67、ひとりとふたりどっちが素敵?
「何なのよもう……」
サラスがぶつくさと小言をこちらにしっかりと聞こえる様にして吐き出す。
「……何なら寄って行くか?」
その原因を作り出したのは自身である以上、責任の所在はこちらにあると言っていい。
軽く振り向いてはある店。
何となくサラスが好みそうな色合いがそこかしこにちりばめられたその目の前にて歩みを止める。
「さぁーって何にしようかしらーっ」
サラスは向きを変えるとこちらに目線すら送る事無く、言質は取ったと言わんばかりの上機嫌でその中へと足を踏み入れて行く。
後ろ姿だけ見れば何の事は無い。
だが――。
「キャーっ!」
店の中から悲鳴が響く。
自然とその周囲に居合わせた通行人たちからなんだなんだと数こそ多くはないものの、見物がてら真相を確かめてやると軽い集団が出来上がる。
そこに、満を持してと登場したのは謎が謎を呼ぶ前面血だらけのサラスであった。
「リンーっ! とりあえず私の分もだけど他の子たちの分もこの際だから買っちゃっていいわよねっ?」
自身が今一体どういう状況であるかなどお構いなしに何とも気軽な声と緩んだ表情をこちらへと向ける。
最早その視界には財布である自身以外は存在していないのではないか。
そうこちらに思わせるだけのサラスの動じなさといったら正に規格外としか言いようが無い。
「あぁ、ほどほどにな」
「さっすがーっ!」
サラスは言い終わるまでもなく再びこちらへと背を向けては店の奥へと消えて行く。
その足取りに音をつけるとするならば、それはきっとるんるんだ。
「おい……何だよアレ……」
呆気に取られていた周囲からそんな声が漏れ出てくる。
「いやそれよりも見たか? あの耳」
「あぁ、エルフだ。間違いない」
「……エルフ、俺初めて見たかも」
初めて見る反応にいささか興味がわいてくる。
手持無沙汰で困ると言う訳では無いのだが、時間を多少なれど有意義なものに出来そうだ。
「エルフってーと西だろ? 何でこんなところに居るんだ?」
「あ? 俺は南だって聞いたけど?」
「いやそんなことどうでもいいだろ! 見たかッ!? あの、体つきッ!」
「お、お前、俺たちがあえて触れなかったことに堂々と……やるな」
「やばかったな……」
「やばいなんてもんじゃないだろ……」
「じゃあなんだってんだ……?」
「そ、そうだな……いや、言葉じゃ言い表せられないな……」
「あぁ、俺たち人間には早すぎる存在だな……」
「早すぎたんだ……」
「やばいというより早すぎたな……」
「あぁ……」
「そうだな……」
「違いない……」
途中から何とも言い難い内容になってしまったが、そこから得られた情報は多少なれども貴重なものたちばかりだ。
今まで出くわしてきた者達はサラスが目の前に居た手前か、中々エルフに対して抱いている思いや考えを表に出してくれる事はほとんどなかった。
だからと言ってそこから得られるものが何も無かったのかと言えばそうではないが、あえて挙げられるような点は人によって見る目が違うことがあったという人間同士でも極々ありふれているような個人的なものだけ。
そこに至るまでの過程が知りたいのであって、その結果だけを見せられてもこちらには困惑しか残らない。
「動くな――」
ふと、そんな言葉が背中越しに聞こえてくる。
誰に向けて?
考えるまでも無い。
こちらの背中には何か、と今現在にして断定できないものが押し当てられている。
厚着している訳では無いが、それが何なのか全く分からない。
刃物であるならば先端という鋭利に研ぎ澄まされたその部分が当たっているのですぐに分かるというものだが、それは何と言うか、線だ。
面でもなく、尖っているわけでもなく、丸いというわけでもなく、突きつけられたことがないので想像でしかないのだが、包丁で言うなら菜切りが近いのではなかろうか。
「お前の仲間は預かった。抵抗するなら命は無い」
男であろうか。
布越しであろうそれは小声で聞き取りずらい。
「分かった」
それを確認するように、後ろ手に掴む。
「――ッ!?」
痛くはない。
そのまま奪い取る。
ついでに騒がれても面倒なので振り向き様に肘を側頭部へと入れて置く。
「あっ、すみません……」
あくまでもわざとではないことを強調する。
ここは往来だ。
「大丈夫ですか?」
聞いたところで反応はない。
「おいおい、凄い音がしたぞ」
「大丈夫か?」
周囲の男たちからも声がかかる。
ただ、これ以上の騒ぎになるのはこちらとしても避けたい。
「あー、ちょっと。さっきのエルフが回復を使えますので見せてきます」
そう言って意識の無い男を持ち上げる。
「お、おぉ、そうか。そういやアンタの知り合いみたいだったな。というか今度紹介してくれ」
「えぇ、伝えておきます」
未だに議論が止まない集団に対して軽い会釈と共に店の中へ。
サラスを探してもいいが、それよりも先にまずはやらなければならないことがある。
「おい、起きろ」
店員はサラスに付きっきりで忙しいのか、適当な死角でもってその頬を何度かぺちぺちと叩く。
「……」
起きない。
引っ張る。
「……」
起きない。
抓る。
「ッ……」
起きたようだ。
「おはよう。よく眠れたか?」
「……貴様、覚悟は出来ているんだろうな?」
フードと口元を覆う布でその全貌が見える事はないが、しっかりと目だけはこちらを捉えたまま離さない。
「それよりもこれは何だ?」
目の前の者から奪い取ったそれをことさらに持ち直しては見せつける。
「……」
「いや、答えてくれたっていいじゃないか」
「……フッ、そうやって強がっていられるのも今の内だぞ?」
「いや、それはいいから、これが何か教えてくれ」
「……今なら許してやらんでも無いが?」
「やれやれ……」
ゴスっとそのよく分からないもので再び同じ箇所を打つ。
割れるかと思ったそれは意外にも堅く。
目の前の者を再び昏倒させるには十分な威力を発揮した。
「……本当になんなんだこれは……」
手に持った石と言えばいいのであろうか。
整えられたわけではないであろうに、妙に整った形をしているそれは何となく掲げてみたくなるような印象を受ける。
にしても押し当てて脅すぐらいなので何にせよ危険なものに変わりはないのであろうが……謎は深まるばかりだ。




