61、リボンを結んで
「おおいいぞ! そこだ! そこそこッ!」
「あぁ、いやおしい! やれッ! いけッ! カァアアーッ!」
男たちの熱き視線と喧噪がところ狭しと室内に響き渡る。
「いいわよーっ! それそれっ、そこそこーっ!」
サラスもいつのまに頼んだのか、酒瓶を片手に言いたい放題の始末。
始まった当初こそ止めようと間に割って入って行った者もいたのだが、その都度マリアかジーナに因って床に転がされ、いつのまにやらそれを制止する者は誰一人として現れなくなり、むしろ、この場に居る全員がそれを歓迎しているかのような雰囲気と熱気に包み込まれている。
「あーっ、おしいっ!」
ジーナの裏拳が空を切る。
「あーっ、もうっ、普通今の避けるっ!?」
マリアの回し蹴りが跳ね上げられた卓に阻まれる。
「どっちの味方なんだ……」
思わず頭を抱えたくなる。
「どうぞー」
「あ、どうもありがとう」
次々と目の前の卓に運ばれてくる料理と酒。
勿論頼んでなどいない。
しかし運ばれてくる。
そしてサラスが飲み、アイギスが頬張る。
二人は底なしだ。
「だーはははっははっ! にーちゃん面白い仲間もってんなー! ガハハハハッハッ!」
いったいどれほどの量を飲んだらこれほどの匂いを漂わすことが出来るのか。
年配の冒険者と思われる男性にその肩を掴まれる。
「あーっはっはははっは! いいわよー! いけいけーっ! っておじさーん飲んでるーっ!?」
サラスが空の瓶を掲げては陽気に次の瓶を勧める。
「おっと、すまねえな! アンタこそまだまだいける口なんだろ? ガーッハッハッハハハッハ!」
「私がこの程度で酔う訳ないでしょ? ほらっ、リンも飲みなさいよーっ!」
「からむなからむな」
「えーっ? 私のお酒が飲めないってのーっ!? ほらーっ! 口開けなさい!?」
サラスが思いっきりよく酒を呷ると、その頬を膨らませてはこちらへと擦り寄ってくる。
「かんべんしてくれ」
「……んくっ。やっぱりもったいなーいっ! アーッハッハッハハハ!」
サラスがバンバンとこちらの背中を容赦なしに叩いてくる。
「あーっ、久しぶりだわーっ! ホントに。アンタについて来て良かったーっ!」
腕をこちらへと回して来ては酒瓶を大きく天へと掲げる。
「そりゃ、何よりだよ。ホントに」
「何よーっ。私が褒めてあげてるのよーっ!? もっと喜びなさいよーっ!」
「あーうれしいうれしい」
「ぶーっ! なによそれっ! フフッ。ホント、なによっ。それっ。くくっ」
「……アイギス。美味しいか?」
うんうんと頷きをもってこちらに応えてくれる。
その頬を突いたらとんでもないことになりそうだ。
「おおおーーっ!」
こちらが目線を外している間にマリアとジーナに何かあったようだ。
「やるーっ!」
女性の冒険者と見られるものから称賛の声が上がる。
「――まだっ!」
ジーナから気迫の一声が放たれる。
「あはっ?」
続くように満面の笑みを浮かべるマリア。
「だはーっ。どっちが優勢なのーっ?」
サラスがこちらへとその体重を預けてくる。
重くは無いが店内がそれでなくてもむさくるしいというのにも関わらず、何とも暑苦しい限りだ。
「知らん」
「なによそれーっ……」
「……おい。寝るな」
「……寝てないわよぉ……」
「突然すぎるだろ。寝るなら部屋で寝ろ。おい」
「……うぅん……」
「……お前が寝たら誰が収拾つけるんだよ……」
こちらの思惑とは裏腹にサラスは寝息を立て始める。
これがアイギスであったのならば何とも思わなかっただろう。
まさかサラスが衆人環視の下、眠りにつく日が来るとは。
以前より気が緩んでいるのか。
それとも単純に疲れていたのか。
どちらにせよ、どちらでもないにせよ、寝てしまったものは仕方が無い。
「どうするか……」
サラスのことを思うのであれば、今すぐにでも部屋へと連れて行き横にしてやるべきであろう。
しかし、現状はそれを許さないと言う訳でも無いが、この場を離れるという選択は得策とも呼べない。
どれほどの用であればと聞かれればその明確な基準というものを設けるのは難しいと言わざるを得ないが、出来る事ならばいずれ来る最後、その瞬間に仲間として立ち会いたいと思っている。
「おおおーーっ!」
再び歓声が沸き上がる。
「だめだめっ! たってーっ!」
女性の声が響く。
目をやればジーナがバラバラの椅子と一緒に床へと転がっている。
「あはっ? もう終わりですか?」
マリアがまだまだ余裕だと言わんばかりに、追撃を行うことなくその距離を縮めては足元のジーナを見下ろす。
「ッ――」
ジーナは唇をかみしめては全身を奮い立たせ、その場へと気迫で立ち上がる。
「おおおーーーっ!」
そこにはただ、優勢なマリアに対してではなく、一個人として劣勢のジーナを応援する声だけが存在していた。
「がんばれーっ!」
「まだやれるぞっ! 諦めるなよ! おい!」
「いけいけッ! 俺はお前にかけてるんだぞ!」
