60、問答無用
「いや、いいんだけどさ……」
サラスのお手上げというよりかは好きにしなさい? という、いつの日か見たような光景に自然と口元が緩む。
場所は組合の中に併設された時間帯に因ってその呼び名も変化するところ。
現在の時刻で判断するならば、そこは酒場という名が最も似つかわしいと言えるだろう。
「ぼくは反対だよっ?」
卓を挟むまでも無く椅子をこちらに寄せて来ては横からジーナがどういうつもりか腕を掴む。
「うーん……」
「アンタが唸ってどうすんのよ」
「リン、ぼくはぜったい、ぜーったい、ぜーーーったいに、反対だよっ?」
「そんなにマリアが認められない?」
「認めるとか認めないとかそんな話でもない気がするけどね?」
「ぼくはリンのことを思って言ってるんだよっ?」
「そんなにか……」
「まぁ、流石にぶっ飛びすぎでしょ」
「そもそもマリアだっていやだよね!?」
そこで、これまで沈黙を貫いていた当人へと話が及ぶ。
「……」
卓を挟んで反対側に位置するマリアはこちらを見据えるものの、それ以上の動きは見せようとしない。
「ぶーっ」
「まぁ、病み上がりと言えばそうだから、多少はね? 大目に見るけど。それでも何か言いたいことぐらいあるんじゃないの?」
「……リン・ディー……ローリング……」
「呼んだ?」
「……神を、信じますか……?」
「いるみたいだね」
「い……る……?」
「うん」
「……」
「ちょっと。アンタまでやられちゃったわけじゃないでしょうね?」
「嘘……じゃない……?」
ジーナがこちらの目を真っすぐに見つめては、その答えにたどり着く。
「え?」
サラスの素っ頓狂な困惑。
頭上に浮かぶ疑問。
「冗談でしょ?」
「……リン?」
ジーナもにわかには信じられないのか、その真相が知りたくて仕方が無いようだ。
期待に応えられるかは分からないが、特に隠し立てするようなことでもないため、かいつまむほど長い訳でもないそれを自分になりに解釈しては話す事にする。
「見た事がある……かな? 二回ほど」
「嘘……。嘘じゃない……」
「分かりにくいわね」
「リンは神に会ったことがあるみたい……」
「その神とやらは何か言ってた?」
「最初は一方的に。二回目は何も」
「内容は?」
「ここに来て言われたこととほとんど一緒」
「魔王を倒せって?」
「いや、所謂世界平和を望んでいたみたいだね」
「やだ……神らしいじゃない……」
「それって何も問題なくないか?」
「リン・ディー・ローリングさん」
「リンでいいよ」
「……私はマリアンヌですのでマリアで結構です」
「既にそう呼んでるけどね。分かった」
「それもまた神のお導き……ですか?」
「近からず遠からず」
「アナタは何者ですか?」
「マリアの言う通り罪人、かな」
「ではどのような罪をお持ちで?」
「似たようなものさ」
「……なるほど。もし、死因を聞いてもよろしいですか?」
「斬首」
「……既に償いはお済みということですか」
「ただの吊るし上げだけどね」
「人は死を迎えたその時、真に許されるのです」
「あぁ、懺悔したところでって話かい?」
「どういう意味ですか?」
「悪いと思っているなら一生背負うべきだって意味じゃない?」
「何故疑問形なのですか?」
「聞いた話だからね」
「なるほど……」
マリアはもうこの時点で既に、こちらの命については何のその。
興味を失っているように見えなくもない。
「私もご一緒しても?」
「あぁ、もちろん」
「ちょっと、リン?」
「リン……」
「あっ、いや、ええと……」
「ジーナさん。先ほどは失礼しました」
マリアが座ったままの状態でだが、素直に謝罪する。
「……やめてよね。ぼくの意思はその程度で揺らいだりしないよ?」
「誠意というのは見せることに意味があります」
「だから?」
「はいはい。そこまでにしときなさい?」
サラスが先の繰り返しになる前にと、二人の間に入っては待ったをかける。
「サラスも反対なんでしょ? だったら――」
「リンが決めた事よ?」
「それは……そうだけど……」
「マリアももうそのつもりはないんでしょ?」
「そのつもりとは?」
「アンタの言葉でいうなら救いとか償いとか、まぁその辺でしょ?」
「リンさんは既にその罪を償われ、ここに居るのは神のお導きであると判断いたしました」
