37、風の吹き回し
「リンー」
アイギスが走り寄って来てはこちらに文字通り絡む。
その後ろを見やれば案の定と言わざるを得ないサラス。
なんだかんだで相手をしてやっているアイギスを見ると、嫌っているわけではないということが傍から見ていても十分に分かる。
それこそ、当事者であるサラスであればそのことを人よりも多く感じていることであろう。
だが、だからといってそれに甘えるのは悪いとは言わないが、甘えすぎるとなると少しはアイギスに対する配慮というものをこちらとしても指摘せざるを得ない。
しかし、その明確なラインというものが分からない以上、こちらとしても具体的な提案は出来ない。
であればこそ、抽象的に、あえて相手がその主導権を握れるように、そしてその上で自ら考え、行動できるように促すべきか。
「アイギスーっ、次は三つ編みよーっ」
こちらの考えなど余所に、サラスが満面の笑みでアイギスへと迫る。
対するアイギスは、それを躱すようにこちらの後ろへと回り込むと、その顔を背中で隔てる。
相当堪えているようだ。
「サラス、少しは遠慮したらどうだ」
変に包み隠さず、素直に改善を求める。
「やーねー、アイギスの照れ隠しだって分からないの?」
「どの辺が、だ。どの辺が」
「恥ずかしくてこっちに顔を見せられないところとか?」
「顔も見たくないの間違いじゃないのか」
「そりゃあまぁ、アンタの顔はそんなにずっと見られたもんじゃないけど……」
「可哀そうな目でこっちを見るんじゃない。否定はしづらいが」
「どっちの意味で?」
「お前追い込むの上手いな」
「まぁね」
「良い方にしておくかな」
「正気?」
「悪い方にしておこう」
「げぇー」
「おい、傷つく傷つく」
「回復が必要かしら?」
「本職だな」
「一回百金貨になります」
「高い!」
「で? 状況は?」
こちらの突っ込みを無視して、相も変わらず、突然に話題を挿げ替える。
「正直、良いとは言えないな」
眼下に広がる街並みを見下ろしては率直な意見を伝える。
「そんなこと見れば分かるわよ」
サラスは言う。
確かにと自身でも思う。
目をやればところどころから沈下した火の手の残り、その煙が未だに燻っている。
更に言えば、全壊、半壊、その他小さいものまで合わせれば無数の家屋に被害が出ているのがここからでも十分確認できる。
そして、その原因はこれまた様々で、前述に上げたものと見られるものもあれば、吹き飛んでいるもの、崩れているもの、押しつぶされているもの、欠けているものと恐らくそのどれもが人の手に因って成されたのであろうが、それ以上に堂々と街中を跋扈する人間以外の者達が嫌でも目に付いてしまう。
サラスの言いたい事はそういった諸々を含めた上で、何がどう良いとは言えないのかを説明してくれという言わば意見の擦り合わせ。
であればこそ、得られた情報をそのまま話すのでは意味がなく、それをどうこちらが解釈しているのかを伝える必要がある。
そこまで分かっていれば考えるまでもない。
情報収集のために散っているジーナとマリアを呼び戻す。
方法は単純。
その場へと赴くのだ。
「サラス――」
一声かけて移動する旨を伝える。
しかし、こちらの動きを知ってか知らずか、既に手は打ってあるとしたり顔。
それからジーナとマリアの二人が、腰まである草をかき分けながらこちらへと姿を見せるまでそれほど時間はかからなかった。
「やるなぁ」
得意げな態度を崩さないサラスに感心して言葉を送る。
「まぁね?」
まんざらでもないご様子。
「ただいまーって、どうしたのっ?」
ジーナがその光景に目をパチクリさせる。
「いや、ジーナたちの手柄をまるで自分の手柄のように話すもんだからついね」
「……? あぁ、なるほどー」
ジーナがジトっとした目を向けるサラスとこちらとを交互に見ては、事の詳細を把握する。
「アンタ、結構分かってるのね」
それは褒め言葉として受け取ればよいものなのだろうが、サラスのその態度がそれを否定している。
中々どうして素直じゃない。
「リンさんは私達の気配でしたらある程度追えると思いますよ?」
そこにマリアの正確な補足が追撃として撃ち込まれる。
「でもー? 私の方が上は上でしょ?」
「その上にマリアがいるけどな」
