34、とりあえず手に取って食べてみる
組合の宿へと戻り、以前とは違って小さくない卓の周りへと椅子を集結させる。
サラスが着席し、続く様にマリアにジーナ、アイギスを座らせると最後に自身も腰を下ろす。
雰囲気は重苦しいというわけではないが、やれやれという毎度の如く、面倒ごとに巻き込まれてしまったなと半ば仕方なく思いつつもやれやれと諦めているのが主にサラスから伝わってくる。
他は依然として普段と変わらず、この様な事態であっても動じているようには全く見えない。
ただ、目の前の事にいつも通りに対処する。
そういった手合いだ。
「んで? 言いにくいなら私が言ってあげてもいいけど?」
サラスが切り出すように話題を持ち上げる。
「いや、問題はない。ただ、サラスに賛成したジーナの意見が聞きたくてね」
何という事は無い。
「そっ」
「うーん、賛成っていうより、ぼくもリンの意見が聞きたかったからああしたんだけど……。先にこっちの状況を説明するなら、教会には行き損ねちゃった、かなっ」
「んー、こっちはこっちで、分かっていることと言えば、たぶんあの集団はロッテンと同じ騎士団周辺の者だろうってことぐらいかな」
「なら話は早いじゃない」
「こちらの逃走を防ぐというものに心当たりはありますか? リンさん」
「ん、んー、組織に所属してたってだけで一端の兵士だったからねー。期間も短かったし、階級も低かったからその辺にはまるで詳しくはないね」
「そうですか……」
「その調子だとマリアも心当たりがなさそうだね」
「ない訳では無いですが、少し形態が異なるものですのでこちらとしては何とも言い難いのが現状です」
「うん。具体的な対策が立てられない以上逃げるのは危険かな?」
「その危険がどの程度までつりあうかってとこだねー」
「机上の空論か」
「何よ。アンタたちそんなことも知らないの?」
「ん? 知ってるのか?」
「知ってるわよ。人間が捕らえた獲物を逃がさないようにする方法なんて私ほど詳しいエルフもいないわ」
「例えば?」
「そうね。まぁ、普通に考えて力で屈服させるのが一番手っ取り早いわね」
「他は?」
「人質、脅し、ゆすり、精神的なものから肉体的なものまで」
「他は」
「他? 随分食いつくわね。でも大体手段は無数にあるけれど、言いたいのはそれに対して逃げられないだけの理由を持たせるか、楔を打ち込めばいいだけよ?」
「この場合に考えられる手段と方法は」
「まぁ、力で屈服ってのは失敗してるわけだから、この中の誰かに何かしらのアプローチがあるんじゃない?」
「その内容が分かればこちらとしても手の打ちようがあるな」
「さぁ? でも、情報として相手が得ているのは組合に登録されていることと、会って話した印象、それと外見からの特徴とかじゃない?」
「この世界と接点が少ないことが幸いしたな。相手は難儀しそうだ」
「そうね。だからこそ狙うなら私か――マリアでしょうね」
「……すみません」
成程。
サラスの言いたい事はよくわかる。
サラスはエルフでマリアは教会に行く都合、たまたまだがそういう服を着ていた。
「いいのよっ、対処するのはリンなんだから」
「対処するにもその場に居合わせる必要があるぞ」
「何も暴力的なものとは限らないわよ?」
「間接的なものであると?」
「一つの可能性よ」
サラスは面倒ねーっとアイギスにくっつく。
「ジーナはどう思う?」
「うーん。そういう意味で言えば逆に直接的なものでリンをどうにかしちゃえばってこれはちょっと考えすぎかなーっ?」
「いや、正直、スキルという概念を考慮したならば相手はまだまだ本気じゃない。ありうる話だね」
「傍から見てる分にはアンタが圧倒してるように見えたけど?」
「それは、どうだろうな」
「濁すわねー」
「リン的にはまだまだ相手が力を隠し持っているように見えたんだねっ?」
「スキルという意味ではそうだろうけど、その……相手の強さとかあんまりよく分からないんだよね」
「それで一回酷い目にあったわ」
「済まない」
「まーまーっ、それでどうするかって話でしょっ?」
「そうね」
「マリアは?」
「私は……どうでしょう。リンさんを押さえつけるということであるならあの場でも問題無かった筈です。そうしなかったのですからサラスさんの言う様に直接的か間接的かは置いておいても、狙われる確率は高いと思います」
