63、線引き
「よお! 色男!」
グラフィが陽気に、それでなくとも大きな声を更に張り上げる様にしてこちらへと手を上げる。
「やめてくれ……」
ジーナに腕を掴まれている現状、嫌でも注目を集めるというのに、そこに加わるように昨晩の騒ぎの中心。
マリアもいるわけで。
何だ何だと、また何か起こすのではないかとその視線に期待が込められていくのを感じる。
「まぁまぁ、いいじゃねえか! なぁ?」
グラフィはこちらに椅子を引いては着席を促す。
引くならジーナの分もひいてもらいたいのだが、すでに座っている都合上、こちらがジーナの分をすることになるのだが、それをニタニタと眺めるのはやめてもらいたい。
「ありがとっ」
ジーナがようやくと言った具合に腕から手を離す。
それから二人して卓の前へと腰を下ろした。
「で?」
既に卓上へと並べられた料理を頬張るアイギス。
こちらが見えた事でその手を止めたマリア。
二人にジーナと自身を交えて話したい事とは何か。
この朝っぱらからなどと、考えるまでも無く前回の繰り返しであろう。
「はははっ! まぁ、そう急ぐなって! ほらっ、朝飯まだなんだろ?」
「そうだが……」
さっさと済む話なら済ませてしまいたいと思ってしまう。
面倒ごとだと分かっていれば尚更だ。
「長くなるのかなっ?」
ジーナがこちらの様子に何かを感じ取ったのか。
間を取り持つように疑問を呈してくれる。
「ハッハッハ! そっち次第だとしか言いようがないな?」
「リンっ?」
「……分かった。ジーナ、いただくとしようか」
「うんっ」
そうして手を合わせては、特に選り好みすることもなく近い所から順に、その食指を伸ばしていく。
「うんっ。おいしーっ」
ジーナが自然な笑顔を見せてくれる。
釣られるようにこちらも笑みが零れる。
「食べた……な?」
それに水を差すのは誰か。
目をやればそこには男が一人。
グロスだかグラフィだかの名を持つ男だ。
「断る」
これから続けられるであろう話に付き合う気はないと先んじて結論を叩きつける。
「おいおい、食べといてそれはないだろう?」
「金なら払う。話しも聞こう。だが結果は同じだぞ?」
「ハハッ、相変わらず面白い奴だな。まぁ、いいさ。聞いてくれるって言うんならな」
グラフィはまるで気にしていない様子。
むしろこちらがそうするであろうことを初めから織り込んでいたかのような余裕すら持ち合わせている。
「リンさんすみません。私がついていながら……弁解の余地もありません」
「あぁ、うん」
対して、今更だなと思ったりはしない。
むしろ、アイギスが手を付けていなければそれはそれで異常だ。
ただ、金というこちらに付け入る隙が無い以上、何かしらの策は講じてくるであろうことは容易に想像できたが、それにしてもと言わざるを得ないほどに強引かつ原始的な方法。
効果的かと言われたら首を捻らざるをえない。
しかし、グラフィのことなので、ただの挨拶代わりであったとしても何らおかしくはないが、そうこちらに思わせている辺り中々どうして憎めない男だ。
「マリアも途中でしょ? 折角おごってくれるって言うんだし。食べよう食べよう」
「すみません」
「大丈夫大丈夫」
「……マリアのことは好きじゃないけど、リンは最初から分かってたと思うよ?」
「へぇ、流石だな?」
「止められなかったのは事実です」
「素直じゃないなー」
「リンっ。それってもしかしなくてもぼくにいってる?」
「嫌いでもないってことでしょ?」
「リーンーっ」
ジーナが二の腕をつまむ。
いたいたいたい。
「ハハハッ! 仲睦まじいのもいいが、そろそろ本題に入らせてくれるか?」
「さっさと話せばいいものを」
「刺々しいな?」
「どうせろくでもないことだろう」
「いや、そうでもないんだな。これが」
グラフィが見せた事の無いような真剣さを表面化させる。
「実は……だな。折り入って頼みがあるんだ」
「……何だ?」
「率直に言う。妹を助けるのに手を貸してほしい」
「具体的には」
「……妹は病気でな。俺がゴブリン共相手に手間取っちまった所為で……時間が無い」
「いくらだ」
「……すまん。それが分からないんだ」
「今手元に百二十ある。それでどうにかならないか?」
「……買える可能性はあるが……確実じゃないな……」
「何を買うつもりだ?」
「……不死鳥の灰……万病に効くと言われている」
「……その口ぶりだと買えたとしても治るか分からないみたいだな」
「あぁ……それでも、治る可能性はある」
「なるほどな」
納得する。
だが、だとしてもその内容が分からない事には手の貸しようもない。
「策は。あるんだろ?」
「手を貸してくれるのか!?」
グラフィの沈み行く顔に活力が戻る。
分かり易いそれは、最早演技であるのかどうかなどと判別のしようがない。
ジーナには分かっているのだろうか。
「話の内容次第だな」
「それは――約束してくれないか」
「何を」
「話す以上こっちとしても協力して貰わないと困るんだ」
「こっちとしても? 一人じゃないのか?」
「いや、一人だ。ただ、増える可能性もある」
「……」
目を見ても分からないが嘘ではないのだろう。
ジーナからも声が上がらない今、沈黙は無意味な時間の浪費に他ならない。
「分かった。だが犯罪はなしだ。それから自身以外に危険が及ぶことも許容しない」
「優しいんだな……」
グラフィはどこか遠くを見る様に目を細める。
「リンっ」
「ん?」
「ぼくはついて行くからねっ?」
「あぁ……」
そういえばと思い出す。
ここで断ったところでその先に変わりは無いだろう。
「分かった」
「……少しはぼくの身を案じて反対して欲しかったなー……なんてっ」
ジーナさんは難しいことを仰られる。
「死んでも守るよ」
「死んだらダメだよっ!」
何度も言うが難しい事を仰られる。
「死なないように注意しながら守るよ」
「それだけ?」
「え?」
「何かないかなーっ。こうっ、思わずついて行きたいって思わせるような……って求め過ぎだよねっ」
「いや……なんだろう」
考えて見るも特に言葉は浮かんでこない。
ともすれば行動で示すに限るだろう。
「ジーナ」
「……?」
手を伸ばす。
頭に。
「へ――」
ジーナが手に持ち、口にくわえていた食器を落とす。
「……どうかな」
「え――、えっと、その……ええっと……」
「リンさん。それは喜ばれはしますでしょうが、ついて行きたいとはまた少し違うように思います」
「そうなのか……」
いつの日だったか忘れたが。
何となく困ったときはそうすればいいと誰かが言っていた。
あ、これは子供相手にする行為だったか?
いや、だとしてもジーナは子供……子供と言って、子供扱いしていいのか?
するべきならそれでもいいのだが……。
意外とそれはそれで怒ったりしないだろうか。
兎にも角にも難しい。
「べっ、べつにっ。ぼくは嬉しいけど……。えっと、その、うん。ついていくよっ?」
結果に変わりはないが、その過程に少しは納得してくれたのではないだろうか。




