76、おざなり
「……」
流石というべきか。
兵の見ている前ではうめき声一つ漏らさない指揮官に対して素直に尊敬の念すら湧いてくる。
自身の未来を悟っても尚押し殺されたそれは、この距離ですらこちらの耳にまで届くということはない。
「ッ……何が望みだ!」
目元以外が隠されている都合上、誰が声を上げているのかは確定しきれない。
だが、そのようなことはどうでも良く。
素直に相手が対話を求めているのであれば応えなくも無かったのだが――。
「一度だけ言う。両翼を今すぐ止めろ」
「……止めなければ?」
「止めないのか?」
「……停止の命令を出せ」
「賢い選択だ」
意外にも即座に止まったそれは、街までもう一歩と言った所か。
相手は知らないであろうが、今現在。
街の守りは非常に手薄なものとなっている。
というのも、自身の依頼からして冒険者のその殆どが鉱山へと向かってしまったためだ。
受付嬢の手腕がすごかったのか、それとも単に金目当てで飛びついたのか。
どちらにせよ、爆発が遅かったのも起因して街へと再び戻ってくるまでには更なる時間がかかるであろうことが予想できる。
こちらに向かってきてくれるのであれば喜んで歓迎するが、街へと進入するというのであれば防ぐことは難しい。
それこそ指揮官を盾にある程度の制止は可能だろうが、絶対ではない。
いずれその意思に反する者たちが出て来ることも十分に考えられる。
そして何よりも今攻め込まれれば、先の依頼からして自身の責任を追及されかねないことも問題だ。
であればこそ、現状の打開には目的の単一化が必要不可欠。
時間を稼ぐか、手っ取り早く殲滅するか、撤退を選択させては問題を先送りにするか。
考えるまでも無く殲滅と言いたいところだが、そこで何とも言えない案が浮かんできてしまう。
「取引だ。応じる意思はあるか?」
短く、簡潔に纏め上げては言葉にする。
「……話の内容次第だ」
「そうか。先に言っておくが、断れば全員殺す」
「何ッ!?」
「取引とはそういうものだろう?」
「ッ……」
「何、心配するな。お互いに得るものはある」
「クソッタレめ……」
「何か言ったか?」
指揮官の頭へと手をかけ、無理矢理地面へと抉り込ませていく。
「よ、よせッ! 分かった! 従う! だからやめてくれッ!」
「何故だ?」
「な、何故って、そんなの――クソッ! なんだってんだ! 頼む! この通りだ! 許してくれ!」
集団から一人。
前へと進み出て来ては深く頭を下げる。
傍から見てもその真摯な態度には賊とは思えない気品があった。
「前は何を?」
「……騎士団だ」
「ではこの者との関係性は?」
「……言いたくない」
「では殺してしまっても問題無いな?」
「何でそうなる! っ……上司だ」
「他の者達は?」
「同じようなもんさ……」
「同じようなものとは?」
「国に裏切られ、捨てられ。共に復讐を胸に誓った者たちだ」
「つまらないからやめろ。いいな?」
「…………口では何とでも言える」
「破れば殺す」
「逃げるとは考えないのか」
「どこに逃げるんだ?」
「フッ……痛いところをつくな」
「そこで、だ。正直に話そう。お前達を撃退すると面倒なことになる。詳細は話さないが、これから南下しろ。その先に魔族の占領した街がある。そこで静かに暮らせ」
「……あまりに話が飛躍しすぎていて理解に及ばないんだが」
「嫌なら罪人として牢に入るか? それともここで死を選ぶか?」
「……相談したい。同席してもらって構わないから話をさせてくれ」
「いいとも」
「いいのか……」
「あぁ。だが、同席はしない。その後一度だけ聞く。当然だが追って街にも向かう」
「……分からないな。何が目的なんだ?」
「それも話し合うと良い」
腰を上げては手を差しだす。
掴むことなく立ち上がると自力でその集団の下へ。
こちらから見るその背中には最早抵抗の意思はないように見えた。
手持無沙汰で立ち尽くしているのも何なので再び倒木の上へ。
すかさずその両側を占拠するように、マリアとジーナが座ってはこちらの逃げ道を塞いだ。




