82、銀食器
「んん……」
アイギスが腕の中で身動ぎする。
この様な状態であっても目を覚まさないのは得てしてその必要がないからか。
頭を上げては辺りを見回す。
そこで何かが自分の中ではまった。
「マリア……」
見れば腕から少なくない出血をしている。
その量と深さからして、当たり所によってはそれが十分に致命傷となり得るものであったということは考えるまでも無く。
「大丈夫です。っ……治癒」
言葉ではそういいつつも放っておけるほどのものでないことは明白。
自身で回復を施しては痛みを堪えるように止めていた息をゆっくりと吐き出していく。
「マリア……っ、ごめんなさい……私のせいで……」
「問題ありません。それよりも――」
マリアが言い終わる前に立ち上がる。
「皆さんのほうが……リンさん?」
「サラス、ジーナとアイギスを倒木の陰に」
「わ、分かったわ」
「……リン?」
「リンさん?」
「心配ない」
倒木の上へと足を掛ける。
それから荷物へと手を伸ばしてはスコップを抜き放つ。
「……身体強化。身体強化。身体強化。身体強化。身体強化。身体強化。身体強化。身体強化。身体強化身体強化身体強化身体強化身体強化身体強化身体強化身体強化……」
全身に力が漲り、反対に意識は遠のいて行く。
だが問題はない。
焦りも無い。
心配も無い。
不安も無い。
驕りも無ければ甘えもない。
目を瞑る。
出来るだけ正確に。
そして確実に。
その数と姿を捉えるべく。
気配を手繰る。
息遣いを感じとる。
「……親衛隊……何故こんなところに……」
それはレイリィの声。
流すか一瞬の思考。
活用する事に決定。
「親衛隊と言ったな」
「あ、あぁ」
「今すぐ姿を見せろ。五秒だけ待ってやる。一人でも見せなければ全員血反吐を吐かせてやる」
「ククッ」
「五秒経った」
閉じていた目を見開いては笑い声のした方向へと一瞬で詰め寄る。
スコップの先端を大地へと突き立てては横薙ぎに。
土に触れたものがいないのを確認した後、姿勢を沈めては振り返り際。
そこに居るのは分かっていたと下から上へとスコップを走らせる。
「――!?」
確かな感触。
同時にこちらの耳が飛び、肩を掠める。
スコップを手放しては両手を伸ばす。
掴む。
大きさからして頭であろう。
問答無用で膝を入れる。
更に追加で膝。
膝。
膝。
相手の姿があらわになる。
膝。
膝。
膝。
膝。
膝――。
既に意識はなく抵抗も示さない。
倒木へと男を片手に、スコップを拾い上げては一息で戻る。
「さて、もう一度だけ言う。姿を見せろ」
反応はない。
男の腕へと手を伸ばす。
「……リンさん。治療しても?」
へし折る。
「間に合うか?」
「分かりませんが……可能性はあります」
「任せる」
逆の腕へと同様に手を伸ばす。
「私も手伝うわ」
「ぼくも手伝うよっ」
「わ、わたしは――」
へし折る。
「アイギスを見てろ」
「あ、あぁ」
反応はない。
足へと手を伸ばす。
「待て。そこまでだ」
一人。
姿を現す。
「お前だけか」
へし折る。
「……全員透明化を解け」
もう片方の足に伸ばしかけた手を止める。
「お前の望みは何だ」
「もう果たされた」
「……何?」
こちらの把握していたものと全くの同数が辺りを取り囲んでいるのを確認。
男を天高く放り投げては再び距離を詰める。
「よせッ! 陽動だッ!」
口を開いては喚起するものの、集中を欠いた剣筋を潜り抜けるのは容易い。
腕ごと脇腹にスコップを叩き込む。
「――クッ!」
途中でへし折れてはその役目を終える。
すかさず手放しては相手の腰元に吊り下げられた予備の剣へと手を伸ばす。
引き抜く。
ついでに肩から先を斬り飛ばす。
相手の痛覚が意識を刈り取る前に追撃。
もう一方の手首から先を斬りつけては既に握られた剣を無理矢理に奪い取る。
「――ッ!」
視界の端でこちらに対して矢が射掛けられるのを確認。
投げ込む。
剣。
投げ込む。
剣。
投げ込む。
手ぶらの男。
その陰に隠れるようにして追従。
接近。
繰り返し。
繰り返し。
「ァ――」
倒れる。
伏す。
転がる。
崩れ落ちる。
「ク――ソ、が――」
意識を飛ばす。
揺らす。
混濁させる。
「ま、まて――」
待たない。
折る。
捻る。
潰す。
「ヒッ――」
悲鳴。
止める。
絞める。
「てッ――撤退して一度立てッ」
直す時間は与えない。
させない。
させるわけがない。
「援軍を――!」
呼ぶ暇があると思っているようならそれは勘違いだ。
「人質に――!」
遅い。
何もかも。
「……よ、よせ、お前、今自分が何をしているのか――」
「分かっている」
顎がずれる。
そのまま大地へと向かっていく。
いつからか握られていた歪な短剣でもって縫い付ける。
「あ……」
それで終わり。
碌な反応も示せずただの人形と化す。
否、終わってなどいない。
一人ずつ確認するように見て回る。
固定が生温いようであれば数の追加。
または形状の変更。
倒木へと戻る。
途中で切り落とされた自身の耳を拾っておくのも忘れない。
「手伝えることは?」
マリアたちに向かって指示を仰ぐ。
「サラスさんの手当を」
「分かった」
倒木の近くで横になっているサラスに近づく。
見るからに顔色が悪い。
それは以前のマリア一歩手前と言っても問題ないぐらいに。
「何かしてほしいことはあるか?」
負担にならないように小声で問いかける。
しかし、すぐには反応が返らず、手持無沙汰のまま暫く待つ。
もちろんだからといって急かすような真似は決してこちらからはしない。
「み、みず……」
「分かった」
その場を離れては荷物を漁る。
水筒の中身は空だ。
「レイリィ」
サラスの抜けた穴を埋めるためか。
アイギスから離れてはマリアたちを手伝うその後ろ姿へと声をかける。
「な、何だ?」
「水を持ってるか?」
「……ほらっ」
腰元に垂らしていたそれを外してはこちらへと差し出す。
「助かる」
礼を言いつつも口をつけないよう高い所から落とすようにしては口に含む。
飲み込む。
問題はなさそうだ。




