64、どんな斧でも斧は斧
「話……続けても良いか?」
グラフィが何を気にしているのか。
若干の申し訳なさをその表情に滲ませる。
「あぁ」
それに短く返す。
変に指摘した所で話が長くなってしまうだけであろうに、そのことをこちらも望んではいない。
「助かるよ。で、だ……」
グラフィはその言葉をもって一つの区切りとする。
それからこちらを真っすぐに捉えてはその覚悟を示すように語り出した。
「ある犯罪組織……いや、集団と言ったほうが近いか。そいつらを、今夜――襲う」
グラフィははっきりという。
襲うと。
そこに嘘も偽りも無いだろう。
ただ、その内容。
突き詰めた先。
そこが重要だ。
「何が目的だ?」
「金品もそうだが、いや、違うな。やつらが不死鳥の灰を今夜、ある場所で売りに出す」
「奪うのか?」
「……それしかない」
「なるほどな」
百二十とこちらは提示した。
しかし、それで買えるかは分からない。
そして誰かの手に渡ってしまえば、それが例えば襲った場合に不利益が生じる相手。
そのような場に都合よく居合わすものがそうだとは言い切れないが、潔白だと証明できるものであった場合。
奪うという選択肢は途端に犯罪的な意味合いと、社会的な制裁を免れなくなる。
だが、その相手が奇しくも表に出る事を嫌う、後ろ暗い人間であったなら。
前提は前提という体裁を保てなくなり崩れ去る。
「協力してくれるな?」
グラフィはここまできて、半ば断れば斬ると言わんばかりの威圧的な視線を向けてきている。
「あぁ」
「そうか……あぁ、ありがとう」
グラフィはそれまで張りつめていた気が抜けたのか、肩を落としては大きく息を吐き出し安堵する。
その表情からは笑いきれてはいないが、微笑というには相応しいものが浮かび上がっている。
「質問してもいいか?」
こちらとしてはまだ話は終わっていないと問いかけては継続を促す。
「あ、あぁ。何でも聞いてくれ」
「その者を殺した場合、その者たちから奪った場合についてだ」
「それなら安心してくれていい。やつらは全員罪人だ」
「……それはそのまま殺していいという理由になるのか?」
「……? おかしなこと言うな。無論、殺されても仕方の無い奴らだ」
「仕方が無いというだけで殺すのか?」
「……お前はやつらがやっていることを知らない」
「話してくれるな?」
「……」
グラフィはこちらに対して話す意思を持ち合わせているようだが、こちらに話す意思があるだけで、それ以外。
つまり、ジーナやアイギス、マリアには聞かせたくないらしい。
それが内容からなのか。
それとも内容ではなく、その話の危険性からなのか。
こちらの先の要求からすれば、後者である可能性が高い。
だがそれも単なる憶測だ。
「ジーナ」
「やだっ」
こちらとしてはそういうつもりで言ったわけではないのだが。
話の流れからすれば退席するようにと聞こえてしまったのかもしれない。
「少し席を外す」
「じゃあぼくもっ」
ジーナはどちらであろうと危険に首を、もとい危険を共にしたいらしい。
「マリアは」
席から立ち上がりながらその意思を問う。
「私は、リンさんが全てです」
「う、うん?」
「命じてください」
マリアは至極真っ当な要求をこちらへと突きつけているかのような真剣そのものの表情をこちらへと向けている。
「マリア、自分はそのような関係を望んでいない。ただ、マリアがそう望むのならそれに応えようと思う」
「私は――リンさんが望んでいないことを私も望みません」
「……そうか。なら、聞かせてくれるかい?」
「はい。私は、聞くべきであると判断します」
「分かった」
それで立ったのも束の間。
再び席へと腰を下ろす。
「……アイギスはいいの?」
横からジーナが目を細めては問うてくる。
傍から見れば当然のことだろう。
「うん。アイギスは嫌なら聞かないからね」
「……なんか、ちょっと嫉妬しちゃうなー」
ジーナはこちらから顔を逸らす。
何とも意地らしく、何ともジーナらしい。
「ははっ」
「むーっ。何でそこで笑うかなーっ」
「はははっ、ごめんごめんっ」
「もーっ、どうせなら言葉にしてくれればいいのにーっ」
「はははっ」
何だがよく分からないが楽しくなってくる。
「リン」
その声はグラフィ。
言うまでも無く話の軌道修正に名乗り出てくれたようだ。
「あぁ、頼む」
「……子供に聞かせるような話では無いんだがな……」
グラフィは顔をゆがめる。
そこには優しさからか。
それとも後悔からか。
話されるまでも無くその当事者であろう、もしくはあったであろう本人の口が、ゆっくりと沈黙を破る様に開かれる。
「……人身売買さ。言ってしまえばな」
その答えにその場にいる全員がことさらに反応を示さない。
どういうことか。
考えるまでも無くそういうことだ。
「それだけか?」
突き詰める様に踏み込む。
まさかここへきて嘘ではないにしろ、微妙な差異を感じてしまうとは。
「……それ以外もやる。ただ、やつらは基本的に商人でしかない。売り買いに関係する事は――」
「違う」
「……何が聞きたいんだ?」
「それ以外のことだ」
「……リンが何を知りたいのか俺には分からない。もっと具体的に質問してくれると嬉しい」
「一度だけ聞く。ジーナ」
グラフィから視線をジーナへと向け、その中身まで言葉にするような野暮はせず、そのまま頷いたのを確認して再びグラフィへと向き直る。
「……俺に答えられることならいいんだが」
グラフィは居住まいを正すようにこちらの視線を真っ向から受け止める。
「答えられないのならそれでいい。ただそれはそういうことだと自身で証明することになる」
「……脅してるのか? まさか、ここまできて無かったことにしようなんてことはないよな?」
「質問だ。グラフィ。今、お前は人身売買と言ったな?」
「……あぁ。間違いない」
「人さらいもしているだろ?」
「している」
驚くことに目の前の男、グラフィは即答した。
「何故喋る気になった?」
「お前につくべきだと判断した。敵に回すべきでないとも同時にな」
「すべて話せ」
「……」
「すべてだ」
「どういう意味だ?」
「お前の妹に免じて手を貸すのもやぶさかでは無かったが、ここまでだな」
席を立つ。
今日何度目だ。
「……」
グラフィは黙っている。
いっそのこと立ち去るべきか?
いや、アイギスはこの卓から離れないだろう。
急いで食べている素振りも無い。
恐らくこちらがそのつもりでないと理解しているのだ。
ただ、それにグラフィが気付くかどうか。
気付いていると仮定して、そのこちらの考えを汲み取るかどうか。
話せば協力。
話さなければ決裂。
簡単な話だが、リスクは大きい。
なまじ多くを知らないからこそ簡単に天秤へとかけられるというものだ。
あちらはどうか。
グラフィ。
その男はどう考えている?




