5、人間(じんかん)ばんばんじー
「…………ちょっと。ねぇ、ちょっと」
暫くして先頭を走る自身と最後方を走るジーナの間から声が上がる。
「どうした?」
速度を緩める事無く先を促す。
「全然見えてこないけど、こっちであってるの?」
若干の焦りにも似た感情を含んだサラスの言はもっともと言える。
マリアの後を追い、森に道を逸れてから既にかなりの速度でそれなりの距離を走り続けている。
だが、未だにその陰を捉える事は出来ず、その痕跡や手がかりすらも見つけるに至っていない。
アイギスを抱えている手前、危ないのでチラリと一瞬だけだが、サラスとジーナに目線を向ける。
二人ともこちらの想定を超えて頑張ってくれているようだが、走り慣れているのかその表情から疲れは見てとれない。
「大丈夫だ」
「また何の保証もない……って、何か匂うわね……」
「わっ、僕分かっちゃった!」
「え――? 私でもまだ微かに……」
「こーげーくーさーいーー!」
「……アンタはいつから?」
「さっき」
「それじゃあマリアは」
「もっと前だろうな」
「なーまーぐーさーいーー!」
「ちょっと! うるっさいわよ! 今――ってヒャァッ!」
サラスの遥か頭上を矢が通り過ぎて行く。
「な、なな、何か何か飛んで、飛んで飛んで来たわよっ!?」
突然の事に取り乱しながらも足を止めない辺りがサラスらしい。
「ジーナ、スコップを――」
「はいっ」
こちらの言動を予め察していたかのように横並びになったジーナからスコップが手渡される。
「ありがとう――」
ジーナに礼をいいながらスコップを手にサラスの横へと移動する。
「サラス。とりあえず、マリアだ。大丈夫か?」
「大丈夫じゃないっ!」
続々とその数と頻度を増しながら襲い来る矢。
それを淡々とスコップで撃ち落としていく。
「ひゃー、何かの達人みたいー!」
「そんな呑気な事言ってる場合じゃないでしょ!?」
「ジーナ。サラスを連れてマリアの元まで」
「うんっ、それは任せといてっ」
前方に森の切れ目。
既に視界には森の中だというのに日差しがこれでもかと入り込んでいる場所を捉えている。
「いーーやーーー! 全然いやーーーー!」
サラスの絶叫が周囲に響き渡る。
しかし、足は止まらない。
「ひいーーーーーーーーーー!」
サラスの足は口とは裏腹に更に加速していく。
「わーーーー!」
ジーナがそれに乗っかる様にして両手をバタバタと上げては忙しく走る。
「いーち、にーーの、さーーーん!」
そうして森にぽっかりと空いたその空間へと足を踏み入れた。
「とうちゃーーく!」
最後の一歩と言う風にぴょんと撥ねて着地するとどこか誇らしげにポーズを決めるジーナ。
しかし、そこからは正に死地。
辺りを見渡せばその全容が否が応でも視覚を通じて入り込んでくる。
「うぇぇ……」
「っ――」
「行こう」
色々とその中でも言いたい事はあるが、視界に負傷者に寄り添う形のマリアをおさめたため、足はすぐに動き出した。
「サラス行くよっ」
「ちょ――」
ジーナがこちらの動きに合わせてサラスの手を取ってはそれについてくる。
「正に無人が野を往くが如くっ! てやつだねぇー」
「マリアを回収したらさっさと逃げないと本当に無人になるわよっ!」
ジーナの文字通りの言葉に、サラスが緑の小さい小人たちと戦っている者たちをさして、冗談にしてはやけに現実味にあふれたことをいう。
「ん――!? おい! お前ら! お前らも手伝ってくれ! 仲間が足を負傷して動けん!」
マリアンヌ、もといマリアが寄り添っている負傷者を庇いながらこちらに気付いたのか声を上げるその内の一人。
「いやよ!」
対するこちらの答えはサラスが早々に返した事によって決定した。
「な、なに!? この使えんヒーラーはお前らの仲間じゃないのかよ!?」
「アンタらみたいなゲスに貸す手なんかないわ! 失せなさい!」
「う、失せ!? くそっ、いい、いいいい。分かったからそのために手を貸せ!」
「テメェらには親切心というものがないんかよ!?」
