70、驕り
「もういいぞ」
サラスから離れては何となくで石ころを探す。
勿論そのついでに、と言っては何だが。
地面へと蹲るその者へと手を伸ばし、抵抗されても面倒だと意識を刈り取っておくのも忘れない。
「アンタね……今私がどんな気持ちか分かる?」
「さぁ」
「……少しくらいは気遣ってくれてもいいんじゃないの?」
「例えば」
「手を差しだすとか、持ち上げるとか、それこそ大丈夫かどうか一言聞くだけでも大分違って見えるものよ?」
「……っと、あった」
手に持って顔を近づけて見た所で何も見えない事に変わりはないが、その手触りから形を把握し、それがそれであるということをしっかりと感じ取る。
「……私よりその石ころが大事だってわけ?」
「そんなわけない」
「はっきりといってくれるわね」
「……何だ。欲しいのか?」
「え?」
「いや、この石ころ」
「……いや、いらないけど」
「そうか」
言いながら再び投げつける。
「きゃっ! っ、ちょっと! 危ないじゃない!」
「後ろ」
「へ……?」
どうやら、どうなっているのかは分からないが、匂いからして血は流しているようだ。
しかし、致命傷であるかどうかまではさすがに自身の手元を離れた先の出来事である以上、それを確かなものとして断定することまでは難しい。
そんな中での不意打ち。
いや、サラスに隙こそあったが、まぁそれだけだ。
「どうなってる?」
お互いにその距離を縮めながら現状を整理していく。
「刺さってるわね。剣が」
「どこに?」
「足よ」
「出血量は」
「少なくは……ないわね」
「石、拾ってくれるか?」
「アンタの足元よ」
「……そうみたいだな」
跳ね返ってここまで転がって来ていたか。
自身の足裏に確かな感触を以ってして、その存在をこちらへと主張してくれている。
「で?」
拾い上げながらその頭上に声がかかる。
「どうするの?」
「そうだな。剣は貰っていこう」
近づいて問答無用で抜き取る。
意識が無いのも一つの要因であろうが、最早痛みに際してもその口から声が漏れ出るということはない。
「……」
サラスが何か言いたげだがあえて聞くようなこともせず、黙ってその場に背を向ける。
ただ、サラスはジッとしたままそこから動こうとはしない。
「……ねぇ」
暫くして、そろそろ引き返すかと考え始めたころ、その距離を埋める様にしてこちらへと声が飛んだ。
いや、飛んだというよりかは、ただ誰に向けられたわけでも無いそれが、勝手に洞窟という特殊な環境内で反響したというべきか。
言葉を返すこともなくその足を止める事によってこちらの意思を示すと共にその続きを促す。
「私さ……おかしいわよね」
「何が」
「言わなくても分かってるんでしょ?」
「……憶測でものを語るのは好きじゃないんだがな」
「軽蔑する?」
「されると思うか?」
「ふふっ、そういうところよね」
「知らん」
「守ってくれるんでしょ?」
「急がないとな」
「うん……治癒」
それを誰に使ったのかは聞くまでも無い。
そういえばと自身の手が切れていたことを思い出す。
怪我に慣れすぎるというのも考え物だな。
裾を引き裂いてはグルグルと巻き付けて、応急的な処置を施す。
何の事は無い。
既に血は止まっている。
「……大丈夫?」
「あぁ」
こちらへと追い付いたサラスに、何でもないことをその言葉で証明する。
「そっ。まぁ、アンタがいいならいいけど……いつでも言いなさいね?」
「あぁ」
その言葉を最後に止めていた足を再び最奥へと向けては動かし始める。
以前ここへ来た時にはもう少し人数がいた筈だが、今回は街で何人か対処したためか、それとも相手の対応が単純に遅れているためか。
どちらにせよ随分とここまでは事が上手く運んでいるように思う。
ジーナたちの現状も気になるところではあるのだが、ゴブリンの巣窟からここまで大まかな流れとしては外れていないようなので、必然的にこの後の事も考慮していかなければならない。
具体的には街がいつからそうなるのかは分からないが、それでもよろしくないことになってしまうことだけは確かであろう。
