26、盾として人として
「ガァッ――」
肺の空気がその衝撃を吸収しきれずに行き場を求めて口から勢いよく漏れ出す。
「ハハッ、ハハハハッハッハハハ! お笑い草だなァ! おい!」
頭上に響く甲高い声。
嘲笑。
それらは全て自身に対して向けられたもので、決して他者に向けられたものではない。
だからこそ、ここで踏み止まらなければ、これ以上の暴挙を許すわけには、そして何よりもそれが自身以外に向けられるということはそれ即ち自身の死と、同時に敗北を意味する。
「楽に死ねると思うなよ? まずはお前の目の前であいつらを一人ずつ壊す。くくっ、そうして最後にお前だ。おっと、動くんじゃねえぞ? つっても動けやしねえか、かははっ」
ならばそれを否定しよう。
依然として動く全身に力を入れる。
しかし、上から踏みつけられた範囲以外は起き上がろうとするものの、肝心の背中がまるで杭でも打たれたかのように微動だにしない。
むしろ杭であれば無理矢理にでも引き抜けた分、ましであったかもしれない。
「おい、どれでもいい。こっちへ連れてこい」
無情にもショーの開園を知らせる男の言葉。
こちらを待つどころか観客の一人として招待してくれるとは。
反吐が出る。
何に?
全てだ。
こちらを押さえつける男にもそれに屈する自身にも。
嵌められた?
違う。
ロッテンはこちらを見込んで護衛につけてくれたのだ。
では何故彼らはいない?
彼らには彼らの事情がある。
自身の能力不足を他者に擦り付けたくはない。
「きゃっ――や、やめ、やめてくださいッ」
ではどうする?
やめさせる。
とめる。
それだけだ。
「おいおい。暴れるなよ? こっちにはたんまりと人質がいるんだぜ?」
とめるのではなかったのか?
止めようとはしている。
言い訳か?
言い訳だ。
「やめなさい。私が変わる。それでいいでしょ?」
「サラスっ!? だ、だめだよっ! そんなの!」
「なら変わってくれる?」
「そ、それは――」
「ふふっ、冗談よ。さぁ、私を連れていきなさい?」
サラス……。
「団長、どうします?」
「ははっ。面白いな。いいぞ。まずはお前からだ。エルフ」
「サラスっ……」
「ジーナ。心配しないで。大丈夫よ」
「そ、そんなわけ、そんなわけないよっ」
「相手は人間。私はエルフ。まぁ、ただこの人間の好きなようにことが進むのがイヤだっただけよ」
「くくっ、言ってくれるな。だがそれくらいでないと態々変えた意味が無いというもの。その気丈さ、いつまで持つかな? クハハハハハッ!」
「うるさいわね。そんなのアンタ次第でしょ。分かりきったことよ」
「ククッ、確かに。さて、お前は、そうだな……」
「リン。気にしなくていいのよ。私は大丈夫だから」
サラスは笑う。
そして添える。
言葉を本来持つべき意味から逸脱させて。
「まずは――」
「それでもアンタがもし、私を助けたいっていうのなら、それはそれで別に止めたりはしないけどね。ふふっ」
「……おい。俺の言葉を遮ってんじゃねえよクソエルフが。チッ、まぁいいや。お別れの言葉は返さなくていいのかい? リンくん? くははっ」
…………。
「ふっ、お前、リンに相手にされてないみたいだけど?」
「ハッ、くだらねえ。ホントつまらねえ男だな、お前は」
「そう? アンタよりかはエルフの私からみてもましに見えるけどね? まぁ、ほんの少しだけど」
「あーあー、分かったよ! まずはお前の口をそぎ落としてやる。それから――」
「マリア。済まない」
「あぁ!? 何俺の声を――」
「リン!?」
「リンさんいけません!」
最早約束になど構ってはいられない。
まさかこの短時間で破ることになろうとは、な。
右手を左腕の付け根に回し、力を籠める。
それはこれまで躊躇していた殺しへと足を踏み入れるための前準備。
男までの距離は近くて遠い。
手を伸ばしたところでその命までは届かない。
であればその足りない距離――詰めてやる。
ミシリと音を立て、肉の裂ける音がしたと同時、全力で後ろ手に男へとその握られたままの拳を叩き込む。
「遮っちゃってるわ……け……?」
引きちぎった肩から先が男の腹部を貫通する。
それだけでも十分すぎるほどの傷なのは確か。
引き抜けばショック死するレベルの大穴から、向こう側が綺麗に見える事だろう。
「あ……?」
しかし、それで終わりではない。
弱まった力を見て立ち上がり、左腕を男に残したまま呆気に取られる他の賊へと迫る。
「リンさん!」
マリアが止めに入る。