「私に人間の常識をあてはめるな!」
「……チッ」
なんとも言えない雰囲気で交渉決裂といったところのようだ。
だが、向かうところは変わらずといったところでマリアのもとへと無事――というには聊か立て込んだ状況だが――辿り着く。
「マリア!? 大丈夫だった!? なにもされてない!? けがは!?」
サラスがマリアに駆け寄ると自然ジーナもマリアへと吸い寄せられていく。
「……もういいでしょ」
気が着いたサラスかジーナか、繋がれた手が程なくしてどちらからともなくほどかれる。
「ふぅー。お役御免ってところだねっ。君っ、ご褒美はっ?」
「帰るまでが遠足だよ」
「むーー、きびしいいーー」
その場でむくれるジーナ。
「マリア!? ねぇ、マリアったら!? ねぇ!? どうしたの!? 早く逃げましょ!?」
サラスに肩をもって揺すられるもマリアは負傷者に寄り添ったまま、立ち上がろうとも逃げ出そうともしない。
ただ、どこか遠くを見る様に目線を下に落としている。
「んー、どうするー?」
それを見てジーナがこちらへと寄り添ってくる。
「……マリア」
「オイッ! 取り込み中のとこ悪いがもうもたんぞ!」
「チィッ――!」
今まで高所から一方的に矢で狙い打っていただけの小人たちが圧倒的な数を以てして同じ高さへと降り立ってくる。
その手にはほとんどが棍棒と呼ばれるものだが、ところどころにギラギラと日光を反射させる短剣が見え隠れしている。
「オイィッ! どうすんだ!? どうすんだ!?」
「それが神のお導きであるならば!」
マリアの目線がこちらへと向けられる。
「さぁ、受け入れましょう!」
「こいつッ、何言って――」
「そして祈るのです!」
「おい、もうどうでもいいから、ッ――」
マリアと負傷者を囲む様に戦闘が始まる。
「さぁ! さぁ! さぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁ!」
ジーナとサラスを背にアイギスを抱えたまま致し方ないかと、せめて一息にと、頭部へとスコップを走らせ――
「――」
胸部が赤く染まる。
「………………マリア――ッ!」
「ジーナ」
らしくないジーナを言葉で制止し、身をよじる。
「神はなんだって?」
自身の腕を力強く握りしめることに因って動きを止めたスコップと共にマリアに問う。
「手出し無用と」
「成程」
答えを聞いて目の前の小人を蹴り飛ばす。
「リ、リン大丈夫? 今回復を、治癒」
全身がほのかな温もりにつつまれていくがこれといった変化はない。
胸に刺さった短剣はそのままに、血はじわじわと染み出してきている。
「あ、あれ? おかしいな、ヒ――」
「ジーナ。大丈夫。この程度じゃ人は死なない。サラス!」
こちらの傷口をただぼうぜんと眺めるサラスに喝を入れる。
「へ――? え、あ、アンタ、それ――」
「ジーナ。その負傷者をサラスと共に森の中へ」
「分かった」
ジーナからはいつものという程長い間過ごした訳でもないがここまで崩す事のなかったお茶目さという余裕が消え失せている。
「殿は自分がやりますからどうぞ皆さんも引いてください」
「え――ちょ――」
「サラスっ、それよりもそっち側っ」
「え? え、えぇ」
生存者に対する呼びかけにかみつくサラスをジーナが押しとどめてくれている間に話を進める。
「さぁ、行ってください」
全員と入れ替わるようにして近づく小人をとにかく蹴り飛ばす。
「ジーナ?」
同時に確認の声を後ろ手に送る。
「大丈夫っ! マリア、ついてきてるよー!」
どうやらなんとかなったようだ。
その声を合図に全員で徐々に森へと向かって後退していく。
が――
「――? アイギス?」
アイギスが突然動き出した。
そして、こちらの胸元へと手を伸ばす。
「アイギス――?」
こちらの声が反響するように、背中越しにサラスの口から全く同じ言葉がかえってくる。
「――」
ガシッ。
確かな手つきでアイギスが短剣を掴む。
「アイギ――」
こちらの言むなしく、その剣はまるで雑草よろしく力任せに引き抜かれた。