74、腹が減っては
「どうする?」
店の主人を目の前に、アイギスと自身は食べることが確定した上でサラスたちへと追加注文が必要かどうかを問いかける。
「急いでたんじゃないの?」
対して、サラスは現状を再確認するように、打って変わって呑気にしているこちらへとそれでいいのかと疑問を呈す。
「まぁ、腹が減ってはなんとやらだ」
「急いではいるのね?」
「ゆっくりはしていられないな」
「じゃあ私はいいわ」
「ん?」
「急いで食べるのがいやなだけだから。気にする必要はないわ」
「そうか。ジーナとマリアは?」
「ぼくも同じかなっ」
「私は……」
「ん?」
「その……半分にすることは可能ですか?」
それはこちらに向けられた提案でもあるが、同時に店主へと向けられた要望でもある。
「ははっ、まいどっ!」
どうやらしてくれるらしい。
現在進行形で鉄板と奮闘しながらも、額に汗を浮かべては追加注文にニカッと笑顔で応えてくれる。
「ありがとうございます」
「こんな美人のお願いを断ったとあっちゃあ男が廃れるってもんよ!」
「いえ、そんな、ありがとうございます」
「そっちのお嬢さん方もまた来てくれるんだろう?」
「もちろんですっ」
「近くに寄ったらだけどね」
「ははっこりゃ手厳しい。それにしてもすごかったな?」
店主は気になっていたのか。
目の前で起きていた事態を回想するようにこちらへと視線を向けては話題を替える。
「知り合いか何かか?」
「それならよかったんですけどね」
「どこらへんがよ。どこらへんが」
「事後処理が必要なさそうな辺りとかか?」
「アンタ……そういえば殺してないんでしょうね?」
「あぁ」
「どうすんのよ?」
「どうしようもないな」
「……大丈夫なの?」
「なら殺すか?」
こちらの極端な物言いに対してサラスは口を噤むことで沈黙する。
ただ自身でも言いながら放置が得策であるとは思っていない。
それこそ目の前でこちらが追いつめられる様を見せつけられたサラスなら尚更だろう。
では何故分かっていながら放置するのか。
答えは簡単だ。
相手の実力が高すぎるから。
組合に引き渡すにしても然るべき場所に届け出るにしても、その実力の高さがどうしても障害になってしまう。
前者なら付き添いとして、後者なら見張りとして、その役割を自身が担わなくてはならない。
となると現状を後回しにせざるを得ず、当然のこと時間も浪費してしまうことになる。
呑気に食事を取ろうとしておきながらいうのもどうかと思うが、事態は差し迫っているのだ。
そして以前のように誰かに頼むことも出来ない以上その選択肢は殺してしまうか放っておくかの二者択一。
相手の背後関係も不明な今、後に禍根を残すとしても殺してしまうよりかは生かしておいた方が後の可能性を模索する意味でも有効か。
死人に口なし。
殺してしまっては話し合うことも出来ない。
とはいえ、殺して今ある安全を保障するというのも一概には否定できないのだが……。
「物騒な話してるところ悪いんだが――お待ちどうっ!」
簡易的な容器に入れられ盛り付けられたその鉄板料理。
具材もたっぷりで種類も豊富となればその香りも実に食欲をそそるものとなっている。
店主から差し出されたそれを受け取れば、両手に伝わる温もりと立ち昇る湯気からして熱い内に召し上がれと言わんばかりに自己主張してくる。
「ありがとうございます」
「まっ、生きてりゃ心配ごとは尽きないだろうけどね。そんな時は腹いっぱい飯を食う。そうすりゃ不思議とどうでもよくなってくるってもんさっ」
「ははっ。違いありませんね」
「はぁ……。まぁ、なるようになるでしょ」
「リンっ。一口ちょーだいっ?」
ジーナもそのあまりの出来栄えに我慢できなくなってしまった模様。
「うん。いいよ」
「リンー」
