46、エントロピー
「いやー、それにしても太っ腹ねぇー」
ティルスに貰った簡素な馬車。
その上でサラスが唸る。
「食料から何から何まで、これもリンが気に入られた証だねっ」
ジーナが馬の手綱を握ってはその綺麗な青い髪をたなびかせる。
そうしてこちらへと振り返っては屈託のない笑顔を振りまいてくれる。
「それよりもジーナが馬車の操縦まで出来るなんて、驚いたよ」
「ぼくはこう見えて、何でもそつなくこなせるタイプなんですっ。えっへんっ」
「さすがはジーナだね」
「ありがとっ」
ジーナが片目を閉じては可愛らしい声を上げる。
「私も、本をこんなにいただいてしまいました」
マリアが少し戻っては同意するように、自身の脇に積み重ねられたそれらを指し示しては微弱ながらも嬉しそうにして頬を緩ませる。
「それはいいけど、かさばるから持ち歩くとなると少し考え物よね」
「それでしたら、組合に預けるのがいいとティルスさんから教えていただきました」
「解決済みってわけね」
「その時に保管料が幾らかかかるようですが、負担になる様でしたら気にせず処分してくれて構わないとも仰られていました」
「ま、当たり前といえば当たり前だけど、今はお金に困ってないし問題ないんじゃない?」
「借金があった頃が懐かしいな」
「ついこの間だけどね」
「その節はご迷惑をおかけしました」
「いやいや、リンが勝手に一人でこさえただけでしょ」
「その、ゴブリンの件で私が邪魔をしていなければお金に困る事もなかったかと……」
「それで言えばリーガンでモンスター討伐なんて言われたらどうするつもり?」
「それなんだが」
お嬢さんももういないことだしと前置きをして続ける。
「騎士団とは距離を置きたいと思っている」
「そんなこと言って、実際に可能なの?」
「難しい、だろうな」
「いっそのこと敵対すればいいんじゃない?」
「リン、だめ」
それまで自身にもたれかかっては寝息をたてていたアイギス。
いつの間にやら目を覚ましては会話に合流してくる。
「レイナスのことだね」
「うん」
「そのレイナスさんだけどさっ、リンの負ける姿が全然想像できないってのもすごいよねっ」
「何? アイギスのいう事が間違ってるっていうの?」
「ち、ちがうってばっ。あのっ、ティルスさんを倒したお嬢さんを一瞬で無力化するリンがって話だよっ」
「言ってること一緒じゃないのよ」
「だからそういってるんだってばっ」
「まぁ、でも確かに、リンが負けるところは想像つかないわよね」
「アイギスさん、詳しくお話しいただくことはできますか?」
「つよい」
「どう強いのですか?」
「すごく」
「何がすごいのですか?」
「つよさ」
「その秘訣は分かりますか?」
「ううん」
「リンさんよりも強いということですか?」
「ううん」
「では何故戦いを避ける様に勧めるのですか?」
「リンー」
マリアの質問攻めにアイギスが助けを求めてくる。
だが、まぁ、そのかいあってか、何となく実情がつかめてきたような気がする。
「アイギスーっ、そっちよりこっちのほうが柔らかいわよーっ」
サラスが両手を広げてはアイギスを誘惑する。
当のアイギスはといえば悩んだあげくに何故かジーナの横に行った。
「わわっ、アイギスっ?」
ジーナの当惑する声。
「何でよアイギスーっ」
悔しがるサラス。
「重要なところで終わってしまいましたね」
残念そうなマリア。
「まぁ、とりあえず、戦いは避けるべきってことだろうね」
「そうね。アンタの方が強いって分かっただけ、いざというときの心構えは出来たって感じかしら?」
「アイギスの言い方だと戦っても勝てそうにないけどな」
「アンタの方が強いのに?」
「強さだけじゃどうにもならないこともある」
「あら、随分と弱気じゃない」
「数で自分以外を狙われたらどうしようもない」
「もしそうなったらどうするわけ?」
「……どうだろうな」
考えて見る。
自分でも濁しているその部分。
マリアとの約束を守る事も大事だが、それ以上にマリアの命は大切だ。
これだけははっきりと言える。
命と約束、そのどちらかを選ぶなら命だ。
その上で対処できれば命だけは助かる。
しかし、約束は反故にしてしまう。
どんな責めでも受け入れる覚悟はある。
ただ、それでも施しようが無い場合というものはある。
何も、全てが自身の想定通り、想像通りに事が進むというわけではない。
例えば、自身の抹殺を目的とせず、足止めと割り切られるだけでかなりの損失をこちらが負うことになる。
更に言えば、純粋に遮るものもなく数で押し込まれてしまえば、全てを補うことは理想であって不可能なのは明白。
危険を承知で突破を試みても同様に対処されればこちらの被害は免れない。
