59、応酬
「おいおい、痴情のもつれにしちゃあ、ちと物騒が過ぎやしないか?」
グラフィが両肩に拾ってきたその者達を担いでは、現状を把握しようと努めて声に出す。
「……マリア、とか言ったね」
ジーナがそれを踏まえたうえで発言する。
「この人はどうなの?」
「どうなの、とは。いささか言葉が足りないように思いますが?」
「嘘だよね? 分かってて誤魔化してる」
「ふふっ、なるほど。なるほど」
「ぼくの質問に答えてくれるかな?」
「それよりもまずはその刃物を下ろすのが先だろ?」
「あはっ、あははっははははっ!」
マリアがその十字架から手を離し、くるくると回りながらグラフィへと近づいていく。
「な、なんだ?」
「ふふっ。お借りしますね?」
両手が塞がった状態のグラフィ。
その腰に下げられた剣をマリアが引き抜くのはいとも簡単なことであった。
「お、おい!」
グラフィの制止もむなしく、マリアの持つ切っ先はこちらへと向いてしまう。
「……リンには指一本触れさせない」
ジーナはくるりと刃を反転させ、血に濡れた手でそのまま握り込んでは応戦の意思を示す。
「あはっ、救済する相手が増えてしまいましたね?」
「それよりもぼくの質問に答えてくれないかな?」
「あはっ?」
「言葉が通じていないんじゃないの?」
「狂気は逃げだよ。答えを持ち合わせていない本質を隠すためのね」
「よく分かるわね?」
「分かろうとしていないだけだよ」
「あらそう?」
「呑気に喋ってる場合か!? おい、リン! 止めなくていいのかよ!?」
「そ――」
「リンは黙ってて」
「アンタはこっちよ」
サラスに腕を掴まれてはジーナから引き離される。
「さて……お別れはお済みになりましたか?」
「マリアこそ。リンじゃないけど神によろしく伝えといてよ」
「ふふっ」
「ジ――」
「アンタは――」
「あはっ」
それは突然に始まった。
前触れこそここまで続いていたわけだが、その初撃を防がれたことでマリアの実力がどれ程の物なのかすぐにジーナも思い知ったことだろう。
「――」
低い体勢から連続して突き出される短い刃。
そこに合わせるようにマリアの剣が回転する。
「あはっ、やりますね?」
接触した瞬間に甲高い音を立てては突きの軌道が変わる。
しかしそれすらも想定されているかの如く、ジーナのそれに反撃の隙間はない。
「――」
無言でマリアを後退させていくジーナ。
射程が圧倒的に不利であることを理解しているためかその動きに淀みはない。
危険を冒してまで先手を取り、自身の射程に収めただけのことはある。
「あはっ、ではこんなのはどうですか?」
マリアが上着に手をかける。
恐らく目の前に広げてはその視界を遮るつもりであろう。
それをジーナが予測できないはずも無いわけで。
ジーナの攻撃が薙ぎへとその様相を変化させる。
そこから導き出される答えは血だ。
「あはっ」
マリアの目元へと飛散したそれが色づいた先で直撃を知らせる。
ただ、こちらの勘違いである可能性も否定しきれないが、わざと避けなかったようにも見受けられた。
そして、それは気のせいでは無かったようで。
マリアは余裕ありげに口元を吊り上げては微笑む。
「ッ――」
ジーナから声が漏れ出る。
それは一体何からかは分からないが、次第に押し戻され始めたジーナを見て何故かという点だけはうかがい知ることが出来た。
「ちょっと、大丈夫なの? 加勢した方がいいんじゃないの?」
「……目は口ほどに物を言う、か」
「え?」
「ジーナは自分で自分を追い込んでしまったらしい」
「どういうこと?」
「ジーナの攻撃はマリアの動きを読んだ上で行われていた」
「……つまり?」
「目を封じた事で自らの長所も少なからず封じたことになるな」
「えっと、それって……どうなの?」
「形勢は逆転したと見ていい」
「ちょっ――」
「リン」
騒がしくしすぎたためか。
それ以上に待ちくたびれたためか。
目を覚ましたアイギスの頬が気のせいではなく、膨れているように見えなくもない。
「ごはん、まだ?」
すぐにと言って置きながら未だに移動すら始めていないこちらに対しての追及。
至極当然の反応。
権利の行使。
色々といいようはあるだろうが、そのどれもがこちらの非を責め立てるものであることだけは確かだ。
「ごめん。もう少しかかりそうだ」
「ん」
「ん?」
「マリア?」
「マリアだな」
アイギスが首を動かしてはそちらへと顔を向ける。
「ジーナ?」
「ジーナだね」
「サラス?」
「そうだね」
「……降ろして?」
アイギスから珍しい要求。
疑問に思いながらも行動することで今は保留する。
「リン」
「ん?」
「えらんで?」
「何を?」
「わたしのこと」
「分かった」
「うん」
アイギスはてくてくと歩くというよりかは、小走りという表現が近い速さでジーナたちの下へと向かっていく。
「ちょっ」
サラスから困惑の声が上がる。
同時にこちらへと視線を飛ばして来ては、止めなくてもよいのかという疑問をぶつけてくる。
「あぁ」
答えると同時にアイギスを追う。
そして――。
「ん――」
アイギスはマリア目掛けて飛翔する。
そうして決まる訳がないと思われたそれは、自身がアイギスを選んだことに因ってその脳天へと突き刺さった。




