45、内緒
「リン、どうしたの?」
アイギスの言葉にこちらを心配するような伺い知る様な、気遣いが感じられる。
「あ、いや……何だ。おかえり」
言葉は選んだつもりだが、それでもそれ以上に出てこない。
いや、言葉こそ出てこないものの、感情は既に沸き立っている。
「うん。ただいま」
それが当然だとでもいう様に当たり前の対応と普通の会話。
その中にはこれまでの流れすら規定通りであったかのように思わせる決して特別ではない何かがある。
「凄まじいな」
ティルスが呟くようにこぼしては、こちらと距離をとり、お嬢さんから手を離しては、元居た場所へと再び腰を落ち着かせる。
「アイギス! よかったわ! ホントに!」
空気を呼んで待っていてくれたのであろうか。
サラスがもうこれ以上は待ちきれないとその身をこちらへと寄せては自分などお構いなしに抱き着いてくる。
「アイギスっ!」
「アイギスさん――」
それに続く様にジーナも抱き着き、マリアは手の届く距離で遠慮したのか立ち竦む。
「ほらっ」
見かねた訳ではないだろうが、サラスがチラと目を向けては自身とアイギスの間にマリアを押し込んでいく。
「あ、あのっ」
「いいのよっ、こういうときは言葉なんか必要ない。違う?」
「は、はい……ありがとう、ございます」
「ふふっ」
「サラス」
「何?」
「多分だけどな」
「ええ」
「アイギスが苦しがってるぞ」
「早く言いなさいよ……」
そう言われても……何となくそう思っただけなので確証はない。
ただ、マリアが遠慮した理由にそんなことが含まれているのではないかなと勝手に推察しただけだ。
サラスが離れ、ジーナが離れ、そうしてマリアが離れる。
「ごめんっ、アイギスっ。ぼくとしたことがうれしくてついっ」
「私も、その、はい。またお会いできて嬉しいです」
「その中でも一番うれしいとおもってるのは私ね。ねっ、アイギス?」
「リンありがと」
サラスを軽く流すその姿はらしいと言う以上に、どこか安心感を覚える。
「いや、たまたまな」
「アイギスー」
サラスは何故か笑顔。
恐らくだが、こちらと思う所は変わらないであろうことが見て取れる。
「リンよ。取り込み中で悪いが。一つ良いか?」
ティルスが指を一つビシっと立てて、これ以上は待ちきれないと介入してくる。
「あぁ」
対するこちらの答えはそれ以外にない。
というよりも、これまた憶測でしかないのだが、ティルスの考え、聞きたいことというのは思うに、こちらとその疑問を同じくしているであろう可能性が非常に高い。
理由はティルスの目線を辿って行けば自ずと気付くというものだ。
「その、アイギスとか言ったか」
「そうだな」
「一体どうやって戻って来た?」
至極当然の疑問。
そして、アイギスが目を覚ましてから、ここまで抱き続けていた質問。
一言一句という程ではないにしろ、その内容はおおむね自身が予測していたものと同じだと言えるだけのものになっている。
「アイギス」
ティルスからの問いに答えを言うか言わないかは自由だが、それでもその意思だけは伝えて欲しいと思う今日この頃。
そっとその背中を押してみる。
「どうやって帰ってきたんだ?」
ただいまと言った手前、文章を一分変更して、通訳は必要ない同じ言語でありながら間接的に、直接的に、こちらからアイギスへと届くようにその問いを繰り返す。
「内緒」
運よく返ってきたことにはかえって来たのだが、そこに答えはなく、その内側に隠されたまま、最高の形で全てを覆い隠した。
「だそうだ」
「納得できんな……。復活を人間が使うだけでも相当珍しいというのに、まさか自力で精神の再生、修復に成功するとはな」
「リン、聞きたい?」
アイギスが腕の中で首をかしげる。
「いや……今日はもう疲れただろう。また今度ゆっくりと聞くことにするよ」
ティルスからすれば願ったりもない、千載一遇の機会であったかもしれないが、こちらからすれば、今大事なのはアイギス。
ただその人だけだ。
「うん」
アイギスから短く、しかしそれでいてはっきりとした意思が感じられる一言が投じられる。
「まて、リン。いいのか? 私が同席しているいまこそ、話すべき時であると考えるが」
「確かにその通りですし、今であればアイギスも答えてくれるでしょう。しかし、今重要なのは、アイギスの体調です。それこそティルスさんが仰った通り、精神が押しつぶされるような重責に飲み込まれたというのなら、是非も無く休息を取るべきであると考えます」
それからそれとなく言葉遣いももどしておく。
「まぁ、それはそうなのだが……いささか急ぎ過ぎたようだな」
「いえ、こちらこそ折角の機会を申し訳ないです」
「いいのだ。お前が仲間思いであるのは見ていれば分かる。それにその内にまた会うのであろう?」
「その時には必ず」
「あぁ。楽しみが増えて何よりだよ」
「ありがとうございます」
「それで? これからの予定は?」
急なことも……ないか。
「何も無ければリーガンに向かおうかと」
「フッ……」
こちらの言葉に、事を傍観するだけの抜け殻かに思われたお嬢さんが幸か不幸か反応を示す。
「……手伝うか?」
ティルスが言葉こそはっきりとしないが、その先が何を指すのかは一目瞭然だ。
「リンさん」
マリアから声がかかる。
それも当然といえよう。
「ティルスさん、そのお嬢さんは取り返しのつかないことをしました。しかし、結果を鑑みて少しでもその気があるというのであれば、このまま自分達と共にこの街を出ることを許してはいただけないでしょうか」
「お前がいいのなら別にいいが、私なら奥底の真意を吐かせられるかもしれないぞ?」
「それも一つの可能性ですが、自分たちは結局のところリーガンに向かうと思いますので……」
「なるほどな。理由が出来たか」
「はい。その通りです」
「気をつけてな」
「ありがとうございます」
「……何だ」
「はい」
「その、そうだな」
「はい」
「助かった」
「はい」
「……ふっ、やれやれ。魔族に敬意を払う人間がいると思ったら、今度は人間に礼を言う魔族が現れたか」
「はい」
「また、な」
「はい。またお会いしましょう」
ティルスは照れ臭そうにしながらも立ち上がってはこちらとの距離を詰め、手を伸ばす。
それを自身が思う様に掴み取る。
「勘違いするな? 握手は人間だけのものではないのだぞ?」
ティルスはニヤリと冗談めかして笑う。
「勉強になります」
「あぁ、魔族のことをもっと学んでくれ。それが私の望みでもある」
「ありがとうございます」
「そこは、そうだな。ふっ、ここに残ってまずは私から学んでみても良いんだぞ?」
「光栄です」
「はははっ、その気なしか」
「いえ、自身には少し荷が重いかと思いまして」
「おいおい。言ってくれるな?」
「今は無理でも、いずれ持ち上げて見せます」
「抜かせ」
お互いに目線をその場で重ねては口元を緩ませる。
それから最後に抱擁を求められてはアイギスをサラスに預ける。
そうして来た時と同じくして、六人揃って街の外へと足を向けるに至った。