そうなった場合、サラスが聞いているのがそこまで突き詰めた話であるならば、自身はどうするのであろうか。
「リンさん、仮の話です」
気付けば口を噤んで深く考え込んでしまっていた。
その過程でマリアに気を遣わせてしまったか。
こちらに助け舟を出してくれる。
「あ、あぁ。そうなんだけどね」
「で? 答えは出た?」
「出たとこ勝負……ってのはお望みじゃなさそうだな」
言った傍からサラスのこちらを見る目が細められる。
「分かってるなら初めから言わないの」
「あぁ、でもな、どうだろうな」
「言いたくないの? それとも言いにくいの?」
「両方だな」
「なら言いなさいよ」
「今のどこをどう聞いたらそうなるんだ」
「話したくない事も話しちゃえばそれはもう話したくない事じゃなくなるわ」
「……よくよく考えるまでも無くどういうことだ」
「いいから、言いなさいよ。さっさと」
「リンさん。今後のためにもここはお話になられるのがよろしいかと」
マリアのもっともな言。
守りの要である盾職の自分が、その時にどう行動するか。
それが分かっていれば、対策の一つでも立てようがあるというもの。
だが、自身がその時になってどう動くかは正直に言って分かる事ではない。
しかし、そうもいっていられないような内容でもある。
話すか、話さないか。
二つに一つであれば話す以外に選択の余地はない。
「仮に……いや」
マリアの用意してくれた都合の良い理由。
それに甘えるのもいいが、それをするのは何か違うような気がして唯一の拠り所を手放す。
「そうだな。そういう状況になったら、ジーナと……アイギスを連れて逃げる」
苦渋の選択。
いや、最低とも言える宣言。
しかし、それは選択しなければ誰も助からない。
そしてそれはもっとも忌避すべき結果だ。
「そっ」
こちらの見捨てるという発言にサラスは素っ気なく答える。
されど、興味なさげにしてくれているのはこちらに対する優しさからなのはいくら何でも分かるというもの。
「済まない」
「当たり前よ。それよりも、もしそうなったら二人の事、頼んだわよ」
サラスは明後日の方向を見ては一度、こちらに視線を戻し、その後また外しては力強く言いつける。
「まってよっ! ぼくはべつにいいってばっ!」
ここまで黙って聞いていたジーナがサラスの言葉に馬車を止める。
「だめよ。アンタは一番年下だし、消去法的に私が一番最初に見捨てられて当然なんだから」
「そんなの関係ないよっ! ぼくだってそのくらいの覚悟はあるもんっ!」
「リン、アンタからも言ってやりなさい」
私から言っても無駄だと本人の口からいうように、サラスがこちらにその視線をよこしては促す。
「ジーナ、分かってほしい。手は二本しかないんだ」
「何よそれ。間抜け」
「じゃあぼくの代わりにマリアをその手で助けてあげてよっ!」
「私は別に問題ありません。リンさんを気長に待つというのもそれはそれで悪くなさそうなので。あ、リンさん」
「ん?」
「私が見ていないからと言って殺しはしてはいけませんよ。いつも見てますからね」
「あ、あぁ」
何と言うか、嬉しいような恐ろしいような。
ないとは言い切れない辺りが絶妙だ。
「ぼくは別にっ、そんなっ、いやだよっ!」
「死にたがりが多いわねー」
「リン」
その声はジーナの隣のアイギスから。
「する?」
何をするのか分からないが、話の流れからして、話の流れからしてなんだ。
言葉足らず過ぎて分かるものも分からない。
「復活のことでしょうか」
「なるほど」
マリアの言葉に納得する。
アイギス検定というものがあったとしたらマリアはきっと上位を取れる逸材であること間違いなしだ。
「しなくていいわよ」
「私も不要です」
「それはっ……アイギスっ。アイギスはどうなのっ?」
「リン」
「ん?」
アイギスがジーナの横から再びこちらの横へと戻ってくる。
そして耳元へと口を近づけると、ひそひそとその意思を伝えるために手で覆いをつくりだす。
「大丈夫だよ」
それは随分と手間をかけたわりには言葉少ななものだった。
「アイギスは?」
続きを促すように聞く。
「たぶん大丈夫」
「難しいな」
「うん」
「どうしよっか」
「サラスとジーナを連れていってあげて」
「……分かった」
理由は聞かない。
アイギスはアイギスだ。
「リンならできるよ」
「ありがとう」
そう言ってアイギスは再び席を移動するのではなく、眠りにつく。
用は済んだということか。
「何話してたの?」
「言わない」
「あーはいはい。じゃあ私も言わない」
「何をだよ」
「べっつにー?」
「リンのわからずやっ」
「普通に傷ついた」
「あっ、いや、そのっ、あのねっ?」
「はははっ」
「もーっ!」
「リンさん」
「ん?」
「敵です」
「え――?」
サラスの困惑が周囲に木霊した。




