36、可愛い子には
ガタガタゴロゴロ――。
街を追われるように飛び出してはリーガンへ。
辺りを見渡せば緑に、木々にと、何とも目に優しい街道が続く。
そんな中ガタリとまた小さな段差を乗り越えてはアイギスがサラスの膝から落ちそうになる。
馬車の荷台は思いのほか揺れるのだ。
そこで持て余した時間に際して、聞くに聞けなかった話題を持ち上げてみることにした。
「教会はどうだった?」
「リ、リンっ。その話はまだ早いよっ」
「あらら」
「いえ、別に隠し立てする様なことでもありませんので問題はありません」
ジーナの制止に対して、当のマリアは全然気にしていないという様子。
ならばと自身の持ち合わせている情報から話しやすいようにと、それとなく続けていく。
「すごく機嫌がわるそうに見えたけど」
「あの者たちは懺悔すれば全て許されると思っているようでしたので、それは違うと申しました」
「全否定じゃない」
「マっ、マリアは正直だからっ」
「フォローになってないわよ」
「そしたら?」
サラスの横槍に続きを促す。
「出ていけと言われました」
「随分長く話し込んでるなと思ってたけど」
「当然丁重にお断りしました」
「ホントのところは?」
サラスが面白がって追及する。
「普通に断っただけだよっ」
「戯言で民衆を惑わすなと言いました」
「あっはっはっ、痛快ねぇ!」
「痛快だな」
「笑い事じゃないよーっ」
「それでそれでっ?」
「邪教徒認定されましたので、否定しました」
「ホントのところは?」
「違いますといいました」
「あら、普通ね」
「はい。周りを武装した者達に囲まれているぐらいでした」
「ぶっ」
「サラスきたなーいっ」
「全然普通じゃないな」
というよりも何故その状況でこちらを呼ばなかったのか謎だ。
「全員私より明らかに弱いのは見ただけで分かりましたので」
答えが出た。
「そういえばマリアって武器は何を持ってるの?」
サラスが思いつきをそのまま口に出す。
「それは……」
マリアがこちらにチラリと目線を向けてくる。
まぁ、刺してる手前、大っぴらに出しにくいのも理解出来るが、こちらとしては当時も今もそれを責めるつもりは全くない。
であるからにしてマリアからサラスに目線を移す。
「これです」
マリアが自身の首から下げられている十字架を目の前で外してみせては、その内側に隠された刃を引き抜く。
「へぇー、良く出来てるわねー」
「はい。これでリンさんを一度刺しましたので切れ味は確認済みです」
「確認済みねぇ……って、今聞き流していいのか微妙なワードが出たけどこれは聞いた方が良いのかしら?」
サラスがダメだと言えばそれ以上は突っ込んでこないような配慮を言葉に含ませ、態度で見せる。
「リンがぼくを置いて行ったときだねっ?」
「そういうつもりじゃなかったんだけどね」
「リンはいつか刺されて海の藻屑になるタイプだねっ」
恐ろしい事をジーナはとてもいい笑顔で言う。
「同じような事をマリアにも言われたよ」
「えっ」
ジーナは酷く驚いた顔をして固まっている。
「私はいつか刺されますよと忠告してさしあげたんです」
「あっ、そう、そうなんだっ。なるほどねっ」
いつものニコニコとした笑顔に戻る。
「アンタ、やめなさいよ? 仲間内で痴情のもつれなんて」
「ん? いやいや、マリアとは親しくさせてもらってるだけだよ」
「何かそれっぽく聞こえるわね」
サラスが口元に手をやってはニヤニヤと面白がるような雰囲気を醸し上げる。
「それでしたらリンさんにはまず入信して頂いてからですね」
何故かマリアが乗る。
それは旅の合間にいい暇つぶしでも見つけたかのよう。
「生憎と無宗教なんだ」
「でしたら丁度よろしいではないですか?」
「いやいや、信教の自由というものはないのかい」
「私のところが一番いいのは周知の事実ですので何も迷う必要はありませんよ?」
「良い機会じゃない。入りなさいよ」
「サラスさん、リンさんとご一緒にどうですか?」
「私はサラス教の教祖だからだめなのよね」
「お前を信仰するなんて希有なのもいたもんだな」
「アンタのことよ?」
「マリア、そういうことなんだ」
「仕方ありませんね。ジーナさんはどうですか?」
「えっ……? あっ、うん。ええと、その、ははっ……」
ジーナは力無く笑う。