出来得ることならば早々に対処しておくことが望ましかったわけだが、正直、今となってはかなり優先順位の低い事柄になってしまっている。
というのも、今一番重要なのはジーナたちの安全。
その次にグラフィの妹であり、それに付随するような形で街が引っ付いている。
むしろ、そこに自身の寄与する部分がないのであれば、関わるべきではないのではないかとすら思っているぐらいだ。
「何考えてるの?」
「面倒な事だ」
「話せば楽になるかも」
「助けると命を狙われる上に死ぬかもしれない」
「それってもしかしなくても私へのあてつけ?」
「全く別の話だな」
「でもそう聞こえるわよ?」
「そのうち分かる」
「ふーん。で、アンタはどうしたいの?」
「関わりたくないな」
「ならそうすればいいんじゃないの?」
「そうするとそれはそれで……どうなんだろうな」
「はっきりしないわね」
「そういうものなのかもな」
「勝手に納得しちゃってるし」
「リンっ……!」
その声は誰でも無いジーナ。
暗闇の中こちらへと駆け寄ってくる。
「ジーナ。良かった。無事みたいだね」
「うんっ、でも、そのっ、えっと、あのっ」
「リン」
アイギスが遠くで声を上げる。
「ん?」
「マリア、息してない」
「…………」
理解の追い付かない思考を前に、足だけは全速力でその場所へと向かう。
「何が?」
横たわるマリアを前にして、その存在を確かめながらも詳細を聞かずにはいられない。
「たぶん、毒」
「外傷?」
「ちがう」
「いつから?」
「さっき」
心臓に手を当てる。
そのまま体重をかけるようにして蘇生を試みる。
「アイギス――」
「ダメよ」
こちらの意図を読み取ってか。
遮る様にしては物理的にもその間へとサラスが割り込んでくる。
「私がやるわ」
「頼む」
それを拒否する事も出来たが、自ら志願するというのであれば最早止める理由は無い。
こちらが幾度か繰り返すたびにサラスが息を吹き込んでいく。
マリアは毒で倒れているというのにも関わらず、そこには一切の躊躇というものがない。
「……リンっ?」
「ん?」
「これ……」
そう言って控えめにこちらへと何かを差し出してきているのは分かるが、分かるのはそこまででしかない。
もっといえば、そこに手を伸ばすという行為はマリアから手を離すという事に繋がる以上、こちらからどうこうするということも出来ない。
「不死鳥の灰……あの人が、探してたものだよね?」
「試してみよう」
迷うことなく即答する。
半端に悩んでしまえば自身だけではなく、後々ジーナをも苦しめることになりかねない。
「……うんっ」
ジーナは僅かな沈黙を経て、サラスとその位置を交代する。
説明も何もない状態でサラスがそれに素早く応じたのは他でも無いこれまでの成果であろう。
「リン、手を止めて」
「分かった」
今自身に出来る事がそれだというのならそうするほかない。
見えない中で何が行われているのかはまるで分からないが、ジーナがマリアの体を起こしていることだけは感じ取れる。
「……マリア?」
ジーナが呼びかける。
しかし反応はない。
ガサガサと短いながらも何かが取り出される音がする。
その後に何かが流れる。
流れるというのだからそれは液体であろう。
そこまで分かれば今を推測するのも難しくはない。
「マリア……?」
それはまるで寝ている子を起こす際に用いられるような、優しい声色。
対するマリアはと言えば、変わらず反応を示さない。
「リン」
「ん?」
「血」
「これでいいか?」
手を故意に握りしめ、溢れることを止めた血に新たな道筋を作り上げる。
そこに関して疑問などない。
「のませて」
「分かった」
ジーナからマリアをそっと受け取り、片手で頭を支えながらその位置を探る。
「……」
血を滴らせる。
傷が思ったよりも浅いせいか、その勢いは非常にゆったりとしたものだ。
「ジーナ」
これではだめだと剣に手をかけたその時――。
マリアはジーナの手の中で、静かにその息を吹き返した。




