29、スタートライン
それから何点かという程度には収まらない数の服を購入しては次の店を目指す。
その足取りは実に軽やかで、先導するサラスからは迷いというものが感じられない。
つまるところ、既に行先は決まっているようだ。
両手に一杯の荷物を持ち、アイギスとマリアを引き連れてはそれなりに混雑、もとい、賑わいを見せている街中を歩く。
そうして、再びサラスが入店した先は全くもってどういうことなのか、洋服店だった。
「さっ、いくわよ」
サラスは意気揚々もそこそこに店の奥へと消えて行く。
「んーっ、中々どうして腕の見せ所だねっ」
ジーナは口元に手を当てると考える素振りをしてはサラスの後を追う。
その背中からは二軒目などという疑問は感じられない。
対して、こちらはそれが普通なのかという疑問を感じられずにはいられないが、三人で店先に立ち尽くしていても仕方が無い。
二人を追随する。
更に、追随する。
どこまでも追随する。
そして、気が付くと五軒目に入っていた。
「さーって、次はー」
サラスは尚もご機嫌。
ジーナも当初と変わらずニコニコとまるで疲れを知らないよう。
だが、さすがに限界だ。
色々と。
「サラス、ジーナ。そろそろご飯にしないか?」
「賛成ーっ」
「んー、ちょっとまって、こっちとこっち、どっちが良いと思う?」
「ぼくは右かなっ」
「悩むなら両方買っとけ。今更一枚や二枚増えても変わらん。それよりもアイギスとマリアがくたくただ」
「あっ……いつから?」
「悪いが二軒目から記憶が無い」
「どんな脳みそよ」
「まーまー、とりあえずご飯にしよっ?」
「会計してくるわ」
「ジーナは?」
「あっ、と、ぼくはいいかなっ。リンの荷物がすごいことになってるし……」
「ん? あぁ、大丈夫大丈夫。まだ持てるから買っておいで」
「でも……重くない?」
「ほらほらっ、行っておいで」
「わわっ」
渋るジーナの背中を物理的に押す。
それでジーナも遠慮するのは得策ではないと悟ったのか、素直に会計へと向かった。
マリアとアイギスに目線を向ける。
くたくたと言ったが、その顔に目に見える疲労はない。
しかし、精神的な疲れだけで言えばアイギスでさえ透けて見えるようだ。
「大丈夫……ではなさそうだな。気付くのが遅れて済まない」
「いえ、私は大丈夫ですので」
言いながらも声に覇気がない。
思った以上にその疲労は色濃いようだ。
「肩に乗るか?」
「のるー」
アイギスに言ったわけではないが断る理由も無い。
両手が塞がっていて不安定極まりないが乗り慣れているアイギスなら問題無いだろう。
「いえ、お気持ちだけ頂いておきます」
「そっか」
言ってアイギスの前で屈んではひょいと乗せてみせる。
その瞬間こちらに目線が集まってくるのを感じた。
しまったと思ったが、別に何もやましいことなどない。
注目されたところでアイギスの疲労が少しでも和らぐなら何のそれ。
大したことではない。
しかし――それとは別に大したことが起きたことを知らせる、警報と捉えて問題なさそうな鐘が四方八方から鳴り響き始めた。
同時に住民たちは一斉にある方向へと駆け出し、店主と店員たちは店を閉め始める。
なんなら客をそのまま閉じ込める勢いだ。
「ちょ――なに!?」
衣服を抱えたままのサラスが勢いよく店から飛び出てくる。
「逃げてる? 何か危険を知らせるもので間違いなさそうだね?」
ジーナが遅れて出て来ては袋を手に状況を見て瞬時に整理する。
「私達も逃げた方がよくない!?」
「支払いは」
「すっごく安く買えたわよ!」
「いこう」
サラスの鐘にも劣らない叫びにこれからの方針が決定する。
「リン、片手だけでも――」
ジーナのありがたい進言に行動で同意する。
「ありがとう。いこう」
それから人々の流れに沿う様にして走る。
ひたすら走る。
ただ走る。
いつもなら遅れを取る事等ない筈のマリアが遅れ出す。
「マリア――」
片手を腰に回すとそのまま有無を言わさず抱えては避難を続行する。
「あ、あのっ、だ、大丈夫ですからっ」
「ごめんなさい。私が連れまわした所為だわ」
「い、いえ」
「それをいうならって――えっ!?」
上空をとてつもない速度でどでかい影が通り過ぎて行った。
思わず全員で足を止めては振り返る。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと! あんなのって!?」
「ひゃー、ドラゴンは初めてみたかも」
「ドラゴン? 話に聞く竜に似てる気がするけどまた別物かな?」
「同じものです。巨体に翼。尾に凶悪なブレス。私の知るそれと完全に一致します」
「はー」
「すごいねー」
「いやいやいやいやいや! 逃げましょ!?」
「何処に?」
「いや、それは、この先に行けば分かるでしょ!?」
サラスが人々の流れる先を指し示す。
だが、誰しもが気付いているようにそちらの方向には何もない。
いや、あるにはあるが、それは言うまでも無く。
「……出口じゃない!」
出口。
別名入口。
他ならぬ自分達が外から来ては通ってきた場所だ。
「ど、どどどどどうすんのよ!?」
「外に逃げるか、留まるかって話なら留まるに一票だな」
「んー、ぼくもそのほうが良い気がするっ」
「私も同意見です」
「ちょ、ちょっといい?」
「何だ」
「理由を聞いてもいいかしら?」
「人が多い方に行く気がする」
「ドラゴンは人を食べたりもするって聞いたことあるよー」
「食べます」
「えぇ!?」
落ち着きを取り戻しそうで取り戻せないサラス。
最早、竜どうこうではなくそれで怪我をしそうだ。
「サラス、大丈夫だから心配するな」
「何を! どう! 心配するなって!?」
「食われるときは一緒だ」
「いーーーやーーー!」
その場にしゃがみこんで頭を抱えるサラス。
頭を低くすることには賛成だが、いざというときに逃げられない体勢では意味が無い。
「それで? どうする?」
思考から退場したサラスを置いて、残りの三者にこれからの具体案を求めては問いかける。
「僕は文献で読んだことがある程度だからマリアが適任じゃないかなっ?」
「私も実際には見た事はありませんが、確実性という意味で言えば高いでしょう」
「こっちは空想上の生き物として聞いただけだね」
「では私が代表して提案します。逃げる事は不可能ですので戦いましょう」
「決まりだな」
「どう戦うっ?」
「まずは――」
間一髪。
炎の柱が建物と共に大地を溶かす。
「あの翼を無力化しましょう。空にいられてはどうしようもありません」
「そうだな」
「方法はどうしよっかー?」
「アンタたちよくそんな平気でいられるわね!?」
「サラス。少し静かにしてろ」
「い――わ、分かったわよっ!」
「硬度はともかくとして、鋭利なものでの貫通が現実的かと」
「あの風じゃ届くか微妙だが、それにしてもどれだけかかるか分からないな」
「片翼で十分だと思うけど……それでも先に死んじゃいそうだねー」
「切断が望ましいですが困難でしょう」
「無理だな」
「無理そうだね」
「そうですね」
「他は?」
「捕食するときに地上近くまで降りてくると聞きます」
「命がいくつあっても足りないな」
「それと運も必要そうだねー」
「それなら私が補えます」
「すごいな」
「マリアの新しいスキルっ?」
「はい。効果のほどは不明ですが、多少は有利に働くかと」
「そういえばリンってスキル使ってるところ見た事ないけど……」
「スキルってなに?」
瞬間、世界が静止した。
大袈裟に言えば。




