23、田植えの季節
「あ、あぁ、すみませんね。いやはや、その、物騒な物言いでしたので。つい、すみません」
今にもこちらに飛び掛かってきそうな、明らかに警戒色と敵対の意思をその体に含ませている騎士団の面々に対して、冷静に一人、待ったをかける。
「リーダー……」
それまで大人しく流れに従っていた名前も知らない男からそれでいいのかと最早隠す気も無いのか、それを咎める視線が飛ぶ。
しかし、リーダーと呼ばれた男は眉一つ動かさず、それをまるで最初からないものとして受け流す。
それだけのやりとり。
だが、こちらとしては十分すぎるほどに情報を得られたと言える。
恐らくだが、リーダー、ロッテンは魔王というものについて知っているが答える気はない。
他の面々も同様だろうが、こちらがそれを知っているというだけで武力行使するに値するだけの理由を得ているように見える。
要するにこれ以上踏み込めばということであろう。
であれば、こちらが取る選択はロッテンの現状の態度からしてもお互い聞かなかったということにして別れるのが最善だ。
「いえ、こちらこそ突然すみません。そろそろ仲間も心配していると思いますので自分たちはこれで失礼します」
お菓子から離れないアイギスをお菓子ごと持ち上げては背を向ける。
そうして扉へと斬りつけられるのを覚悟で歩を進め、それも無かったことを確認した後、最後に振り返っては深く頭を下げる。
「今日はありがとうございました」
「いえ、仕事の件、出来るだけ急がせます」
「ありがとうございます。それでは失礼します」
存外にも返って来た答えにありがたいと思うと同時、厄介ごとに巻き込まれなければいいがという十中八九当たりそうな予感が交差する。
だからといって、ここでこれ以上に出来ることはない。
さっさとこの場から退出するのが正解だ。
しかし、考えとは裏腹にこちらの足は動き出さない。
「どうかされましたか?」
こちらを気遣うような不思議に思うような一見そう聞こえるような、いや、事実自分の耳にはそう聞こえる。
であれば、最早行かざるを得ない。
後押しされるように扉へと手を掛ける。
そうして扉を開けた向こう側に現れたのは、こちらを一分の隙なく囲いこみ見据える精悍な兵士たちだった。
「――ロッテン。貴様どういうつもりだ?」
その中の一人がこちらを無視するように部屋の中へと声を飛ばす。
「……盗み聞きとはこれまた行儀の悪いことですね」
「ハッ、その中でも一番を連れ歩いてるお前にだけは言われたくないな」
「おい、口を慎めよこの兵士崩れが」
「おお、おお、怖い怖い。さすがは野良犬。いや、失礼。今は飼い犬だったか?」
「お前……」
「こらこらやめなさいラース。しかし、そちらの無礼にまで目を瞑る気はありませんよ。後ほど吠え面をかかせてあげるとしましょう」
「クッ、クククッ、傑作だな。おい」
「あぁ、兵士と争って傷がつくのはそっちだというのに……哀れなものだな騎士の誓いというものは」
「何も武力に訴えようとしているわけではありませんよ? まぁ、貴方がたには理解の及ばない事。それをわざわざ私の口から伝えるのも野暮というものでしょうからその時を楽しみにしておいてください」
「ハッ、そんなこと言ってていいのかよ? 後で後悔することになるのはそっちだと思うけどなー?」
「……道を、開けて貰えますか? 客人がお帰りになりますので」
「は? ハハハハハハハッ! ここまで来てまだ客人扱いたぁお前もついに落ちるところまで落ちたなぁ! ロッテン!」
「お前――」
瞬間、背後から一息で距離を詰めて来たラースによる素早い一刀が、こちらを押し退ける様にして目の前の男に振るわれる。
対して男は避けようとしない。
目は完全にその動きを捉えているだろうにあえて受ける気でいるようだ。
ただ、ラースの剣の軌道、それを見るに胴体と頭が完全に離れてしまうことは間違いない。
つまるところ相手は動く事なくその一刀を防ぐ方法を持ち合わせているということになるが、どうにも信用ならない。
相手の出方を見てもいいが、万が一ということもある。
要は単純に相手の技量を上回っていた場合だ。
あまり気乗りしないが腕ずくで止める。
「ッ――」
「ラース!」
ロッテンの声と共に付近に血が飛散する。
そうした後に刃の食い込んだ腕を伝っては肘にてその姿を集約し、床へと滴り落ちる。
「テメェ……」
やってくれたなとラースがその殺意の矛先をこちらへと視線と共に向けてくる。
見れば、完全に冷静さというものが失われているであろうことは理解できるが、それでも心地の良いものではない。
「ラース! やめなさい! リンさん! お怪我は!?」
