44、そうは云っても
「ハハッ、アハハハハハハハッ!」
「ジーナさん」
完全に何かが外れてしまっているお嬢さんを背に、マリアが一縷の希望をジーナに託す。
「……ごめん。正確には分からないけど、近いと思う……」
「リンさん」
「方法は」
「残念ながら……」
マリアとジーナ、その二者から容赦のない現実が突きつけられる。
「アイギス……」
いつもと違い、完全に一致している目線。
それでも尚、アイギスは普段と変わらない。
ただ、らしく、自然体を維持してはそこに居る。
「どうにかならないの!?」
サラスがその場に居る全員に向けて問いかける。
しかし、返ってくる答えは何もない。
そしてそれはアイギスが助からないということをも強調させる。
知りたくなかった事実。
知らなければこれほどの無力感に苛まれなくて済んだかもしれない事実。
それでも聞かずにはいられない現実。
最早どうにもならない。
出来る事は無い。
ただ、その時が来てほしくないのにも関わらず、時間の経過をその身に刻み続ける。
「アイギス……」
後何秒この顔が見られるのか分からないが、気が付くと名前を呼んでいた。
「何か……何かしてほしいことはあるか?」
間抜けにもそんなことを聞いてしまう。
その行動にいったいどれほどの意味があるのか。
いったいどれほどの価値があるのか。
分からない。
分からないが、それでも何かしてやりたいと思った。
出来る出来ないではない。
「だっこ」
アイギスがこちらに両手を伸ばしてきては、言う。
そんなことでいいのか?
等と聞いたりはしない。
ただ、アイギスの望みを時間が許す限り、叶えて、努めて、善処して、尽くして、応えて、とにかくどうにかしてやりたいと思った。
素早く、丁寧に、それでいて優しくいつものように持ち上げる。
ふと、これが最後になるのかもしれないなと考えてしまう。
そう思ってしまったが最後、堪えきれなくなってしまった。
情けない。
自分でもそう思う。
「リン、大丈夫だよ」
「ははっ……」
アイギスは優しいなと思った。
言葉にはしない。
何故ならそれを言ったら最後、言葉が返ってこなくなってしまうのでないかと感じてしまったから。
「アンタねぇ……」
気付けばサラスも、いや、サラスは号泣している。
「アイギスっ! ぼくはっ! そのっ、ぼくはっ……っ!」
ジーナはジーナで言葉にならないようだ。
「アイギスさん……」
マリアはこの期に及んでもマリアだ。
自分もそうありたかったと、今更そう思ったところで手遅れだ。
「アイギス……!」
光の収束が終わりを迎える。
そしてそれは、ティルスの復活が成され、同時にアイギスの死が確定する瞬間。
「……ぷはぁっ」
ティルスから滞っていたはずの息が吐き出される。
「アイギス…………」
力無くこちらへと体重を預けるその女性の名を呼ぶ。
いつも通り反応はない。
だというのにも関わらず、悲しみが自身の心で渦巻いているのは何故だろう。
ティルスの時はただ寂しいというだけであったのに。
あぁ、死んでしまったなと。
それこそ幾度と無く繰り返され、思い、いつの間にかそのことに対して感慨すら抱かなくなっていたというのに。
慣れたのか、擦れてしまったのか、そのどちらであろうとも今まではそれでも良いと思えていたのに。
らしくないな……。
上を向いては頬を伝うその感触を最後にする。
「ティルス、調子はどうだ?」
まるで往年の友人にでも再開したときのように、気軽さをもって話しかける。
「……良い、とは言えないな」
「そうか。でも、良かったよ。またこうして話すことが出来て」
「……そうか。そうだよな。何かおかしいと思ったんだ」
ティルスは浮かんだ疑問を確かめるように、自身の首へと手を伸ばしては、あったはずの傷口をさする。
「で、誰だ? 私を復活させたのは」
「……この……アイギスだ」
「ほう。ほうほう。そうか。で、あればこそ。礼を言わねばならぬな」
「あぁ……」
「どうした?」
「いや……その、済まなかったな。邪魔する様な真似をして」
「いやいや、それこそこちらの落ち度というもの。謝る必要などない。油断した私が悪いのだ」
「……アイギスは死んだ」
「復活か?」
「あぁ」
「なるほどな。リン、お前は一つ勘違いをしている」
「自分でもそうであればと思うことがあるよ」
「その者は死んではいない」
「……何?」
「正確には仮死状態ともいえるな」
「どういうことだ?」
「肉体は生きている。しかし、精神が復活に耐え切れず、押し潰されたのだ」
「つまり……助かるのか?」
「まぁそうあわてるな。言わばその者は、スキルの使い過ぎで意識を失っているようなもの。精神無き肉体が崩壊を始める前にその源を補充してやればいいのだ」
「どうすればいい?」
「だから私に任せろと言っている」
「……何をする気か聞かせてくれないか」
「礼だと言ったろう。悪いようにはしない」
「……ティルス」
「やれやれ、仕方ないな。ならばお前がするといい。そうだな、そこのお前。さっきはよくも私をコケにしてくれたな」
「ティルス」
「はははっ、冗談だよ。いや、冗談ではないのだが、まぁ、過去は水に流すことにして、大人しく贄になってもらうとしよう」
ティルスは両腕の使えないお嬢さんに対して、まるで羽虫でも捕まえるかのように手を伸ばす。
「ティルス」
その行いと言葉があまりにも度が過ぎていると感じたために釘を刺す。
「分かっているさ。殺しはしない。ただ、こやつの所為でこうなったのだ。少しくらいは責任を取って協力してもらわねばこちらとしても気が済まないというものであろう?」
「……分かった。こちらはどうすればいい?」
「何も。ではさっさと終わらせるとしよう」
前言撤回とでもいう様にティルスは自身で何かを発動させては周囲の空気を一変させる。
そうして、最早成す術のないお嬢さんを片手に、余ったもう片方をアイギスへと差し向ける。
「リン、お前なら問題無いだろうが、意識をしっかりと持て」
触れる直前になって手を止めると言い忘れていたというよりも、言っておくかとという親切心からその行動に言葉が付け足される。
「いくぞ。魂の――」
「ただいま」
ティルスの声を遮るのは誰か。
いや、遮ったのは誰なのか。
見るまでもなく、考えるまでも無く、そして他でも無く。
声の主へと目を向ける。
視線が合う。
ティルスの手が止まる。
「アイギス……!」
こちらの腕の中。
平然と、釈然と、整然と。
何ら変わる事のないいつも通りのアイギスが、そこに居た。




