80、必要経費
「アンタは小難しく考え過ぎなのよ」
それはサラスの言。
本人からすれば助け舟のつもりなのかもしれないが、ますますこちらを思考の海へと潜らせる。
「だからっ、うーん……そうね。アンタは私のことどう思う?」
「サラス」
「そうじゃなくて、こう、何ていえばいいのかしら」
「エルフ」
「うん、そうなんだけどね」
「リンは今の話を聞いてどう思った?」
「人それぞれ……だな、と」
「ふふっ」
こちらの答えにサラスが堪えきれないと笑う。
「うんっ。やっぱりリンはリンだねっ」
ジーナはジーナで既に密着している体を更に密着させてはこちらに心癒される笑顔を向けてくれる。
「リンさん」
「ん?」
「リンさんは私が狂っていると思いますか?」
「ま、マリアっ、その質問がすでにくるってるよ……」
「これが普通です。リンさんはどうお思いですか?」
「マリアだなぁ……としか」
「そういうことです」
「どういうこと……」
「アンタの普通は普通じゃないってことっ」
「そうだったのか」
「サラスっ」
「でもそれが良いところでもあるってことよねっ」
「そうなのか」
「そうよ。それで、そんなアンタに相談なんだけど」
サラスは改まりながらも一度こちらを窺う様に沈黙する。
「何だ?」
「その、この子たちに協力できないかしら?」
聞き返すまでも無く。
至って真面目な顔でサラスはそう告げた。
「別にいいが……」
「ほんとっ、ふふっ、そういうところよねっ」
サラスは再び笑って見せる。
こちらの答えが気に入りでもしたのだろうか。
「さっすがリンっ」
ジーナも喜んでくれているようで何より。
「リンさんらしいですね」
マリアからもお褒めの言葉と思って良いのだろうか。
その表情に変化はほとんど見られないが、それでもいくらか平時より柔らかな印象を受け取ることが出来る。
「まっ、最初から分かってたんだけどね」
「相談することが大切なんだよっ?」
「過程は踏むべきです」
「いやいや、本人ぽかーんとしてるけど」
「未だ理解に及んでいない」
「リンはどうするつもりだったのっ?」
ジーナは話を飛ばす。
それが指し示すのはライナスたちのことであろうか。
「正直困ってた」
「ありゃっ」
「え?」
「てっきり先程のように対処してしまわれるのかと」
「え?」
「え? じゃないでしょ」
「え?」
「リンが魔族? のところに連れて行こうとするから生かしておく気はないんだなって……もしかして違った?」
「反応からして変わりないように見えたんだけど」
「リンさんは初めからそのつもりではなかったようですね」
「嘘じゃないのは分かってたけど……リンはちょっと優しすぎるかもっ」
「優しいとか最早そんな次元じゃないでしょ」
「この目で見て確認したわけではありませんからね」
「見たら分かるでしょ」
「う、うーん……」
三人して唸る。
目線は何やらこちらとあちらとを行ったり来たり。
それでもすぐには答えが出ない模様。
「……リン」
それはライナスの口から漏れ出たもので。
頃合いを見計らってだとかそういう類のものでもなく。
ただ、その時その瞬間に思いついた疑問を呈するように零された彼女の純粋な気持ち。
「本気だったのか……?」
「魔族のことをどう思っているのかは少しは理解しているつもりだったんだけどな」
「本気で魔族と共存できると?」
「現にしている者を見た事がある」
「使役されているのではなかったのか?」
「働いてはいたな」
「その口ぶりだと無理矢理というわけではないんだな?」
「少なくとも強制はされていなかった」
「……信じられない。いや、お前のいうこともそうだが、それ以上にお前の優しさも信じられない」
ライナスの言わんとすることも分からなくもない。
確かに自分がライナスの立場で自身のような暴力を背景にした世迷言を抜かす者が目の前に現れたとしたらにわかには信じられないだろう。
だがそれも襲って来たから制圧したにすぎないわけで。
初めから話し合いで解決しようとお互いに歩み寄ってさえいればこのような無駄ともいえる回り道は必要なかった筈だ。
しかし、事ここに至って尚相手がそれを飲むかどうかはあくまでも相手次第であり、何ならその主導権でさえもライナス側にあると言っても過言ではない。
出来る事ならばそれという魔族との共存を模索して欲しいが……そうで無かった場合。
サラスたち、ジーナにマリアも賛成していたので、結果的に多数決を取ったような形での助力、またはお互いの同意ありきでの協力という線が最も現実的であろうか。
「……保証はあるんだろうな?」
「ない」
「何?」
こちらの即答にすかさず反応を示すライナス。
それも当然、いきなり会ったばかりの相手に根拠は無いが命を預けてくれないか、と。
今やっていることはそういうことに他ならない。
ある程度の情報を開示することで、具体的に言えばティルスという人物について語る事は出来るが、それで魔族に対する一種の固定概念が覆るとも到底思えない。
であればこそ相手の現状に渦巻くのは不安以外の何物でもなく、希望的観測を思い描くにしても情報が不足し過ぎている。
つまるところその背中を押すには不足した情報をどうにか補う事が必要不可欠。
逆を言えばそれだけで事態が好転する可能性もある。
しかし、現状は当初の想定を遥かに超えており――騎士団との接点を無くすべく街への侵入を阻止できればよかっただけの現状が、街に放置してきた男に始まり、鉱山の爆発の遅れ、更にはその関係でより一層足止めしなくては責任を問われかねない状況に陥ってしまい――その結果、ライナスたちの行先にまで口を出すという最早来るところまで来てしまった。
どこかにこの場を一言で収められるようなうってつけの言葉でも落ちてないものか……。
そう思ったところでアイギスの寝顔が目に入り、途端にどうにかなるような気がしてきてしまうのだから人というのは本当にわかりやすいと思う。




