65、四方八方
「なぁ――話し中のところ悪いんだが、ちょっと良いか?」
不意に、この場を支配する沈黙をその声がかき消す。
目を向ければ見覚えも無く、ただその風貌とこの時間にこの場所に居る事から冒険者という身分であろうことだけはかろうじて察することが出来た。
「アルクさん……」
またしても不意にと言わざる得ない角度から声が上がる。
そして、その声に反応を示すのは目の前の男。
二人の目線が交差する。
「マリア……ンヌさん。おはようございます」
「はい。おはようございます」
「……あの――」
「お元気そうで何よりです」
「そ、それは……その、はい。すみませんでした……」
「お気になさらないでください」
「でも――」
「私は今リンさんのパーティに所属していますので。お引き取りを」
「……マリアンヌさん」
「お引き取りを」
「もう一度戻って来ては貰えませんか?」
「お引き取りを」
「あの後……自分たちにはやはり貴女が必要だと気付いたんです!」
「私はリンさんについて行きますので。これ以上の答えが必要ですか?」
「俺はッ――!」
「仕方の無い人ですね」
「お、俺は、そう、そうだッ! マリアさん! 好きだ! もう一度初めからやり直したい! パーティに戻って来てはくれないだろうか!」
アルクと呼ばれた男はその場に直立したまま両の手をぎゅっと握りしめては思いのたけを叫ぶ。
当然、視線が集まるのは仕方ない。
そんな中で。
パチンッ――という乾いた音が鳴り響いた。
「……なッ、なんで……」
男は張られた頬を片手で押さえながら驚きを隠せないでいる。
「しつこいですね。アナタ方が私を追い出したのをお忘れになったのですか?」
「い、いや、だから、それは――」
パチンッ、と。
最早何があったか言うまでもない。
がら空きの反対側がその赤みを増し、色濃く染まり始める。
「私が回復だからでしょう? 素直に言ったらどうなんですか?」
「ッ……それは、その、ないとは言えません。ですが、それは仲間と話し合った結果であって――」
「アナタ個人の考えとは違うと? 茶番に付き合わせるのも大概にしてもらえますか? アナタの目の奥。私を上手く利用してやろうという考えが透けて見えるようですが?」
「そ、そんな……風に思われても……仕方が無いですよね……」
「はぁ……面倒ですね。リンさん、力づくで対応しても?」
マリアから物騒な物言いが飛んでくる。
いや、既に二発ほどこちらではなくあちらに飛んでいるのだが。
「マリア」
「……それは肯定と受け取っても?」
「マリア」
「……否定、ですか」
「マーリア」
「……何ですかそれは」
「呼んでみただけ」
「……分かりました」
マリアは男の前から引き下がると自身の座っていた席へと戻る。
「マリアさん!」
しかし男は諦めていないようだ。
「アルク……さんとお呼びしても?」
「……リンさん、ですよね」
「はい。初めまして」
「覚えてないんですね……」
「あぁ、あの時の、すみません。忘れてました」
「私とリンさんの会話を遮った女性の仲間です」
「うん」
「覚えてたんだっ!?」
思わずといった具合にジーナから声が上がる。
「え?」
「リンさんは人の顔を覚えない感じの方かと思っていました」
「ぼくもぼくもっ」
「いや……最初の時の誰かだろうとは思ったけど」
「なるほど。期待を裏切りませんね」
「あーっ、リンってやっぱりそういう感じなんだーっ」
「いや、うん。どう、しましょうか」
返す言葉が無く、行き着いた先は何故か手持無沙汰のアルク。
「え、あぁ、えぇ。どう、しましょうか」
「とりあえず……そうですね。今日のところは一度出直されては?」
「……そうします」
「押してダメならと言いますしね」
「はい……では、また、後日改めて伺わせていただきます」
「えぇ、はい」
お互いに軽い会釈をした後、俯き加減にアルクはこちらから離れていく。
「……すみません」
マリアから謝罪の言葉が漏れ出る。
「ふふっ、モテモテだねぇーっ?」
ジーナがそれを面白そうにからかう。
だが、そこには悪意というものが全く籠っておらず、しかし以前の二人の関係性とも違う中で何とも傍から見ていてそのやり取りは新鮮だ。
「……気遣いどうもと申しておきます」
「素直じゃないなぁーっ」
「それはアナタでしょう?」
「ふふっ、リーンーっ」
何故か抱き着いてくる。
しょうがない子だとその行いを褒めるように頭を撫でる。
「ふふーっ」
ジーナはご機嫌だ。
「リンさん」
「ん?」
「何か貰えないと何もできない子になりますよ」
「……そういう考えには及ばなかった」
手を止めてジーナを元の席へと座らせる。
「えーーっ! なんでそうなるかなーっ!」
「ジーナのためだ……」
「もーーっ! マリアーっ!?」
「あはっ?」
「って……その笑い方怖いからやめてよね」
「ん? ジーナはそんな風に思ってたのか」
「えっ?」
「マリアらしいけどね」
「……あはっ、あははははははっ」
マリアは立ち上がって卓から離れるとくるくると回る。
「だから怖いってっ」
「うーん。食事中は控えたほうがいいかもね」
「ふふっ、リンさんらしいですね」
マリアは小さく微笑むとそれはそれでとても似合っている。
「リンさん」
「ん?」
「少し失礼しますね?」
マリアはそういうと先程のジーナと同じように、ともすれば随分と控えめにこちらへと身を寄せる。
「ちょっ――」
「ふふっ、冗談ですよっ」
マリアはふわりと何をするでもなく離れる。
「さぁっ、グラフィさん? そろそろ答えはでましたか?」
いずれ来るであろうジーナの追及から逃れるようにマリアは告げる。
「……リン」
「何だ」
「お前はどこまで知っている?」
「やれやれ。その言葉を聞いて安心したよ。これでようやく交渉決裂だな」
「……話す気はないのか?」
「話す気が無いんだろ?」
「お前次第だ。リン」
「残念だよ。グラフィ」
「……まだ間に合う」
「好きにすると良い」
「……ジェラルミン。ダイナ」
「……もう会う事もないだろう」
アイギスが最後の一口に手を伸ばす。
「二十時」
「ご馳走様」
そうして手を合わせてはアイギスを持ち上げる。
「おいしかった。ごちそうさま」
食後の挨拶。
それは同時にグラフィへと向けられたものでもある。
「……あぁ」
グラフィはそう小さく言葉を残すと、こちらが背を向けるまでもなく俯き加減に組合の外へとその足を進めて行った。
「薬でも買って戻るか……」
ふと。
思い出したように口を衝いたのはそんな日常的にありふれた言葉だった。