「回りくどいわね。つまり?」
「リンさんのなさることは即ち神のご意志に他なりません。邪魔する事は愚か、それを遮る行為すら私には不可能です」
「あぁもう。だから?」
「リンさんの意向は絶対です」
「ち、が、う! リンの命を狙うか狙わないかってことっ!」
サラスが痺れを切らしたよう声の音量が上がる。
自然と視線が集まってくるも、一時の事。
酒が入っているものたちからすればただの雑音の一つに過ぎないらしい。
すぐにそれ以上の音量を以ってして何もかもかき消すように上書きしていく。
「そのような不敬は、今後一切起こり得ないとここに約束します」
「ふんっ、もうっ。最初からそう言いなさいよ」
「すみません」
「アンタいける口?」
「……多少は」
「朝まで行くわよ」
「おいおい」
「別にいいでしょ? マリアの加入祝いと、パーティーの結成祝い。それから生きてたことへの感謝と今日こうして曲りなりにも集まれた幸運に乾杯よ」
「そうか。そうだな」
金なら当初と打って変わって大量に所持している。
ゴブリンの巣窟から街に連れて帰った者たちに対して、金銭的な支援をその内から行いはしたが、それでも年単位で何もしなくとも暮らせるほどに余裕というものがある。
まさか、ドラゴンと交戦し、撃退したという事実だけであれほど渋っていた組合から報酬が支払われるとは思いもしなかった。
前回は止めたというだけでそれ以上でもそれ以下でも無かったがために見舞金として治療費は負担せずに済んだが、どうにも騎士団が絡んでいたことで必然的に報酬の支払いがそちらへと流れたのであろう。
「ぼくは……ぼくはそんなの納得できないよ……」
纏まりかけた議題に、言いにくそうにしながらもその意思を曲げる事は出来ないとジーナが異を唱える。
「アンタねぇ……まぁ、分からなくも無いけど……さ……」
「ぼくはリンを殺そうとした人をきっとこの先も信用できないよ……」
「お互いにその必要があればの話ですが、私はリンさんからのお誘いを拒否するつもりはありません」
「リン……」
ジーナは自身を取り巻く様々な感情を堪える様に目を伏せる。
その姿は痛々しく、とてもじゃないが見ていられない。
しかし、マリアをここで突き放すことはこちらの本意でないことも真実。
どうするべきか。
解決策を探るも答えは早々に出て来てはくれない。
考える。
巡らす。
それでもその微かな断片すら見えてこない。
「平行線ですね」
マリアは告げる。
それはこちらに対しての選択を迫る一言でもある。
「リン……」
ジーナの手にはもはや力というものはなく、こちらをただ掴んでいるというよりかは、触れているという表現のほうが相応しいものへとその性質を様変わりさせてしまっている。
「どっちもどっちね。大人になれば楽になれるのに」
サラスが誰に向けてでもなく、ただそうは出来ないからこうなっちゃたのよねぇという明らかな自嘲を言葉に織り交ぜては二人に僅かな退路を指し示す。
しかし、両者の意思が揺らぐことはない。
「はぁー……。ホント、分からない子たちよね」
サラスがどうしようもなく手の付けようがないと降参の意思を態度でもって表明する。
ただ、そこには諦めこそ感じられるものの、他の何か、熱量ともいえるものは未だ消え失せる事無くむしろその勢いを事ここに至って尚加速させているようだ。
「分かったわ。二人とも武器、出しなさい?」
「……理由をお聞きしてもよろしいですか?」
「いいから。ほら。だしなさいってば」
渋る二人を前にサラスがその先を促す。
「……」
「……はい」
マリアが卓の上へと置いたのを確認した後、ジーナが荷物の入った袋ごとそこに乗せてみせる。
「さて、と。準備は出来たわね?」
良いながらサラスは席を立つ。
「ほら、二人も立った立った。外、行くわよ?」
「何をなさるおつもりですか?」
「こういうときは気が済むまで殴り合えばいいって知らない?」
「それでは解決しないと思いますが」
「あら? 自信がないのかしら?」
「安い挑発ですね」
「……マリア。もうそれしかないよ」
「ジーナさんまで……付き合いきれませんね」
「……マリア。いくよ――」
ジーナの鉄拳がマリアへと飛んだことで――外に出る間もなく――それは始まった。