だがそれは、止めに入ったというだけでこちらを止められるかどうかは別問題だ。
当然、止まりはしない。
そして敵にも配慮はしない。
慈悲も無く、情けも容赦もかけない。
残った右腕に拳を作る。
そうして振りかぶり、あと一歩で木っ端微塵というところでジーナがこちらと敵とを遮った。
「ジーナ!」
「リンっ! ダメだよっ……」
「リンさん! やめてください! まだ間に合います! アナタは私を否定しないと言いました! あれは嘘だったのですか!?」
「…………済まない」
「やめてください!」
「リンっ!」
「ダメ、どぅえ!?」
ゴスっと後頭部に何かが当たって落ちる。
「忘れ物。別にアンタがどうなろうといいけど私のために死なれちゃ寝覚めが悪いわ」
「サラス」
「何よ」
「いや……」
「言いたい事があるなら言いなさいよ。別に私はないけど、まっ、アンタが言わないっていうのなら私が代わりに言ってあげるわ」
「……済まない」
「バカね。ホント。アンタはバカよ。それにマリアもジーナも、もちろん私もね」
「中治癒」
「……アイギス。あいつにも頼む」
「やだ」
「ふふっ、それが当然の反応よね、アイギス」
「アイギス」
「アイギスさん、お願いします」
「リン。アンタがマリアとどうしようとどうなろうとアンタの勝手よ。でもね、だからって私とアンタとの間にまでマリアを入れることはないんじゃないの?」
「リン……」
「サラスさん。これは私とリンさんで決めたことですので口出しは遠慮して貰えますか」
「何よマリア。あんなに付きっきりで看病してあげたのにそれはちょっと冷たいんじゃないかしら?」
「それについては感謝しています。ですがそれとこれとは全く別です」
「別? 私にはそんな風には見えないけどね?」
「話す気はありません」
「あっそ。なら私から言うけどね。アンタ、何様のつもり!?」
「……仰っている意味が、理解しかねます」
「そもそもね。ずーっと言おうと思ってたのよ。アンタには。だってそうでしょ? アンタはリンのただの仲間。それ以上でもそれ以下でもない。私たちと一緒なの。それが何? 何かにつけて殺しはするな、助けろ、手を貸せ、守れ? ハッ、片腹痛いわ。ホント。それに従うリンもリンよ。何自分の生き方曲げてまでマリアに付き合っちゃってるわけ? それでいいと思ってるの? やりたいようにやらせて。なるようになるわよ? アンタはね、諦め過ぎなのよ。それはきっと、アンタの最期に関係するんだろうなってことも分かる。でもね、私たちは既に一度死んでるのよ? 一度人生終わってるのよ? そして今を生きてるの。そりゃ、これから先、死ぬ前に体験したことよりもきっともっとつらい事や悲しいこともある。だけどそれ以上に楽しいことや、嬉しい事だってある筈なのよ。それを放棄するのも諦めるのも勝手だけどさ、私は、私はそんなのイヤだし、アンタにもそうして欲しくはないと思ってる」
「押し付けですね」
「そうよ。何か悪いわけ? アンタと同じことをしてるってだけよ」
「サラスさん、貴女がリンさんに何を求めようと勝手ですが、リンさんに殺しはさせません」
「言ってる間にもう死にかけよ?」
「……アイギスさんお願いします」
「……ふふっ、アンタ、アイギスに無視されてるわよ」
「……何が面白いんですか?」
「別に? ただ何でも思い通りにいくと思ったら大間違いよ」
「人が苦しんでいるんですよ?」
「私はエルフだから人間がどうなろうとしったことじゃないわね」
「リン――」
「リンは別よ。人間である前に私の仲間なんだから」
「都合がいいんですね、エルフというものは」
「ええ、そうよ。アナタと同じ」
「……不快ですね」
「あら、奇遇ね。黙ってたけど、アンタのリンに対する態度も傍から見てて相当なものだったけれどね」
「私は――」
「やめてくれ」
剣呑な空気に、それも自身が問題の中心とあればこれ以上言い争って欲しくはない。
だが、遮った以上こちらにもそれ相応の責任が生じる。
ただそれを言葉で解消するのは難しいと言わざるを得ない。
両者が納得し、両者が矛を収め、両者が認める答え。
そんなものは持ち合わせていないし、持ち合わせる予定もない。
であればこそどちらかを立てればどちらかに角が立つ。
マリアの言い分も約束も、サラスの忠告も指し示す未来も。
どちらも自身には重要であって、叶えたくも応えたいもの。
だからこそ、言おうと思う。
伝えようと思う。
そして行動しようと思う。
いままでとこれからと。
そして、今を守るために。