「ちょっと、重症じゃない」
「重症ですね」
「重症だな」
「アンタのせいよ?」
「リンさん、何とかしてあげてください」
「ジーナ」
「なに……?」
流れで話しかけたがその先は全く考えていない。
しかし、ジーナが落ち込んでいるのを放って置くことなど自分には不可能だ。
出来る事ならば、こちらの勝手な押し付けや願望でしかないのだが、それでもジーナには笑っていて欲しい。
いや、笑って欲しい。
笑ってもらおう。
「……ジーナ。よく見てて。いくよ?」
ポコンっ。
それは可愛らしい音を立てて外れた。
「……いや、まぁ、それでどうこうなると思ったアンタの気持ちだけは評価に値するわね」
「関節は癖がつきますのであまり……」
「ふふっ」
先の二人とは違い、ジーナには受けた様で何よりもうれしい。
ただ、マリアの言った通り、間接は外れ癖がつきかねないのでそっともとに戻しておく。
「リンっ、だめだよそんなことしちゃっ。こういう時はそっと抱き締めて、そうっ。婚姻届けにサインするといいんだよっ?」
こちらを包み込むような、全てを容認してくれるような、とても優しい笑顔。
「結婚かぁ……」
「いいじゃない。書面の上だけでもしてあげたら?」
「むっ、その言い方はぼくすきじゃないなーっ?」
「まぁまぁ、リンさんは私に尽くす約束ですので」
「約束したなぁ……」
「アンタは私を養う義務があるってことを忘れてない?」
「はいはい」
「私の扱いだけ雑ね」
「はいはい」
「はいはい」
「はいはいっ」
三者三様のはいはいが出揃う。
そして――。
「はいはい、止まった止まった」
四人目がその後に続く。
「お、お客さんッ……」
聞こえるだけでなく目に見える異変。
馬車は既に止まり、馬を操っていた年配の男性からも意図せず上ずった声が漏れ出る。
「何か?」
すかさず、荷台から降りてはその間に割って入る。
そして見極める。
相手を、その仲間を――。
「全部だ。全部置いていきな」
男は不敵な笑みを浮かべては腰の剣に手を当て、暴力を背景にした揺すりをこちらに仕掛ける。
「どうした? 俺の言ってること、分かるだろ?」
「六……七、八……十二ってところか」
「……少しはやるようだな?」
「通して欲しい。金なら多少はある。それで手を打ってくれないか」
「いやよ?」
後方のサラスから声が上がる。
それを聞いた男の答えは言うまでもない。
「だとよ?」
「通してほしい」
「……無駄だ。大人しく全てを置いて引き返すんだな」
「どうしてもか?」
「しつこいな。少しは腕に自信があるようだが、やるなら相手になるぜ?」
「……分かった」
「ふっ、最初からそれでいいんだよ」
言い終わるが先か踏み込むように見せかけて後ろに距離を取る。
「お前、騎士団だな?」
あてずっぽうで問いかける。
「はぁ?」
距離をとったこちらに対して、期待外れな声を上げるも追ってこようとはしない。
「ジーナ」
恐らくこの場で一番真実に近いであろうジーナに答えを求める。
「……どうだろっ、騎士団ではないかなっ?」
「近い関係者か……ありがとう。ジーナ」
「もっと聞いてくれれば詳しく分かるかもっ?」
「いや、もう十分だよ」
振り回されるのは。
「話はまとまったか?」
「あぁ」
「フッ、……行くぞ?」
そんな言わなくともいいような開始の合図をわざわざ律儀にも知らせて来た男はこちらと同じく後退する。
「……なるほどな。なるほどなるほどなるほどな」
男は一人何故か嬉しそうに笑みを浮かべては納得する。
「お前等、行くぞ」
姿を見せていない者たちへの指示。
それは撤退以外のなにものでもない。
「行くのか?」
「あぁ。また会う事もあるだろうよ」
そう言って男、もとい男たちは消えた。
「……ちょっと、路銀ぐらいにはなったんじゃないの?」
見送った背中に荷台から声が掛かる。
「ジーナの言う通りだと思うぞ」
「騎士団じゃないんでしょ?」
「関係者だろう?」
「手っ取り早く捕まえて吐かせればよかったんじゃない?」
「それも手だったな」
「そうしなかった理由でもあるの?」
「ある」
そう言って再び荷台へと足を運び、のぼる。
「なんだっていうのよ」
サラスの前で立ち止まり、目線を落とす。
「アイギスが寝てるだろ?」
その一言で全てが丸く収まった。
魔法の言葉。
アイギス。