「リンさんのはあまり、その、汎用性は高くないように見えますが、それでも常人の域を遥かに凌いでいると思いますので……」
「まぁ、それでもサラスには及ばないことは確かかな」
時と場合によるが、こちらは生物、あちらはそれに加えて水源や出入り口まで把握している節がある。
尋常ではない。
「素直じゃないわねぇ」
「マリアはどうなんだ?」
「私は……その、そういう環境でそういう技術を身に着けざるを得なかっただけですので……」
「リン。謝りなさい?」
「ごめんなさい」
「い、いえ、そのっ、私が言いたかったのは皆さんのは能力的な先天性といえるものであって、私のは後天的に備わった技術ですので……その違いをご説明しようと……その……上手く言葉に出来ず申し訳ありません」
「いいのよっ。こちらこそごめんなさいね。リンが」
「事実だから否定できないところが何とも……マリア、済まなかった」
「いえ、そのような。その、えっと、ありがとう、ございます……?」
マリアはこちらの謝罪に対してあたふたとおよそらしくもなく慌てている。
「マリアっ、ぼくなんか気配なんて言われてもちっとも分からないけどさっ、こういうときどうしたらいいかなら教えてあげられるよっ?」
ジーナがそれを見てはすかさず手を差し伸べてくれる。
やはり頼りはジーナ。
こちらが手をこまねいてる間にも一手二手と先んじて対策を講じてくれる。
「えっ、と、その……」
「んーもーっ! マリアをこんなにも悩ますなんてっ、リンなんてこうだよっ!」
そう言ってジーナは意気込むとマリアの背中を押した。
「きゃっ――」
またもやマリアらしくない声が上がる。
そうしてジーナの勢いに流されるがままにマリアはこちらの胸元に飛び込んで来た。
優しく受け止める。
自然、目が合う。
「あ、そのっ、えっと――」
「マリアっ、今だよっ」
「へ――」
本人は言われるも何の事か分かっていない様子。
というよりもジーナ以外は誰一人として分かっていないのではないか。
そう思えてしまうほどに難問。
しかし、ジーナに背中を物理的に押された影響からか、マリアはよしっと何かを決意する。
「えっと……大丈夫?」
手持無沙汰に言葉少なに、何と声をかけてよいやらこっちはこっちで考えたあげく、結局当たり障りのない極めて無難と言えるもの導き出す。
「あの……」
こちらの声は届いている筈だがマリアはそれを気にかけない。
別に何の問題も無いのだが。
「ん?」
「しっ――失礼しますっ!」
言うとマリアはこちらの頬へと両手を伸ばし、引っ張った。
びょーんびょーん。
そこまでは伸びない。
ただ、沈黙の中、何とも言えない時間が経過していく。
「えーっと……」
思わず耐えかねて声を上げる。
頬を持たれている関係上間抜け極まりない声が出るのは勿論として、その姿もきっとまぬけであろうと思う。
「ぶっ、アンタっ、何よそれっ」
「リーンーっ? もっと他に言う事があるんじゃないかなーっ?」
「え……」
サラスの反応は理解できるが、ジーナの言葉は奥が深すぎる。
「マリア、許してくれるかい?」
びょーんびょーん。
止まらない。
「マリア、ありがとう」
びょーんびょーん。
止まらない。
「何、アンタそういう趣味があったの?」
「いや、謝罪じゃないなら感謝かなと」
「消去法ってやつね?」
「一緒に考えてくれ」
「ダメだよっ、リンっ」
「言っても私も分かってないからね?」
「それはぼくにだってわからないよっ?」
「え」
「え」
「え――?」
「え」
えが四つ並ぶ。
だからといって何が起こる訳でも無いのだが。
「じ、ジーナさんっ」
マリアが思わずと言った具合に追及する。
「アンタね……」
サラスが何とも見ただけでそれと分かる様に呆れる。
「ジーナにしては難しいと思ったんだ」
「でも仲直り出来たでしょっ?」
「初めから仲はいたって良好ですっ」
「また始まったわね」
「またとか言うな、またとか」
「ふふっ、それを言うならぼくたちだってそうだよねっ? リンっ?」
「ん? うん。いたって良好良好」
「それを言うなら私とアイギスだってそうよ?」
「リン。お腹すいた」
華麗にこちらの突っ込みを待たずして、アイギスがそれをばっさりと切って捨てた。




