6、あめ降って地かたまる
必然。
滞っていた流れはその道筋を取り戻し、勢い新たにその先へと進んでいく。
衣服は赤く染まり、傷口は熱を持ち始める。
出血の量はすぐさま死に至るほどではないが止めなければいつか死ぬ。
焼くか押さえるか場所的に二つに一つだ。
治癒――
ふと、そんな声が聞こえたような気がした。
一度体験している温もりが再び全身を包み込む。
そして、目に見えて体感出来得るほどの変化を自身に及ぼした。
「アイギス……」
声の主を追っては自然とそこに行きつく。
当のアイギスはというと、何を思って何を見ているのかまるで分からないがその手には未だに先程まで刺さっていた短剣がしっかりと握られている。
「ちょっと!? どうかした?」
後退するサラスから声が掛かる。
手も足も止めてなかったとはいえ、さすがに考えすぎた。
「大丈夫だ」
「アンタはいっつもそればっかりね!」
少し不審がってはいるようだが、状況が状況なためとりあえずの納得はしてくれたようだ。
「アイギス、ありがとう」
小声で礼を言う。
すると、あれほど微動だにしなかったアイギスが首を左右へと振ったではないか。
もしかすると気のせいだったかもしれないし、抱えられているという不安定な体勢からして揺れただけかもしれない。
しかし、その幅というのは実にアイギスらしいといえるもので、何度見ても目は合わず、思考も読み取ることが出来ないが、その行動が指し示す意味だけは万国共通で取り違うことはない。
「アイギス」
目線は迫り来る小人のまま。
その行動を理解したがために言わねばならない。
「気にしないでいい」
そう伝えた。
ただ、一度だけ、短く。
アイギスへと向かう短剣を蹴り上げながら。
「――」
アイギスはこちらの言に握っていた短剣を無造作に捨てた。
それは飽きたからなのか、はたまたいらないと思ったからなのか。
正直、意思の疎通が出来ていると思っているのはこちらだけなのかもしれない。
だが、まぁそれでもいいと思った。
初めてアイギスが自分から行動を起こしてくれたのだ。
「あはっ? あははっ? あはははははっ?」
「ちょ――もう少しで森だってのにこんなときにまた発作!?」
いつも突然な、そして特徴的な笑い声にサラスが怒るというより呆れる様に、諦めるように言葉を並べる。
「オイッ! 何をやってる!」
後方から続けざまに男たちの怒号が飛ぶ。
そして鈍い音が一度。
「こっ、く――クソ女がぁ! 何の真似だ!」
それで完全に動きが止まる。
後方を見てもいいが、恐らく想像の範疇であろうことは理解できるのでとりあえずジーナとサラスにマリアのことは任せて止まった集団を包囲させないように立ち回って行く。
「マリア! ッ……人間風情が」
「おうおうおうおう! 何が人間風情だ! 俺たちは人間で、お前はエルフだろうが! 引っ込んでろ!」
「言うじゃない。たかがケツからクソを垂れ流すだけの存在かと大人しくしていれば――どうやらお前は口から出すのもお得意なようね?」
「あははっ」
「チッ……面倒くせぇ……おい」
「あぁ、もうここまででいい。寄越しな」
「ハッ、何が寄越しな、よ。お前等の命を助けてやったのもこいつの命を握っているのも――」
「サラス、言い過ぎだ。ジーナ、そろそろ限界だ」
蹴りだけでそれも殺さないように配慮しての戦いはさすがにいつまでも持たない。
「あららっ、分かったよ。任せといてっ」
「おい、俺たちの話はまだ――」
「リン! こいつら――」
「まーまー、皆さん落ち着いて。マリア、神さまはどうしたいって?」
「矢を抜けと仰っています――!」
「なーるほど。じゃーそうしよっかー」
「オイッ!」
行き過ぎた怒気にチラリと目をやるが、どうやら手を出すか迷っている内にジーナとマリアが二人して躊躇なくすべての矢を引き抜いてしまったようだ。
「お……おまえら……なんてことを」
「血が…………」
「おー、すごいでてる」
「あはっ、あははっ、治癒」
「…………な……」
「へーーー! なるほどー! 刺さったままだったから駄目だったんだねっ! って、リン、あれっ? あれれっ?」
「もう大丈夫」
「えーー、って、もしかしてアイギス?」
ジーナの視線がこちらへと向かっているのを確認して口角を少し上げる。
「おーー! ナイス、アイギスっ」
グッと親指を立てて健闘をたたえるポーズ。
「ほらっ、そうと分かれば? 決まれば? 後退あるのみー! って、マリアっ!?」
ジーナの動揺と困惑の混じった声。
続けざまにサラスの焦りと助けを求める声。
「マリアッ!? リンッ! マリアを――」
視界に捉えたところで顎に一撃。
足から崩れ落ちた所を片手で支える。
「ジーナ!」
「あっ、うんっ!」
ジーナは素早く走り寄って来てはマリアを背負う。
大地に突き立ったスコップを再び手に。
「引こう」
短くしかし明確にこちらの意思を伝える。
「あ、あぁ」
男たちがいそいそと傷は治ったが未だ意識のない仲間を背負う。
そして最後尾から先頭へ。
素早く道を切り開いては走る。
問答無用に。
「……お前、容赦ないな……」
途中そんな声が上がるが気にしない。
ただ先程、マリア相手に鈍い音をさせていたのはこの者だろうか。
「いや、良い判断だ」
「チッ、うるさいわね。黙って走れない訳?」
「サラスっ、それよりも僕の荷物を――」
「いやよ」
「リンの――」
「いやよ」
「マリアを――」
「男の子でしょ」
「ぶーーー」
ジーナは非常に気が回る。
サラスと人間の間で何があったかは知らないが今は立ち止まっているいる場合ではない。
そうして間もなく森へと突入する。
足は止めない。
「リンー。これからどうするのー?」
「行けるとこまでいこうか」
言いながら辺りを注意深く確認する。
幸いなことに追っ手はきていないようだ。
「リン、私は別にこのまま入口までだって苦じゃないわよ」
サラス、ジーナ、更には他の者たちの顔色を伺うついでに元居た場所を振り返って確認する。
どうやら小人たちはあの空間から出るつもりがないようだ。
あの者たちにとってあそこは、縄張りや陣地、そう言った概念を含んだものなのかもしれない。
最後に、とマリアへ目を向ける。
そこには年相応の等身大の女の子がいるだけだった。
「ペースを上げよう」
「えぇっ!?」
ジーナから悲鳴が上がる。
「サラス、荷物を」
「……まっ、仕方ないわね」
言い出したのは私だし、と続けて――サラスは遠慮するジーナから荷物をいささか強引に剥ぎ取っていく。
「ちょ、ちょっとー! 僕は全然無理だってばー!」
「大丈夫、大丈夫」
「その自信は一体どこから出てくるのっ――!?」
「道に出るまで頑張りなさいよ。男の子でしょ」
こちらの意図をそれとなく理解しているのかサラスが後押しするように鼓舞する。
「わかってるけどー! わかってるけどー! もーーー!」
ジーナも言葉ではそういいながらも理解はしてくれているようだ。
「ありがとうジーナ」
「もーーー! べつにいいけどねっ」
いいのか、とジーナの言に自然と笑みが零れる。
それは周囲も同じ様で、声に出さないまでも口元が緩んでいるようだ。
前を見据える。
目指すは入口、ひいては馬車、欲を言うのであればその先。
マリアが目覚めるまでにそのどれかには辿り着きたい。
そうしてアイギスを抱えなおしてはその速度を上げた。