40、距離感
ジーナに目配せして両者を縛る縄へと手を掛ける。
もちろんこちらが男のほうで、ジーナが女性の方だ。
「ありがとう」
それからほどなくして拘束を解かれた男から感謝の言葉が向けられる。
「次は捕まらないようにな」
別に感謝の言葉などこちらは必要としていない。
それでも感謝の代わりにと若干の皮肉を込めてはその身を案じて見せる。
「あぁ。お前たちも気をつけてな」
男はこちらの言葉をどう受け取ったのか。
自身に確かめる術はないが、そこには嘘が無いように聞こえたので首を縦に振っておいた。
「いいからさっさと行きなさいよ。もうこっちとしては用は済んでるんだから」
「そうか。そうだな。では最後に一つだけ。魔族には決して関わらないことだ」
「忠告どうもっていうような間柄でも無いでしょ? なに格好つけてんのよ気持ち悪い」
「サーラースーっ」
「いや、そちらさんの言う通りだ。では、これで――」
「私は行きませんよ?」
話も終わり。
これからはお互いに別行動。
そうなる筈であり、男もそう予定していたのであろうことはその表情を見れば簡単にうかがい知れる。
「私は元々中に入る予定でしたから。アナタたちはこれから中に入るのでしょう? でしたらご一緒させてもらいますわ」
困惑。
一言でいうなら困惑を周囲に振りまいてはそれがあたかも当然のように振る舞う女性。
言い分としては理に適っているように聞こえるが、そこには相手を考慮するという過程が抜け落ちている。
いや、考慮した上でそうなのだろう。
彼女は自身の物差しでこちらを計り、そして自身の価値観のもと常識へと当てはめた。
何ら可笑しな部分がないように聞こえるが、それはあまりに利己的というか自己中心的というか、相手が存在しない世界での自己完結にも等しい。
だが一貫して厄介なのはそうした相手に対して、一度推し量られた数値と固定化された概念を覆そうとするのは非常に困難を極めるということだろう。
「いきましょ」
しかし、と。
そんな困惑と困難渦巻く最中。
あっけらかんとした表情でもってサラスはそういつも通りに振る舞って見せる。
「これ以上は時間の無駄よ」
何とも心強い言葉か。
正直受け止めきれずにどうするか考えていた中で聞かなかったことにするという芸当が出来るのはこの場でもサラスぐらいだ。
「そういうことだねっ?」
「そういうことにしておきましょう」
「行こうか」
すかさず乗り込み再度街へと向けて足並みを揃える。
相手には悪いがとりあえず聞かなかったことにして、ともすればなかったことにしてほしい。
「……ねぇっ、リンっ」
それからしばらくして、近すぎるほどに近づいて来てはジーナから小声で呼びかけられる。
「うん?」
一応頭の上に疑問符を浮かべてみたものの、その先については見当がついている。
ただ、そうでなければいいなという希望的観測が含まれていないといったら嘘になる訳だが。
「あの人っ、どうするのっ?」
……十中八九そうであろうと思っていたが、こう真正面からそうであると分かるのも中々にきついものがある。
あの人、そうジーナが呼んだのはこちらを一行とするならばその後方。
着かず離れずの距離感を保ちながらも追随する女性、他ならぬこちらが捕らえた二人の内の一人、彼女の事であろう。
「う、うーん……どうする、どうにかしたい?」
それは独り言のようでありながらも事実、至近距離に位置しているジーナにだけは聞こえる筒抜けの思考。
「んーっ、別にこのままでも良いけどぼくはリンが大変じゃないかなーって思ってさっ」
「それは……どうだろう」
考える。
しかし答えは決まっている。
否応なくそうするだろうなと想像できる。
マリアは止まらない――。
そしてそこに先んじる自身も止まらない。
危険の回避、拡大の阻止。
優先順位に不確定な要素。
火中の栗を拾うのであれば今しかない。
だがそれで引き下がるかと考えた時に出る答えはこれまでの言動よろしく否定的なものだ。
加えてあれだけの執着を見せていた男があっさりと女性を見捨てた、は言い過ぎか。
一人残してどこかへ行ってしまったのが非常に気になる。
男の行先もそうだが、いざこうなってしまうともう一度捕まえて今度こそ事の詳細を洗いざらい吐いて貰いたくなるというもの。
しかし現実的に今から追うとなると、あちらは一人であるのに対してこちらは五人。
数の上での有利は移動という観点において、追い付けないという事実を明確に示している。
「考えはまとまったかなっ?」
ジーナが頃合いを見計らうようにしてはこちらへと詰め寄ってくる。
「何やってんのよ……」
先頭を行くこちらに対してサラスからの毎度のことだけどと最早突っ込むのも面倒そうに呆れた声が飛んでくる。
その間にも時間は刻一刻と過ぎているわけで――。
無限に考えていられるのであればそうしていればいいが、実際には限られた中での選択の連続。
街の外壁というにはみすぼらしい境界が既に見え始めている。
時間的猶予はない。
どうやら腹をくくるしかないようだ。
「あの、いつまでついてくるおつもりですか?」
帰り道であるならば問題ない。
しかし、散歩やただの気まぐれであるならば非常に危険ですよとあくまでも一個人としての常識を盾に攻め込んでいく。
「何か問題でも?」
女性からはこれから踏み込む場所に対しての危機感というものが感じられない。
本心からそう口にしているのか、それとも抜け落ちているのか。
その判断が自分にはつかない。
「これから自分たちは街に入りますが、貴女が思っているほど街は安全ではないかもしれない」
少し回りくどい言い方だが、探れる要素はその自信を裏付ける何か。
答えてくれるのであればそれだけで得られるものがある筈だ。
しかし――、無情にも返ってきたのは取り付く島もないお構いなくという何とも分かりやすい拒絶。
「そうは言いましても――」
「リン。もういいじゃない。さっきも言ったけど時間の無駄よ」
「それは……まぁ」
そうかもしれないがそこで納得してしまえば後の祭りになりかねない。
サラスの甘言に首を縦に振る事は簡単だが――。
「リンさん。残念ながらそろそろ時間切れです」
それはある種の救いだったのかもしれない。
どうにもならなかったが最早気にしても仕方が無い。
ある意味ここからは悩まなくて済むというぐらいの開き直り、大胆な気持ちの切り替えが求められてくる。
「そう……か。それなら、とりあえずご飯にしようか」
「はい」
「うんっ」
「そうね」
ジーナたちの元気な声に押されて自然とこちらも笑顔になる。
「私も同席しても?」
「今更断る理由もありませんよ」
「では遠慮なく」
「あぁ、そういえば名前。聞いてませんでしたよね」
「何でもいいですよ」
「例えば何とお呼びすれば?」
「金髪とか短髪とかお嬢さんとか?」
「名前というよりは呼び名ですね」
「変わりないと思いますが」
「分かりました。ではお嬢さんとお呼びする事にします」
「ええ」
「よろしくお願いします」
「よろしくねーっ」
「よろしくお願いします」
「お嬢さんって目つきじゃないけどね。よろしく」
「はい」
そうして他愛のない会話を挟んでは無警戒かつその曖昧な境界線を超える。
総勢六人。
外側から内側へ。
部外者から当事者になるべく踏み込んだ。




