43、代償
「失礼」
全ての流れを無視して、断ち切るように立ち上がる。
それに視線が集まるのを待たずして、誰よりも早く言葉を続ける。
「ティルスさん。申し訳ないのですが、先を急がなくてはならなくなりましたので、自分たちは一度失礼しようと思います。ティルスさんの問いに関しましては、何分、考えをまとめる時間が欲しいと思っております。ティルスさんがよろしければですが、今回は保留ということにいたしまして、また次の機会にでもお聞きいただければと思います」
「……」
こちらの隙間ない言葉の連続に対して、ティルスはお嬢さんから視線こそ外したものの、それ以上何をするでもなく、ただ自身と目線を重ね合わせてはその奥の真意を問うてくる。
「自分自身、ティルスさんとはまた近いうちにお会いするであろうことを予感しています。その時には今この場にいる自身よりも更に進んだ答えを用意出来るものであると信じております。といいますのも、現状、抱いております答えに納得できていないのです。どうか、こちらのわがままをそのままに、ティルスさんには今後の可能性を追求していただきたく思います」
「……よい。だが、私とお前では寿命といい時間の流れといい違いが過ぎるという一言では最早足りぬほどだ。再び私の目の前に現れるまで、決して死んでくれるなよ?」
「はい」
長々と取り繕うことも出来たが、結果としてはその短い一言に全てを込めるにいたった。
それをティルスはニヤリと笑い、こちらをその先へと促す。
「では、失礼します。またお会いする日を楽しみにしております」
「あぁ。こちらとて同じこと。さぁ、さっさといけ。そして私にその可能性とやらを示してくれ」
それに言葉で返すのではなく、あえて深き礼にてこちらの態度を表明する。
「ごちそうさま」
自身の真後ろから聞こえてきたその声は言うまでも無くアイギスの声。
そういえば食後の挨拶を忘れていた。
というよりもまだその最中ではあったのだが。
頭を上げて自身の皿へと目を向ける。
二度見するまでもなく綺麗さっぱりその上が消え失せている。
これも言うまでも無くアイギスであろう。
ならば、と。
最早この場に憂いも無し。
「その、遅くなりましたが、ごちそうさまでした」
「ごちそうさまーっ」
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
各々続く。
それにティルスは軽く手を上げることによってその応答とした。
「では」
最後にその場でもう一度頭を下げ、その場を後に――しようとしたところ。
「おい。何を立ち去ろうとしているんだ? お前たちは」
我が物顔のお嬢さんから声が掛かる。
足を止めるか?
一瞬の思考。
それからこちらが止まったことにより、全員の足が止まる。
「何か?」
止まった以上、止まってしまった以上、止まると選択した以上、返答は避けられない。
一応アイギスやサラスを振り返る前に気にしてみるが最早こちらに何かを伝える術は持ち合わせていないのか、それとも問題ないのか。
何も受け取ることは出来なかった。
「目の前に魔族が居て、裏切者が居て、人間が囚われているというのにも関わらず、何を呑気にしている?」
「魔族の方々がいらっしゃること自体は事実でしょうが、それ以外はどうでしょう」
「こいつは裏切り者だが――」
お嬢さんはゼフンを指差す。
「それ以外の奴らは歴とした人間であろう?」
この場にいない人間を上げて、この場に居る人間を人間でないと語る。
「やれやれ、手に負えんな」
ティルスは先程までお嬢さんに向けていたものとは打って変わって、そちらに目を向けるまでも無く冷静な面持ちで席を立つ。
「臆したか?」
「抜かせ。お前のような者の相手は誰であろうと願い下げだ」
「魔族風情が。人間様に向かって長々と言い訳か?」
「それを言うのであれば人間風情であろう? いちいち下らん訂正でこちらの時間を割かせるな」
「ふざけたことを。人よりも長く生きておきながら理解出来ぬ低能が」
「ガキが。お前など幾ら長く生きようとも学習せぬわ」
「そのガキの相手すらまともに務まらぬとは……全くもってやれやれだな」
「……」
明らかにティルスの様子がおかしい。
というよりも上手い事乗せられ過ぎではなかろうか。
それともそう見せているだけなのか?
どちらにせよ一触即発の空気。
お嬢さんは未だに座ったままだが、ティルスを抑え込めるのか?
「リン」
静寂の中アイギスから声が掛かる。
それと同時、ティルスがお嬢さんへと踏み込んだ。
意識していたとは言え、早い。
さすが魔族というべきか。
対するお嬢さんは身動き一つしない。
ただティルスを見据えている。
見据えているとは言ってもその目はティルスを捉えられているのであろうか?
分からない。
瞬間的に止めようと動いた自身の体が、手を伸ばせばギリギリ間に合うというところにまで到達する。
アイギスは――どっちの意味で声を掛けたんだ?
