81、おせっかいと思いやり
「お前は……」
ライナスは呆れるように片手で目元を覆う。
「取引と言ったがあくまで提案だ」
「好きにしろと?」
「選択の自由がないように言っていたが選択の自由はある」
「断れば殺すのではなかったのか?」
「ここで逃がせば繰り返すだろう?」
「憶測だな」
「お互いにだ」
「質問に答えてもらえるか?」
「殺しはしない。ただ何の解決策も無しに野放しにするようなことはない」
「ではこちらから提案だ」
ライナスは何を思ったのかこちらに対して一歩前に詰めてくる。
こちらの両手はジーナとアイギスに因って塞がっているため自由に動かすことも出来なくはないが、多少の制限はかかっている。
それを警戒してか、それとも単純に相手の行動をよしとせずにか、マリアがその間へと割って入る。
「くくっ、心配するな。今更どうこうしようとは思わんよ」
ライナスは何を馬鹿な事をと口元を僅かに歪めながらもマリアにその場から退くよう促す。
「了承しかねます」
マリアは当然のように答える。
そこには何があろうともその提案に乗る事は無いという一種の宣言とも捉えられるような意思が込められているようにも感じられた。
「……まぁ、いいか。リン」
マリアに向けていた視線をこちらへと戻しては、真剣そのものの顔つきで何を思ったのか手を差しだしてくる。
「仲間にしてくれ」
それは予想の範囲の外。
そこから飛んで来たものに他ならなかった。
「……意図は、分からないでも無いか」
そう。
分からないでもない。
一度手合わせした後に、お互いを認め合うような形で仲間になるということは別段珍しい事ではなく、自身からしても戦場で何度かその機会に当事者として立ち会ったことがある。
「弱き者が強き者に帯同を申し込むことは可笑しな話でも無いだろう?」
「何人だ」
「ちょっと! ――正気っ!?」
サラスから声が上がる。
同時にこちらの意思を良しとしたのか。
口元に若干の笑みを浮かべながらも、ライナスから差し出されたその手は満足げに元の位置へと戻って行く。
「う、うーん……ぼくとしてはあんまり歓迎できないかもっ」
「未だ黒でも白でもありません」
「それは黒よ」
「うーん……」
流れる様に各々の意見を吐き出しては整理するように唸る。
「中々に辛辣だな。今は私一人としか答えようが無い」
「予想では?」
「……私は、そうだな。私は既にその心持ちだが。現実に敗した私以外は納得できないかもしれない」
「相手になろう」
「いや、その必要は無い」
「どういう意味だ?」
「きっとそれでも難しいという意味だ」
「話は……」
ジーナに視線を送る。
少しだけその口元を緩ませては小さくうなずく。
「聞いた方が良いみたいだな」
「……かいつまんで話すがいいか?」
「むしろそのほうがいい」
「そうか。そうだな。単純に国に対して恨みを持つ者、騎士団といった国に付随する仕組みに疑問を持つ者、その思いに感化され志を同じくした者。大抵はこの三つに分類されるが、それでも表に出していないだけで純粋に暴れたいだけの者たちも少なからずいる」
「そうか」
「あまり問題視していないようだな?」
「そう見えるだけだ」
「はっはっ、そうか。相変わらず面白い奴だな。まぁ、理由は各々違うとはいえ。その意思は自ら望んで罪に手を染めてしまうほど深く揺るぎないものだというわけだ」
「お前は、ライナスはいいのか」
「……やめてくれ。その名前は好きじゃない」
「お前はいいのか」
「……レイリィと呼んでくれ」
「分かった」
「……呼んではくれないのか?」
「レイリィ」
「リンっ? そういうの良くないと思うんだっ?」
声に目を見やればジーナが頬を膨らませている。
「ん?」
「こちらがリンと呼ぶ以上、そう呼ぶことに不思議はないと思うが」
「そういうのは顔を赤くして言う事じゃないと思うんだけどっ?」
「気のせいだ」
「口元が緩んでるよーっ?」
「気のせいだ」
「ふーんっ?」
ジーナはしつこく追及するが、こちらから見た所で変化は見られない。
だがジーナが言う以上いくら気のせいだと口にしたところで焼け石に水。
例えこちらにその真偽を確かめる能力が無くとも自身からすればそれは紛れもない真実だ。
「リン、お前からも何とか言ってやってくれないか」
「続きを」
「ふふっ」
「つれない奴だな……」
ライナスもといレイリィは片側だけ眉を吊り上げては少しばかりの不満を示す。
「まぁいいさ。私はもともと騎士団でそれなりの地位にいた。そこのダルガンは追い出されたわけだが、私は自ら辞めてやった」
「後悔しているのか?」
「していない、と言ったら嘘になるな。正直ここまで上手く行かないものだとは思いもしなかった」
「何がだ」
「内側から変えることが出来ないのであれば、外側から無理矢理にでも変えてやろうと思ったんだ」
「思い切ったな」
「自分でもそう思っているよ。だが、見てみろ。この有様だ」
「言いようはともかく、言いたい事は分からなくもない」
「これならどうにもならなくとも内側に残っていたほうが――」
「ライナス」
それはこれまでその背中を黙って見守っていた内の一人。
声の特徴からして、おそらくダルガンと呼ばれるレイリィの部下であった者だろう。
「何だ」
「お前、俺を、俺たちを裏切るのか?」
「そう見えるか?」
「こちらが質問しているんだ」
「最早素顔も晒してしまった。お前たちのところへは戻れんよ」
「裏切るんだな?」
「だからそう見えるのかと聞いているんだが?」
「ライナス、分かった。もういい。お前は俺たちの指揮官に相応しくない」
「くだらんな。現実を見る事がいかに苦しい事でも見なければその先を変える事など出来るはずがないというのに」
「黙れ。それでも少しは変化を成した。恨みも晴らした。その思いは俺たちにとってかけがえのない唯一無二の生きる証だ。それを否定する事は誰であっても許さない。いや、死んでいったものたちが許すはずがない」
「……好きにしろ」
「あぁ、好きにするとも」
ダルガンと呼ばれた者が剣を抜く。
それに同調するようにして次々とその手に武器が握られていく。
レイリィは顔をこちらに。
俯かせては瞳を閉じたまま。
背中越しに奏でられる金属たちの音色に懐かしい響きでも感じたのか、感慨にでも耽る様にただ黙しては耳を澄ましている。
「リンっ」
ジーナから声がかかる。
そこに含まれているのはまず間違いなく不安であり、同時にどうするのかという言わば動くことを前提としたもの。
答えるのは簡単だが、これは一種の通過儀礼と言えなくもない。
手を出すべきか。
出さずに見守るべきか。
その一瞬の躊躇いを突くように――その者たちは姿を現した。
「伏せろ――!」
こちらのその言葉に応えることが出来たのはマリアにジーナ。
マリアが力づくでもってサラス。
そうして手を伸ばすことで何とか大地へと引きずり込むことの出来た目の前のレイリィだけだった。