「きゃーっ! がんばってーっ!」
純粋なそれとは少しばかり違う声もその中には混じっているようだが概ねそうであると言っていい。
「いくよ……マリアっ!」
「あはっ? あはははははははっ!」
「おおおおおーー!」
ジーナの掛け声にマリアが笑う。
それに続くのは周囲の歓声。
この場にいる全員が終わりが近いと感じているのか、その大きさは徐々に増していき、今や最高潮と言っても過言では無い所にまで達している。
「そこっ!」
「あぁっ!」
「だめだめっ!」
「いやーっ!」
「いけっ!」
「いけいけッ!」
「そこだーッ!」
「のああああああああああああああああああ!」
各々が二人の行動に際して好き勝手に反応を示していく。
だが、それもここまでか。
ジーナの上段目掛けて放たれた蹴りが薄皮一枚でマリアの鼻をかすめる。
「っ――」
「あはっ、あははっ!」
マリアが踏み込む。
その手が形作るのは刃。
構えは刺突。
向かう所は腹部の中でも急所とされる鳩尾。
最早勝負は決まった。
避けることの出来ないジーナに防ぐ術があるのであればまだ可能性はあるが、それも一時の延命に過ぎないであろう。
優劣が決した現状を打破できるほどのものであれば別だが、その表情をうかがい知るにどうやらここまでのようだ。
ジーナがその感情を整理するように目を瞑る。
そうしてその時を静かに待つ。
だが、それをみすみす見逃すわけにはいかない。
「マリア」
こちらの声に、呼ばれたその者の手がぴたりと動きを止める。
「あはっ?」
「もう決着はついたよ」
マリアの手が下げられ、ジーナとの距離感を平時のものへと戻していく。
「リン……」
ジーナは覚悟を決めていたのであろうか。
その瞳を開いてはこちらの視線を捉えて離さない。
「ぼく……ぼく……」
ジーナの目尻から大粒の涙が溢れだし、その頬に一筋の軌跡を作り上げる。
「ぼくやっぱりだめだよ……」
それは拒絶の証。
そして変わる事の無かった意思。
サラスを椅子に、卓へと突っ伏すように預けてはジーナへと駆け寄る。
周囲は今までの喧噪を忘れ、ただその悲しみを共有するように静まり返っている。
「ジーナ」
「リン……ごめんね……」
こちらとの距離を詰めようとして躊躇したジーナを自身から迎え入れる。
「うぅ……」
ジーナは声をかみ殺すようにしながらもその行き場のない気持ちを吐き出していく。
「なんでっ……なんで……ぼくは……ぼくはっ……リン……おしえてよぉ……」
ジーナの背中をさすってはその先を促す。
出るものはすべて出し尽くしてしまえばいい。
「もうっ……どうして……なんでっ……なんで……」
「大丈夫、大丈夫」
「だいじょうぶじゃないよぉ……」
「大丈夫」
「うぅ……」
「大丈夫」
「……」
「大丈夫」
「……そればっかり……」
「大丈夫」
「……リンは……さ……」
「うん」
「ぼくのこと……」
「好きだよ」
「……嘘……じゃないみたい……」
もそっと上目遣いに埋めていた顔を持ち上げてはその事実を確認する。
「ジーナが必要なんだ」
「それって……別にぼくじゃなくても……」
「ジーナがいい」
「ぼくが……回復だからでしょ……?」
「それを言うならアイギスもサラスもマリアも回復だよ?」
「……マリアの話なんて聞きたくないっ」
「ははっ」
「むーっ」
「あぁ、ごめんごめん。ジーナが可愛くて、つい」
「うーっ。もうっ。リンはそう言えば何でもゆるされるとおもってーっ!」
ポカポカと顔を埋めたままの体勢でこちらへと柔らかな拳を振るう。
それを両手で優しく受け止める。
「リン……あのね――」
その先を言わせてはならない。
遮るように手を握ったままの体勢で僅かばかりの距離を取り視線を交差させる。
そうしてジーナにこちらの意思が真実であると伝えるべく思いのままに言葉を紡ぐ。
「ジーナ! 責任は取る! 一緒に来て欲しい!」
「へ――」
「ジーナはジーナだ! 変わる必要は無い! そのままの、ありのままのジーナでいてほしい! 嫌いなものは嫌いでいい! 自分を曲げて好きになる必要は無い!」
「ちょ、ちょっと、その、リン?」
「それがジーナである証拠であり、それはジーナをジーナたらしめる唯一無二の物なのだから!」
「ぼく、その、えっと……うん……」
「いわゆる一つの個性ってやつだと思うんだ」
「そのっ……ありがと……」
「返事を聞いても?」
「うんって言ったよっ! もうっ!」
ジーナがこちらにだけ見せるように頬を膨らませる。
「ははっ、よろしく。ジーナ」
「もうーっ! ホントにその内刺されても知らないからねっ」
「気をつけるよ」
「まーっ、そんなのぼくがもう二度とやらせないけどねっ」
ジーナはわざとらしくマリアへと視線を向けてみせる。
「あはっ? 一件落着ですね?」
「おおおおおおおおおおおーーーっ!」
マリアの言葉にその日一番の歓声が組合に響き渡った。




