35、じゃじゃうま
「リン」
教会の前。
丁度いいサイズの噴水を当てもなく眺めていると前触れも無くアイギスから声が掛かる。
「どうした?」
小走りにて横に並んだアイギスを視界の端で捉えながら、それとなくその先を促す。
「サラスがめちゃくちゃする」
初めてその口からサラスという名前を聞いたかと思ったら、まさかの非難。
「おいサラス。アイギスが嫌がってるぞ」
直接アイギスが本人に言ったほうが効果的なんじゃないかとも思うが、ここはアイギスの意思を尊重して間接的に自身を経由しては伝える。
「えーーー、だってーーー、アイギスすごくいいんだもんーーー」
「最早理由すら感じられない物言いだな」
「アンタもやってみれば分かるってーーー」
「アイギスに嫌われたくないんでな」
「やったら削ぎ落とすわよ」
「何をだよ」
「全部よ?」
「恐ろしいな」
「分かったならよし。アイギスーもうしないから帰っておいでーーー?」
アイギスはこちらに寄って来てはサラスから逃げる様に手を回し、その顔を外界から遮断するように埋める。
「……お前本格的に嫌われたんじゃないか?」
「……何とかしなさいよ」
「何でだよ……」
「何でもよ」
「いやいや……アイギスの身にもなってやれ」
「何よ。私の身にもなりなさいよ。不公平よ?」
「不公平あってこその公平だ」
「わけの分からないこと言って誤魔化そうったってそうはいかないわよ」
「アイギスのためだ」
「……そう。アンタがそういうつもりなら私にだって考えがあるんだから」
「長いか?」
「短い」
「ならどうぞ」
「私、アンタが夜な夜なやってることしってるんだからね?」
「ほう?」
「……知ってるんだからね?」
「知らないやつだなそれ」
「へぇ? 知られるとマズイようなことでもしてるわけ?」
「強引だな」
「まぁ? アンタも人間だし? 仕方ないと言えば仕方ないんだけど?」
「随分含ませるな」
「ふふっ、笑っちゃうわよね」
「笑えるのか」
「笑える? まっ、人によってはね? だけどどうかと思うわよ?」
「いびきでも酷かったか」
「それよ!」
「リンはしてないよ」
サラスの勢いのみの飛び込みに顔をうずめたままのアイギスが否定する。
「してないそうだが?」
「いびきわね? でも……隠れてしてるでしょ?」
「めげないな」
「あら? 追及されて困るのはアンタじゃないの?」
「まだ困ってないな」
「これからよ。だって、アンタは……ねぇ?」
「リンはいつも九時には寝て四時前には起きてるよ」
「子供か!」
「子供は四時には起きられない気がするぞ。というより、起こしてたか。ごめんな」
「ううん。最初だけ」
「……何よ。何よ何よ何よっ。二人して仲良さげでさっ? イチャイチャイチャイチャ……リンっ! そこは私の席よ!」
「情緒不安定か」
「チラッ? チラッ? チラチラッ?」
「暇すぎてついにおかしくなったか」
「哀れみを買う作戦よ」
「哀れだな……」
「アイギスー? ほらほらっ、私ってかわいそうでしょー?」
サラス渾身のアピール。
しかし、アイギスに反応は無い。
「だってさ、アイギス」
見ているこっちが辛くなってきたのでたまらずアイギスに声をかける。
「サラスやだ。つかれる」
「……だ、大丈夫よー? 今度は抱いてよしよしするだけだからっ。ねっ?」
あからさまにショックを受けるサラス。
しかしサラスの心は折れない。
「リンはなにもしない」
「……アンタ何かしなさいよ」
「おい」
「で? アンタ本当に武器も防具もいいの?」
サラスにかかればこの通り。
話に流れもへったくれもない。
しかし、こちらとて時間を持て余している身。
それに付き合うのはまんざらでもない。
「武器はともあれ、防具は正直な……役に立ちそうもない」
「まぁ、アンタの場合生身で十分だしね」
「値も張るしな」
「ん? それは別に良いのよ? アンタが戦うわけだし」
「身を護るのは防具じゃない」
「言うわねー。でも言えてるわ。私達の身を守るのは防具じゃなくてリンってところとかね」
「それをいうなら護衛の時から気になってたんだが……」
「何?」
「その服装はちとどうかと思うぞ」
薄着で防御力のかけらもなさそうな、それでいて露出の高い服装を指摘しては言う。
「私、防具着るぐらいならアンタを着るわ」
「意味不明だ」
「ほら、おしゃれって大事じゃない?」
「命の方が大事だと思うけどな」
「死ぬときは死ぬでしょ? その時着たい服を着て死ぬのと着たくもない防具を着て死ぬのどっちがいい?」
「……言いたい事は分かるが」
「ならいいじゃない」
「何故かいい気がしてきたのは何でだろうな」