見て分からないのかと問い返したくなるが、今はこちらの都合で話をややこしくしている場合ではない。
事態の収束に向けてロッテンには頑張ってもらいたい。
「ロッテン、やっぱりこいつ本物だよ……」
「ラース!」
ロッテンの声は届かない。
というよりも何故近づいてこないのかそのほうが謎だ。
「ふっ……おいおい、あやうく死にかけたぜ。まさかお前みたいなのに助けられるとはな」
嘘か本当か。
察しの良いジーナなら分かったかもしれない。
「まぁ、いいぜ。これでお前らが俺たちに危害を加えようとしたことは――」
「うるせぇ……雑魚はすっこんでろ……」
そういうラースの目は完全にこちらを獲物として認識しているように見える。
刃のほうも未だ腕から離れる気配はなく、むしろ押し切ろうとその力は先程から留まる事なく強まり続けている。
出血量に問題はないが、このままだと骨を断ち切る勢いだ。
そうなればさすがに治癒ではどうにもならないだろう。
中治癒というものがアイギスにはあるが、相当な負担になってしまうことはマリアで嫌というほど思い知っている。
さすれば――と、蹴りを腹部へと見舞う。
だが、どの程度まで耐えられるのかさすがに理解に及ばないため最悪吹き飛べば距離が取れるなどと考えていたのが甘かった。
「ハッ!」
鼻で笑うようにして軽快にもこちらの腕に乗る剣を支えに飛び上がる。
そのまま空中で一回転。
刃を引き抜き、斬りつけながら更に戻って来た勢いで上段からの振り下ろし。
それもこちらを狙えばよいものをアイギスを巻き込まんばかりの力技だ。
「リンさん!」
ロッテンが叫ぶ。
ここで、この場面で仲間であるラースではなくこちらの名前を呼ぶということ。
それ即ち注意喚起とは別のものだと思って良いのだろうか。
考える時間はない。
相手に最大限の配慮を以ってアイギスを手放した。
「…………うそだろ?」
その声は目の前のラースからではなくその奥の男たちから漏れ出たものだった。
「リンさん……感謝します」
ロッテンからの礼。
「いえ、それよりもラースさんを」
それに短く答えながらロッテンに早く寄ってきて欲しい旨を伝える。
「は、はい。ラース、貴女の負けです。手を……離してくれますね?」
未だその事実を受け入れられないのか剣を握る手には力が込められたままだ。
だがそれでもこちらの両の手の平にて挟まれた剣はピクリとも動くことは無い。
傷を負っている腕からじわじわと血が滲んでは溢れる。
流石にこれ以上付き合ってはいられない。
刃をへし折ろうとしたところで不意にラースの手が離れた。
「はっ、ははっ……なんだよ、なんだよそりゃ。なぁ、おい、なんなんだよおまえはよぉ!」
諦めきれないのか鋭い拳がこちらの頬へと走る。
受けてもいいがそれはロッテンによって遮られた。
「ラース。貴方の負けです」
「……ははっ、名前覚えたぜ――」
ラースは言い終えると力尽きたようにロッテンへとその体を預ける。
気絶したようには見えないが、その脱力ぶりはマリアのそれに酷似しているように見えなくもない。
「リンさん。ありがとうございました。今回の件、必ずお返しします」
妙な言い回しに聞こえなくもないが、いい意味であって欲しい。
悪い意味なら別に返さなくていい。
「皆さん、リンさんのお帰りです。道を――」
ロッテンが振り返り、それまで止める事もなく傍観していた騎士団の面々に対して、その真剣な眼差しを用いては指示を出す。
それに言葉も異議も挟むことなく素早く行動に移したかと思うと、大して体格も力量も変わらないように思える両者の間には明確な差があり、騎士が押し上げ、兵士は押され、見る間もなく包囲は崩れ去り、目の前に人が通れるだけの隙間、道と呼んでも差し支えないものが現れた。
「さぁ、どうぞ」
ロッテン、ではなく、名も知らぬ男がこちらに合図する。
急げ、ということでもなさそうだが、これにあえて乗らない理由も無い。
「ありがとう」
必要ないと言われればそれまでだが、それでも人としての最低限の礼儀は言葉にして残す。
血溜まりに着地したアイギスを優しく拾い上げる。
向かう先は宿。
待ち受けるはサラス。
お互いに真っ赤。
確実に怒られる。
そこまで想定して目が細くなったところで、不意に口へと何かが押し付けられる。
見ればアイギス以外にあるはずもないわけで。
遠慮がちにかじりつく。
甘い。
「お菓子、買って帰ろうか」
「治癒」
アイギスも賛成のようだ。
これでサラスの機嫌が取れるとも思えないが……。
試す価値はあるだろう。
そうして儚い希望を胸に足取り軽く帰路についた。