「………………な……ぜ……」
ティルスの口が言葉をたどたどしく紡ぐ。
「ティルス……」
思わず敬称すら忘れてその名を呼ぶ。
「リ……ン…………」
ティルスがこちらの名前を呼ぶ。
そして――ティルスは事切れた。
「クククッ……クハハハハハハハッ!」
お嬢さんが高らかに笑う。
その手からは真っ赤な血が滴り落ち、その顔は返り血によって高揚とはまた別の熱っぽさを周囲へと主張する。
「よくやったぞリン。話しに聞いていた通りだったな。まさか魔族の一撃を生身で止めるとはな」
それで全てを理解する。
「……ティルスは本気じゃなかった」
こちらが止めに入った時点で、恐らく手を抜いてくれたのだろう。
短い付き合いではあったが何となくそれが分かる。
「お前のおかげだよ。リン」
「……何故殺した」
「何故? 魔族だからに決まっている」
「……それだけか?」
「それ以上に何がいる」
「…………」
首のずれた。
それでも尚立ち尽くすティルスへと目をやる。
その顔からは光が消え、明るさも感じられない。
先程までよく動いていた口元も一筋の赤い糸を垂らすだけで笑ってはくれない。
「……? まぁ、いいさ。後は我々が請け負う。といっても雑魚しか残っていない訳なんだがな」
言ってお嬢さんは再び笑う。
何故。
何故、お嬢さんが笑っていて、ティルスが笑ってくれないのだろうか。
ティルスは良い奴だった。
自分が知る限りは。
少なくともこのような死に方をするような者ではなかったように思う。
いや、これはただの自身の願望か。
不思議と片方の口角が上がる。
「お嬢さん。これからの予定をお聞きしても?」
「何だ。別に手伝う必要は無いぞ。お前の役目は既に果たされた」
「ええ。果たしてしまいましたね。それで、これからのご予定は?」
「……お前、何が言いたい?」
「いえ、ただの興味本位です」
「私も賛成よリン」
突然サラスから声が上がる。
意味が分からない。
「ぼっ、ぼくは……どうだろうっ……そのっ、出来るだけ穏便に済ませてほしい……かなっ」
「お好きにされたらよろしいかと」
「復活」
直後、聞きなれない言葉と共に、天からとしか表現できないような強烈な光が差し込んでくる。
そしてそれは他でも無いアイギスから放たれたもので。
「何ッ――!?」
「えっ」
「へっ?」
「これは……」
ティルスが神秘的な輝きに包み込まれ、光は広がりを見せる。
「オイオイオイオイオイオイオイ! ふざけるなよ!? 何をやってる!? いや、何をやっているのか分かっているのか!? オイ! やめさせろ! 馬鹿か! クソッタレがァッ!」
包み込んでいた光が収束していく。
「チィッ――!」
アイギスへと向けられた殺気。
振り下ろされる前にこちらからその両方をへし折る。
先手必勝。
そこに躊躇などない。
「アッ……ッ……カッ……ッ! 撤退だッ!」
お嬢さんは制御を失っている手を前に、ただ痛みを堪えては力の限り叫ぶ。
「今すぐ撤退しろ! この声が聞こえている者だけでもいい! 撤退してくれッ! 撤退だッ!」
「え? え? 何が起こってるわけ?」
「死者の蘇生……かと」
「そんなことできたのっ? アイギスすっごいっ」
「クソッ! 何故使える!? 何故、何故、何故! お前らのようなゴロツキが! いいやそんなことはどうでもいい! 何故魔族相手になんだッ!」
「何故ってアンタ、ねぇ?」
「……待ってサラス。リン。これって……これってさ……こんなことしてアイギスは大丈夫なの?」
突如湧き上がったジーナの疑問。
察しの良いジーナのことだ。
これまでのお嬢さんの発言や態度から、何かを感じ取ったのは確かだろう。
ティルスを見やれば、光の収束は今この間にも終わりへと向かって、その範囲を極僅かなものへと変貌させては残された時間が少ない事をこちらへと大っぴらに宣言でもしているかのようだ。
「アイギス!」
肩を掴んで問いかける。
何かこちらに隠していることがあるのではないかと。
何かこちらに言うことがあるのではないかと。
そして何故それをこちらに言ってはくれないのかと。
「リン、大丈夫」
「何がだ!」
「アイギスっ!」
「ちょっと!? アイギス!?」
「……死者の蘇生。その代償は一体何ですか?」
こんなときでさえも冷静なマリアの声。
いや、こんな時だというのにも関わらず取り乱すことしか出来ていない自分に腹が立つ。
「ハハハハハハッ! お粗末だな! そんなことも知らずに使わせているのか!」
最早手遅れとでも言いたげなこちらを煽る声。
今すぐにでも掴みかかって黙らせる前にその答えを聞き出したい。
だがそれでも限られた時間の中で口を割らない可能性は十分にある。
堪える。
我慢する。
抑え込む。
静める。
ここはマリアにまかせるべきだ。
アイギスに向かい合ったままその声に耳を傾ける。
「成程。命、ですか」
それはマリアなりの時間の短縮であり、はったり。
しかし、それがもし真実であったならば。
自身は――。