「そっかー」
「私は別にエルフ関係でどうこうなったりしないわよ?」
「そうなってもか?」
「だって、エルフってそういうもんでしょ」
あっけらかんとサラスは言う。
人間は人間。
エルフはエルフ。
それはそれ、これはこれ。
サラスの中ではしっかりとした線引きと区切りが良いか悪いかは判断しかねるように、固定化された概念ともいえるべきものが出来上がっているようだ。
棲み分けられたそれは、つまるところ常識。
普通なのだとこちらに対して告げている。
しかし――それはエルフ側、というよりもサラスの都合であって、今回仕掛けるにあたる人間側から見て理解されるか、しているかは全く別のように思える。
「まっ、お前がそれでいいならそういうことにしておく」
「まぁ、そうね。理解されるとも思ってないし。それにこの世界のエルフが私のいうエルフと必ずしも一致してるってわけでもなさそうだしね」
「違いを感じるか?」
「ええ、こうして宿だって借りられるんだから」
「サラスさん」
「何?」
「私はサラスさんの仲間としてエルフの方々の苦しみも一様に見逃したくはありません」
「え……」
「ははっ」
「ふふっ、マリアにさんせーいっ!」
「ちょっと……やめなさいよ。それこそ相手の思う壺よ?」
「それなら私に対する接触と大差ありません。そして、私は引くことが出来ません」
「それでもよ! 私に対する分だけでも回避できれば――」
「残念ながら私はその回避に意味を見出せません」
「少しでも前に進めるでしょ!?」
「それは前進ではなく後退です。逃げるということは敗北であり、自身の死を意味します」
「極端にもほどがあるわね」
「これはサラスさんが以前仰っていたことです」
「え……?」
「生き方を曲げるなと」
「……」
言ってたな。
「サラスさん。対処するのはリンさんです」
「ふふっ、……何言ってんのよ」
「……すみません冗談です」
「大丈夫大丈夫」
「アンタはアンタでもう……知らないわよ?」
「あぁ、問題ない」
「リンさん」
「ん?」
「その、ここまで話を進めておいて言うのもどうかと思うのですが……私としては逃げることで負うリスクのほうが高いように感じています」
そこでようやく話が最初に戻る。
「確かに、ね。これはあくまで逃げた場合の対処法。なら、逃げなかった場合、どうなると思う?」
「それを量るのにも一度逃げるというのは一つの手だと思いますが……実践して欲しくはありません」
「他に意見は?」
ならばとジーナにサラス、最後にアイギスへと目線を送る。
「リン」
ジーナにサラスが黙っている中、アイギスが声を上げる。
「ん?」
「にげないほうがいい」
それは意外な主張。
いや、意外ではないか。
ただ、アイギスの口からそういった意見が出るとは思いもしなかった。
「どうしてか聞いてもいい?」
「あれ。つよい」
「あれ? ……レイナスのことかな」
「うん。たぶん」
「……分かった。アイギスと自分は南下するに一票だ」
「随分と弱気ね? 私も賛成だけど」
「ぼくも賛成かなっ」
「私は元より賛成です」
「全員一致で南下決定か」
「ん? 何よ。何か不満なわけ?」
「いや別に?」
「リンは相手の思惑通りに進んでるのが気になるのかなっ?」
「何よそれ。これは自分達で決めた事でしょ?」
「リンさん。私はリンさんの決定を支持します」
「んー」
「リン」
「ん?」
「大丈夫」
「そっ……か。とりあえず地図とか色々準備もあるけど、たちまちご飯にしよっか」
「うんっ」
「そうね」
「そういえば教会に向かっている最中に美味しそうなお店を見つけたんです」
「そうそうっ、何でもこの街の名物らしいよっ?」
「良いじゃない」
「名物は食べたいな……それと教会にも寄ろうか」
「よろしいんですか?」
「別に急ぐようには言われてないし、折角だからゆっくり行こう」
「まっ、せめてもの反抗とも言えなくはないわね?」
「違うけどな」
「そこは同意しなさいよ」
「同意同意」
「どんな同意の仕方よ」
「まーまーっ。ご飯にしよっ?」
いつの日か聞いたようなジーナの言葉。
そこには窓辺に差し込む陽光にも似た明るさと温もりがあるようで――。




