41、先入観
街中に入ってから幾分としないうちに空腹を誘う良い匂いが鼻をくすぐってくる。
未だに何者ともすれ違っていない事実に少し疑問を持ちながらもとりあえずとその方向に進む。
そうして屋根のない家屋の扉を開けたその先で、待ち受けていたのは明らかに頭蓋からの延長線上で生えているとしか形容しようがない二本の角をその身に携えたそれ以外は人と大差ない者だった。
「ようこそ。客人」
目の前の者はこちらに座るよう自身の構える卓へと傍に控えた者たちに椅子を引かせては勧めてくる。
それを断るということも出来たが、こちらとしても争いを避け、話し合えるというのなら望むところだ。
まず自分がそのうちのひとつへと腰を下ろす。
勿論、一番角の生えたものに近い位置にだ。
次にアイギス、サラス、ジーナ、マリアと続き、最後に一周するようにして、自身と同じく一番近い位置に金髪のお嬢さんが物怖じすることなく座る。
「話の席に招いてくれて感謝します。ただ、話の腰を折るようで悪いのですが、先に食事の注文を済ませても?」
「ハハッ、良いとも良いとも。折角だ。思う存分食べてくれ」
こちらの要求に全てを許すと寛大な措置をとってくれる。
恐らくだが、この街でそれなりの地位にいる人物であることは間違いのない事であろう。
しかし、その辺はまた自身では計り知れない部分でもあるからにして、このあとの分析に少しでも役立てるようここは情報を引き出す、いや、失礼にならない程度に会話を膨らませることが今後の有利を拡大させることになるだろう。
「ありがとうございます。アイギス、遠慮しなくていいんだよ?」
無論、アイギスは、はなから遠慮などしないであろうが、それでも一つの過程として相手の前でその道を通ることに意味がある。
それから適当にあまり多くない品数の中から、この際だと人間が食べられそうなものを端から端まで注文しては本題に戻る。
「ハハハッ、大食らいは嫌いではないぞ」
「ありがとうございます」
「して、何の御用向きかな?」
いきなりと言えるが、そこまでに辿り付く労力を思えば非常に分かり易い相手だといえる。
「はい。本日は旅の道中につきまして、補給を取らせていただこうと立ち寄らせていただいた次第です」
「なるほど、なるほど。ではゆっくりしていくといい。このような場所だ。必要ならば案内の者をつけるがどうするか?」
「ありがたい申し出ですが、この街に住む様々な方達との交流も一つの目的、いえ、旅の醍醐味とでもいいましょうか」
「ほう? それは中々に面白いものの考え方だな。特に知りたい事などあればこちらとしても協力はやぶさかではないが?」
「では――」
そう言ったところで料理が運ばれてきては、一時的に会話が中断される。
右から左からと色彩豊かなものから、一見して地味なもの、しかし香りは強く、空腹を刺激してやまないものなど一概には言えない料理の数々が見事な形で皿の上へと表現されている。
「いただきます」
「あぁ、存分に」
声をそろえては手を伸ばす。
しかし、その数は三。
自身とアイギスとお嬢さん。
食べてから何の問題もなさそうなところを確認して他の三人も口へと運び始める。
「食べた事がない味、というものは実に新鮮ですね」
「ハハハッ、そういってくれると嬉しいね。それらはここらの名物であったり特産品であったりと、この地域でしか食べられないものを主に使用していてね。この街の特色としては悪く無いだろう?」
「素晴らしいですね」
「繁栄させるのもまた管理する者の定めだよ」
「そうですか」
この者が少なくとも管理していることが判明する。
とりあえず嘘か真かは現時点では棚に上げて、それを土台に話を進める。
「つきましては、こちらから質問させていただいても?」
「あぁ、いいとも。私はこうして誰かと話をするのは嫌いではないのだ」
「では、お言葉に甘えまして」
何を聞こうかと考えてはいたが、その中でもどれがいいかと吟味する。
まぁ、とりあえず毒にも薬にもならないようなところから行くとしようか。
「私の名前はリンと言います。冒険者を生業にしてはいますが、お恥ずかしながらそれで生活はできていません。所謂未熟者というものですね」
「ほう? 中々興味がそそられる話だな。だが、その前にまずは私も名乗らせて貰おうか。私の名はドゥウゲィスティルス。まあ、ドゥーゲィでもティルスでも構わんよ。いや、むしろそう呼んでくれたまえ」
「では、ティルス様ということでよろしいですか?」
「様などよせ、ティルスちゃんぐらい気軽でよい」
「では間を取りまして、ティルスさんということで」
「なるほど。ではそうしてくれ」
「はい。ありがとうございます」
「礼などよせ。それよりも話というのは何の事かな?」
「私たちは正直に申します。この街の状況、そしてそれを取り巻く環境が知りたいのです」
「ほう。では何とする?」
「直接人間の方々と、意思の疎通が可能であれば魔族の方々にそれ以外の方々ともお話をしたいと思っております」
「では魔族は代表して私が相手しよう。何、希望とあらばそこの者達とも話をする機会を設けるが? 勿論、私抜きの場でだ」
ティルスは自身の後ろに控えるこれまた人と変わらないように見えるが、その体のどこかしらがそれぞれこちらの知る人間とは何かしら乖離している者達を指し示しては言う。
「お心遣い感謝します。ですが、そうでしたか。自分、失礼ながら魔族の方々を見るのは初めてでして」
「ハッハッハハッハ! そうか! そうだったか!」
ティルスは酷く嬉しそうにしている。
「では私がお前に相対した初めての魔族ということになるな?」
「光栄です」
「ハハハハハッ! よいよい! 通りで人間であるのにも関わらずこちらに敬意など払っていると思っていたわけだ」
「その話から察しますに人間というものは魔族の方々に対して何かしら失礼な態度で接するのが普通ということでしょうか?」
「魔族と分かって尚まだやめぬか。感心したぞ」
「いえ、初対面の方に対しての極々当たり前のことであると自身は勝手ながらに思っていますが……」
「ハハハッ! 愉快愉快っ! 気に入ったぞリンとやら!」
「ありがとうございます」
こうして話していると仲の良い友人のように思えなくも無い。
違うのは外見だけで何ら変わりないように見えるが。
しかし。
ここに入る前に言っていた男の言葉が思い返される。
それに加わるように魔族から見た人間というものの接触の在り方。
何かあるとしか思えないが、何もない以上その考え方を改めざるを得ない。
ジーナやマリアの意見が聞きたい。
「それで? 魔族について知りたいようだったな」
「はい」
「教えてやろうとも教えてやろうとも。私達魔族は人とは違い、それぞれがその身に膨大な魔力を備えている。そして長命であり、中には不老不死に近いものまで存在している。そのような者達に対して人間たちが恐怖しないほうがおかしいであろう? つまりはそこから来る何をされるか分からない。いつどうなるか分からない。であればこそこちらから仕掛けざるを得ないとして度々繰り返される戦乱。積み重なる憎悪。最早取り返しのつかないところにまで来ているということだ」
「魔族の皆さんはそのことについてどうお思いで?」
「ハハハッ、やはり面白いな。お前は。ここでこちらに対して一切の不快感というものを示さないとは」
「争いとは大きかれ小さかれそういうものであると認識しております」
「なる、ほど、な。なるほどな。お前は何か。知っているという風だな?」
「知っているなどと。そこまでのものではありません。ただ、今のこの現時点で分かっている限りではというもっと浅はかなものです」
「謙遜するな。違いはあれど違いはない」
難しい事をいう。
しかし、こう話していることが後につながるというのであれば話さずにはいられない。
今の自分に出来ることはこれだけだ。