不思議。
「じゃ、武器は?」
「武器なぁ……持ってもいいが、殺傷能力が上がるぞ」
「立場上良い事のはずなのに、悪い事のように聞こえるのは何でかしらね」
「まぁでも、持てと言われれば持つが?」
「持たなくていいわ」
「実は手ぶらの方が好きなんだ」
「別にどっちでもいいわよ」
「最初にスコップを選んだ理由でも話すか?」
「ええ」
「掘ったりとかできるだろ?」
「……もしかして、それだけ?」
「良い理由だろ」
「不思議と反論が出てこないあたり感心するわね」
「お前は何を選んだんだ?」
「これよ」
裾から太ももをあらわにし、短剣を引き抜く。
その出で立ちは簡易的なものでありながらもしっかりと振れば切れることを証明している。
「使えるのか?」
「自決用よ」
「聞かなきゃよかった」
「ふふっ、冗談よ」
「早まるなよ?」
「分かってるって」
サラスは笑いながら再び裾の下へと仕舞い込む。
「アイギスは?」
流れでサラスに聞いた以上これもまた通過儀礼。
未だ離れる様子もないアイギスに問いかける。
「アイギス……?」
「……」
反応の無いアイギスをそっと引き離す。
すると、力無く足から崩れ落ちそうになり危うくというところで再び引き寄せる。
「立ったまま寝てる……」
「まぁ、そういうところがアイギスの武器と言えば武器かもね」
「確かにな」
いいながら少しでも楽な体勢にとこちらに体重を預ける様に何時もの如く持ち上げては抱きかかえる。
「アンタさ、これからのことって考えた事ある?」
「また唐突だな」
「いいから。こんな話今ぐらいしか出来ないでしょ?」
「……とりあえず今の生活水準は維持したいとかか?」
「まぁ、そういうのも含めてよ」
「そうだな……ジーナにマリアにアイギス。出来る限りのことはしてやりたいと思ってる」
「私は?」
「言うまでも無いだろ」
「ふふっ」
「その上で何かと言われたら魔王か。正直関わり合いになりたくは無いな」
「露骨な反応を示してたってアレ?」
「あぁ。それに最初の場にいた他の者達の動向も気になる」
「それよねぇ。あれだけいたってのにまるで出くわさないわよね」
「まぁ、魔王を倒せって冒険者の身分を渡してきたわけだからな。それから外れている以上出くわさないのも分からないでもないな」
「私からすればモンスターより人間の方がよっぽど厄介よ。ホント」
「そうだな。それに関しては同感だ」
「たちまちの目標とかないの?」
「目標? そうだな……。エルフでも探してみるか?」
「ちょっと、そういうのはいいわよ別に」
「いや、単純にエルフって見た事も聞いたこともなかったからな。意思疎通のできる他種族に興味がないと言ったら嘘になる」
「……そういうことならいいけど。正直、私も気になってるし」
「ならそれでいいんじゃないか?」
「……暫定的にってなら賛成しないでもないわね」
「何だ。乗り気じゃないな」
「……エルフってさ。基本的にアンタが思ってるような感じじゃないと思うのよ」
「お前とは違うと?」
「いや、その……違わなくはないと思うのだけれど、マリアやジーナに悪影響を与えないか心配ってのが本音かしら」
「あー、成程な。何となく理解した」
「それでも探したい?」
「この話は一度置いておいて、その時が来たらマリアやジーナの判断に任せるってのはどうだ?」
「それ別に今と変わらなくない?」
「あえて変える必要もない気がするけどな」
「まっ、でもそうね。こっちが勝手に良くないものだと決めつけて一方的に取り上げたり、遮断したりするのって本人達を信用してない感じもするし、それこそ成長のためには毒こそ必要よね」
「何だ、母親にでもなったつもりか?」
「それでいうとアンタは父親になるけどそれでいいの?」
「年長者としてって感じか」
「私の方が年上だけどね」
「気にしたことも無かった」
「気にしなくていいわよ?」
「そっちもな」
「気にしたことも無いわよ」
「気にしなくていいんだけどな」
「ならいちいち言わないの」
「お姉さん面か?」
「あら? そういうのがお望みかしら?」
「禿げかねんな」
「どれどれ?」
サラスがこちらの頭に手を伸ばしては皮膚をぐにぐにする。
「そんなので分かるのか?」
「んー、もうちょっと優しくしてあげたほうがいいわね。私に」
「お前かよ」
「あら、ご不満?」
「あーーー、暇だな」
「暇ね」
「しりとりでもするか」
「リーリス」
「なんだそりゃ」
「アンタの負けね」
「これそういう遊びじゃないだろ……」
行き場のない思いが空を舞う。
それをサラスはケタケタと笑い飛ばす。
アイギスはぐっすり夢の中だ。




