があって――。
レイリィから流される涙の意味が一変していくのを感じ取り。
そっとマリアが大地へ倒れ、ジーナがその体を横にするのを見届けた後――。
中治癒。
そう何度か繰り返された言葉に続いたのは――自身の空腹をこちらに知らせる――それまでの過程を全て吹き飛ばすような実に軽快な音だった。




