58、呼ばれて飛び出て
「アンタ、そのうち刺されるわよ?」
サラスがどこかで聞いた言葉を繰り返してくる。
「確かに」
「自分で言ってて恥ずかしくならな――い?」
と、サラスが言い終わるまでもなく、自身の肩口へと目をやれば、赤くそれでいて鮮やかな染みが自己を主張するように浮かび上がってくる。
「マリア」
刺されたというのにも関わらず、痛みよりも嬉しさが僅かと言わず勝ってしまう。
結果、その姿を視界に収めるまでもなく口元は緩んでしまい、その声は上機嫌のそれと聞き間違えることのないものになってしまった。
「ふふっ」
あぁ、と、最早安心すら覚えるその狂気的な笑い声。
振り向かずとも分かるその異様な気配。
「マリア」
「あはっ」
「マリア」
「あはははははっ?」
「ちょっと――!?」
「リ――リンさんっ!」
こちらとあちらの、傍から見れば不可解なやり取りに二人して待ったをかける。
「刺されてる! 刺されてる!」
「ははっ、刺されてるな。見事に」
「言ってる場合!?」
「リンさん……この人は……?」
おっとこちらはこちらで尋常ではない空気を放っている。
表面上こそ笑顔だが、その奥からは確実な殺意というものがマリアへと隠すことなく向けられているのが分かる。
「何、ただの知り合いだよ」
「……リ――」
「ジーナ。ありがとう。大丈夫」
「……うぅ」
「いや。いやいやいや、アンタ、刺されてるのよ!?」
「二人にはまだ紹介してなかったね。これから新しく仲間になる予定のマリアだ」
「え――!?」
「へっ……?」
「自分はリン。リン・ディー・ローリングという」
言いながらも尚、突き立てられた刃は引き抜かれる事無く、振り向いて顔を合わせる事は出来ない。
仕方なしに背中越しでの挨拶を続行。
「マリア、待ってたよ」
「アンタ、正気?」
「あはっ」
「あぁ、用件は分かっている」
「リン……」
「大丈夫」
「あはっ、あははははははは!? で、あるならば! お話が早いというものですね?」
「あぁ、全て自分のやったことだ」
「……何を言ってるの?」
「たぶん……」
そう言ってジーナは目線をあちこちに走らせる。
「あはっ、弁解なさらないのですね?」
「事実を捻じ曲げることに意味を感じない」
「では、どうなさるおつもりですか?」
「すべて受け入れる」
「あはっ。あははあはははははっ! 潔いのは素晴らしいことですね!?」
「神によろしく」
「あはっ」
そうしてようやくといった具合に自身から離れたそれは、迷いなく心臓へと向かう。
が――。
「リン……これ以上は僕が許さないよ」
「ジーナ」
その刃を生身、素手で受け止めては血を滴らせながらもそこに一切の怯えや恐怖は見えてこない。
「あはっ、アナタはどのような罪をお持ちで?」
「うるさいな……ぼくはただリンが傷つくのが嫌なだけだよ」
「ジーナ」
「リンは黙ってて」
「そうよ。黙ってなさい」
「サラス……」
「もうサラスでも何でもいいからアンタは黙ってなさい?」
「リンには悪いけど死なせるつもりはないよ」
「……」
最初から決めていたことだ。
何をどう取り繕おうと自身のやったことは自身でけじめをつける。
当たり前の事ではあるが、その時が来るまではその役目を果たすつもりでいた。
いや、役目などと。
ただのわがままでしかない。
それで先延ばしにしていただけだ。
そして自分が思っていたよりも早く、その時が来たというだけに過ぎない。
ならば受け入れよう。
何、最後がマリアで、ジーナたちに見守られて死ねるならそれは本望だ。
むしろ、恵まれている。
そう感じてさえいた。
しかし、現実はどうだろう。
受け入れる事はおろか、拒絶すらするジーナにサラス。
自分は。
自分はこれからどうしたらいい?
「なる、ほど。アナタたちは罪人をかばう、いわば共犯者ということですね?」
「アンタみたいにいきなり人を後ろから刺すようなのよりよっぽどましでしょ?」
「私は救いに来たのです」
「救いようのないやつね」
「私は救う側ですのであしからず」
「信じて疑わないって目ね」
「信じる者は救われるのですよ?」
「お生憎さま。私は救いなんて求めてないわ」
「嘘はいけませんね。アナタの目の奥。そのまた奥からは救って欲しいという声が聞こえてきていますよ?」
「アンタねぇ……」
「サラス、話しても無駄。実力行使あるのみだよ」
「アンタはアンタでえらくはりきっちゃって」
「まさか自分の境遇に感謝する日がくるなんてね……」
「アナタは救いをお求めで?」
「もう救われちゃったから……ごめんねっ」
ジーナの明るい語尾。
続くテヘっという仕草。
後ろ姿なのが非常に残念だ。