そこで待ちきれないとアイギスから声が上がる。
「あ、あぁ、ほいっ。これがアイギスの分。こっちがマリアの分。それからジーナも遠慮しないでいいからね」
続け様に差し出された容器を店主から三人へと受け渡す。
アイギスには落とさないようにとしっかりと握らせておくのも忘れない。
「ありがとうございます」
「ありがとっ」
「いただきます」
「いただきます」
「いただきますっ」
そうしてアイギスを初めに、マリア、それからジーナと思い思いに店主へと向かって声を上げていく。
「ははっ、意外と嬉しいもんだな……ははっ」
店主は何故だか少しだけ目の端へと涙を浮かべているようだ。
「サラスもどうだ?」
「……アンタはいいの?」
「ほらっ」
満更でもなさそうなサラスへと向けて、ジーナは遠慮する必要は無いんだよとこちらの意をくんだようにその器を差しだしてくれる。
「でも」
どこか遠慮しているサラス。
思えばまだ会ってから数日しか経っていないのだ。
「んーっ、おいしーいっ」
「ははっ、ありがとよっ!」
そんなサラスの背を押すようにジーナは目の前で美味しそうに食べて見せる。
店主じゃないが、少しだけ涙が出そうになった。
「サラスも食べてみなってっ。すっごくおいしいよっ?」
「……じゃ、一口だけ」
ようやく決心がついたのか。
サラスはこちらに一度だけ視線を送ってはジーナから器を受け取る。
それからどういうわけかと最初は思ったが、こちらに手渡してきては髪を押さえながらに控えめの一口。
「……美味しいわね」
「ありがとよっ!」
サラスの顔に存外な温もりが満ちていくのが分かる。
そして店主は嬉しそうに一筋の涙を流す。
正に感涙の涙。
それから自身もとそのまま口をつけてはマリアとアイギスを見計らいながらも器を空に。
何故かそれまで涙を流すなどの反応を見せていた店主がこちらのうまいという言葉には素っ気なかったが、深く考えないでおこうと思う。
「んじゃ、そろそろ行こうか」
五人して店主へと向かっては各々ごちそうさまと声を並べる。
「ありがとう! また来てくれよなっ!」
「うんっ。お兄さんまたねーっ」
「おにっ――絶対また来てくれよなっ! 次はたーんと……おっと、大きな声では言えないぜっ」
「あら。私にはしてくれないのかしら? お兄さん?」
「くぅーっ! ここは天国かっ!」
「おじさんまたね」
「それもまた……それでいい……」
「病気ね」
「アイギスさん。こういうときはお兄さんと言うんですよ?」
「変な事教えないの」
「アイギス。一つ気になったんだが」
「なに?」
「自分は――いや、やめとこう。うん」
二、三日落ち込むかもしれない。
「アンタはおじさんでしょ」
「えーっ!」
「お兄さんと言われても違和感はありませんが」
「リンはリンだよ?」
「ここは天国かっ!?」
「病気ね」
「病気ですね」
「そこまでか」
「たいへんっ! 病気ならぼくがなおしてあげなきゃっ!」
「あとにしなさい?」
「治療内容に少し興味がそそられますね」
「はいはい。そこまでにしてそろそろ行きましょ?」
サラスの声に各々違った反応を見せながらも反対する意見は上がらない。
そうして店の主人へと礼を言っては、また近くに寄った際には必ず足を運ぶと約束する。
目指すは街の外――。
歩みを再開したその先に待ち受けるのは、待ってなどいないであろうが、二度目の邂逅となるであろうその女性。
名前は忘れたが指揮官らしい人物であったと思う。
出来れば戦闘が始まる前に辿りつき、穏便に済むものなら済ませたいものだが……。
先を見据えてはそれにしても美味かったなと感慨に浸る。
案外街を転々とその先々で食べ歩くのも悪くないかもしれない。
アイギスは喜ぶだろうな。
そんなことを思いながらもほんの少しだけ足を急がせた。




