62、剣士とよっぱらい
「うぅ……うぇっ……」
「…………」
「うっ……うぇぇぇ」
「…………」
「うぇぇぇぇぇ」
「…………」
「うぅ……あぁ……み、みず……」
「…………」
「みず!」
その声にはっとして我に返る。
目をやればサラスがこちらを何とも言えない表情で見据えている。
恐らく気持ち悪いのであろうが、縋るような眼差しがところどころ見え隠れしていて、相当に堪えているのであろうことが容易に想像できてしまう。
「あ、あぁ、わるい。えーっと、ほらっ。水だ」
サラスの背中から手を離し、水をコップに注いでは目の前へと差し出す。
「だぁぁぁ……ありがと……」
「いや、いいんだが。朝食はどうする?」
「無理……遠慮しとくわ……」
「そうか。何か必要なものでもあるか?」
「頭痛薬とかあったらお願い……」
「分かった。何かあったら……いや、済ませたらすぐ戻る」
「心配し過ぎ……。ゆっくり……してらっしゃい」
「……分かった。ほどほどで戻る」
「はいはい……」
サラスは力の入っていない手でこちらを押す。
もちろん入っていないのでそれは正確には触れるに近いのだが。
起こしていた体を横に、室温は普通だが念のためにと薄い布を上からかける。
それから目で大人しくしてるようにと訴えかけては昨夜と同じ場所へと足を向ける。
端的に言えば酒場であったと、過去形で語る事のできる場所だ。
「――あっ、リンっ」
部屋を後に、廊下をいくつか曲がったところで壁に背を預けるジーナと出くわす。
先に向かっていたはずだが、マリアとは昨日の今日。
卓を挟んでほとんど二人っきりと言える状況では気まずさを感じてしまうのかもしれない。
「どうかした?」
「ううんっ。サラスはどう?」
小さく駆け寄ってきては自然な動きで横へと並ぶジーナ。
そのまま足を止める事無く、廊下を進んで行く。
「うーん。あんまり、かな」
「そっかー……」
「薬でもあればいいんだけどね」
「二日酔いに効く薬かー」
「まぁ、無くてもきっと明日には良くなってるよ」
「時間が解決してくれるってわけだねっ?」
「うんうん」
「ところでさっ」
「ん?」
ジーナがこちらの後ろを通っては反対側に回り込み、何が何やら腕を取る。
「何で、ぼくとリンの部屋が別々なのかなっ?」
「え――」
昨日の夜は遅かったのもあり、うやむやのまま事なきを得たのだが、それにしても朝食前から再び話題にあがるとは。
正直、以前は金銭的な理由から始まり、解決して以降も全員同じ部屋で寝泊まりしていたので、それでもいいと言えばいいのだが、だからといってそれがそのままそうしてよいという事にはなりはしない。
常識的にも世間的にも一種の線引きはするべきだろう。
とのことをそれとなく伝えて昨日は何とか引き下がってくれたわけなのだが……。
どうするべきか。
ジーナはニコニコととてもいい笑顔を浮かべているが、その目は本気であることを今も尚こちらに伝えてきている。
是非もない。
アイギスとマリアに助けて貰おう。
「リンーっ?」
ジーナはこちらの腕を自身へと引き寄せる。
「まっ、まぁ、とりあえずご飯にしよう?」
「べつにいいけどーっ。逃がさないからねっ?」
ジーナはきゅっと腕を絡めては、その距離を以って公然の事実とする。
「う、うん。でも、やっぱり――」
「ぼくのこと好きっていったよねっ?」
それを言われると最早何もいうことは出来ない。
何故なら嘘ではないのだから。
ただ、それでも自身の良心が叫んでいる。
そして足を急がせる。
鼻を微かにくすぐる、その香り。
その先で待ってくれているであろう仲間の下へと。
だが――現実として待ち受けていたのは二人、ではなく。
グラフィという男をそこに加えた三人であった。




