27、誰がために
「自分は……いや、俺は、そうだな。お前達と一緒に居たい。そう思ったから今こうしてここにいる」
「リン……」
「だからこそ俺はお前達のために戦うし、傷つくし、守る。ただ、それだけなんだ」
「そこにアンタの意思はあるの?」
「ある」
「ならいいんじゃない? っていっても言葉にしてくれなきゃ納得しない子もいるだろうけどね」
サラスは目もくれないが、その先が何を指し示しているのかは明白だ。
「マリア。俺はお前の約束を反故にしている。だが、それはお前の生き方を否定しているわけじゃないんだ。ただ、命よりも大切な生き方、分からない訳じゃない。俺だって現にそうして死ぬまで生きて来た。それでも、それでも一つ。マリアと俺、違いを上げるとするならば――そんな中でさえ俺は運よく死ななかったんだ。いや、生き方を通す、通せるだけの力……殺しという手段を人よりも多く持ち合わせていたからだ。そして、お前の生き方を通すために俺はその手段を選んだ。相反する二つだ。どちらかを通せばどちらかが崩れ去る。そんなのは分かっていたことだ」
「何故……? そんな無知を演じてまで聞く必要もありませんね。アナタは私の約束を破った。ただそれだけです」
「アイギス。俺はお前のことが良く分からない。だが俺はお前を守る。その体を精神を生活を。そしてそれは守りたいから守るんだ。お前はお前の好きにすればいい。ただ、もう一度だけ言わせてくれ」
「中治癒」
「……言うまでもなかったな」
「ふふっ」
「アイギスさん……」
「アイギスっ」
既に絶命していてもおかしくはなかったが、穴が塞がるとその場でゆっくり上下運動を繰り返し始める。
「ありがとう。アイギス」
「……って反応はなしなのね」
「アイギスはアイギスだからねっ」
「話を戻そう」
男の意識が戻らないのを都合よしと判断して再びマリアへと焦点を当てる。
「俺は約束を破った。しかし、今、結果論で言えば破ろうとしただけで破られてはいない」
「屁理屈ですか? 本当に結果論ですね」
「そうだ。だがマリア。約束は、今の状況をみて、その上で破られたと言えるのか?」
「……破られてはいませんね。ですが、そういう問題ではないでしょう」
「その通りだ。約束というのはその性質上お互いの信頼があってこそだ。破ろうとした、たったそれだけの事実で十分成り立たなくなると言っていい」
「たった、ですか。アナタにはその程度だったということですね。失望しました」
「失望してくれていい。ただそれでも聞いて欲しい」
「言い訳ですか? ご自由にどうぞとしか言いようがありませんね」
「言い訳じゃない。ただの一方的な宣言であり誓約だ」
「勝手にどうぞ」
「俺はもっと強くなる。それはお前達を守るためであり、自身の力不足を相手に背負わせないで済むようにだ」
「ふっ、保身ですか。確かに言い訳では無いですね」
「そうならないために力を貸してほしい。俺はまた――必ず殺しという手段に手を掛ける。それは、俺の中で唯一誰にも負けないと自負している、最後に縋れる部分に他ならないからだ」
「アンタも難儀ね。別にいいんだけど」
「リンのお願いなら何だって任せてよっ」
「……」
アイギスは――空気を呼んでいる賊と護衛対象に興味津々のようだ。
「まぁ、でも、私たちにだって限界があることぐらい分かってるわよね?」
「うんうんっ」
言ってジーナがマリアにそっと目を向ける。
こちらは最初からそこだが、その意味するところは同じだ。
「……私にも手伝えと?」
「アンタは助けたい。リンは殺したくない。何か問題でもあるっての?」
「……それは――」
「そもそもね、アンタ。いいえ、マリア。殺させたくないから殺しをさせない、ってのはちょっと無責任だと思わない?」
「私は道を指し示しているだけです」
「あーうん。まぁ、そうなんだろうけど……ってそうじゃなくて。マリアも手伝ったらどうなのかって話」
「一方に肩入れするということはもう一方にも肩入れすることを意味します」
「あー、いや、まぁ、それは分かるんだけど、リンは仲間でしょ?」
「……そもそも仲間とは――」
「あーあー、はいはいはいはい。ジーナ、後は頼んだわ」
「えー、って、あと少しなのに。まっ、別にいいんだけどねっ」
「私は、全てに等しく救いと道を指し示さねばならないのです」
「マリアっ」
「はい」
「マリアはさっ。リンのことっ、好き?」
「え?」
「僕は、好きだよ。だから肩入れもするしっ、今回のことにも出来るだけ協力するつもりっ」
「そ、その、仰っている意味が少し……」
「マリアはどうしたいのかってことっ」
「私……わたしが……わたしが、ですか?」
「うんっ」
「……私は……神の教えに従うだけです」
「うんっ」
「リンさんが助けを求めていれば救いの手を差し伸べ、迷いをお持ちならば、その先を指し示す。それだけです」
「うんっ」
「……まだ何か?」
「うんっ」
「…………私は――どうすればいいのですか……?」
「うんっ。どうしよっかー?」
「……分かりません」
「かんがえてみよーっ」
「……」
マリアは口を噤んでしまう。
それは答えを知らないからか、それとも答えが無いからか。
はたまたそのどちらでもないか。
ただ、ゆっくりと時間だけが流れて行く。
沈黙。
その二文字がこの場を支配しているようにも見えるが、実際には優しさがここには満ち満ちている。
ジーナの、そしてサラスの。
待つ。
ただひたすらその時を待つ。
そうしてその時は、いつか、ではなく、今、訪れた。
「……私にも……分かるようになりますか……?」
マリアのその言葉は初めて聞く声色で、不安をその身に内包させたままの非常に弱弱しいものだった。
「リンっ」
ジーナがこちらに目配せする。
「マリア。それは、自分にも分からない。でも、分かるようになりたいと、分かりたいと思っている。マリア。――守らせてくれるか?」
「…………はい……不束者ですが、よろしくお願いします……」
「ありがとう」
自分で言って置きながら返す言葉が見つからず、気がつけば本心を口にしていた。
もっと気の利いたことを言えれば良かったのだが。
それはまた、これから分かるようになるのかもしれない。
「ひゅーひゅーっ!」
「……プロポーズみたいね」
「どきどきしたねっ」
「ある意味ね」
「もーっ、照れちゃってーっ」
「いやいや、ないから」
「えー、ホントにー?」
「はいはい。まっ、良かったってことでいいのかしら?」
「それは間違いないと思うよっ」
「さっ、それならそれでちゃちゃっと済ませてぱぱっと帰るわよっ」
サラスの手がパンパンと打ち鳴らされる。
それは合図であり、同時に今までの流れを断ち切るものでもある。
そして、動き出す。
止まっていた時間が、軋んでいた歯車が、過去から未来へと、今を乗せて――。




