22、らしくいこう
「ご存知かもしれませんが、自分は、リン・ディー・ローリング、彼女は仲間のアイギスと言います」
食事を済ませ、案内された先。
そこは街の中心部にほどなく近い兵士の詰め所。
その中でも広さと清潔さ、ついでにそれなりの調度品が備えられたこちらには分不相応な一室であった。
「いえいえ、こちらこそ先程は無礼な真似を致しまして、改めて自己紹介をさせて頂きます。私の名前はロッテン。ロッテン・ヒューズ・マイヤーと申します」
「ロッテンー、そんな気難しい話じゃなくてさー、ちゃちゃっと一言二言話せば済む話だろー?」
「まぁ、待ちなさい。物事には順序というものがあるのです。おっとこちらはラース・ヘンゲル。優秀な私の仲間です」
「へへっ、どうぞよろしく」
「こら、ラース」
「こちらこそよろしくお願いします」
「あ、あぁ、いや、すみませんね」
「ロッテンもういいだろ? 堅苦しいのは抜きにしてよ、騎士団についてならアタシが説明してやっから」
「ラース。やめなさいと言っているでしょう」
「お気になさらずに」
「へへっ、アンタは話が分かるみたいだな。じゃー話すぜ。アタシ達は王国騎士団南方方面地域管理課のまー、分かりやすく言えば何でも屋ってやつだな。今回こそ事後処理なんつー全く面白く無いことやらされてっけどよ、主に実力行使の制圧部隊ってやつさ」
「はい」
「ん? 反応うっすいなー。まぁ、いいけどよ。それで、結構忙しくてさ、人手も足りてないわけよ。それでアンタなら大歓迎ってわけさ」
「ありがとうございます。ただ一つお聞きしたいのですが、街を警備する兵士とはまた違うものなのですか?」
「おうよ。あっちゃ軍でいわばお偉いさん方の手足さ。んでアタシらはあくまで王族に仕えるかなり自由度の高い独立した組織ってやつだね」
「追加で補足するなら権限も一人一人に、役職がつくようであればそれも大きくなります。更に、軍と比べるならば圧倒的に人数が不足しています。それは騎士団に加入するための条件が過酷で厳格なものであるということを差し引いても人材が不足しているということは隠しようのない事実です」
「お話をお聞きしている限り、私のようなどこの馬の骨とも言えない人間が入れるとはとても思えないのですが……」
「私の推薦があれば可能です。彼女、ラースもその筋から加入させました」
「そうですか」
「はい。すぐにご返答頂けるとはこちらとしても思っていませんので、よろしければ日にちを置いて、後日、またその機会を設けるということも可能ですが……すみません。私共先にも申したと思うのですが、それなりに多忙を極めておりまして……」
「はい。こちらから出向くということであれば問題はありません」
「話早いねー。もっと突っ込んだ話するなら、そこのお嬢さんも他のアンタのお仲間さんも一緒に加入する分には何の問題もないよ。給料はまぁまぁってところだな。安くはない。活躍すれば褒章もある。ただ休みってのはほとんどないと思ってもらった方が良いね」
「騎士団に所属しているというだけで様々な施設や街、地域でかなりの優遇が受けられるということも追加しておきます」
「それは魅力的ですね」
特に金銭面でかなり得をしそうだ。
脳内で一度話を整理してみる。
こちらは金に困っていて、金が早急にと言わないまでも必要だ。
騎士団への勧誘は嘘か真か、それは置いておいても断る理由などないほどに願ったりかなったりと言える。
まず、金、次に衣食住、それらが全て保証されている上に責任も伴うが必要かどうかはさておき権限、更には詳細は省かれているとはいえ好待遇と言えるものを所属しているというだけで半ば永久に受けられる。
では逆に。
騎士団に入る事で生じるデメリットとは何か。
自由とは言っていたが、組織である以上それ相応の制限がかかると言っていい。
それは現在と比べれば不自由と言えるレベルかも知れない。
次にサラス。
この世界に来てからというもののサラス以外にエルフを見ていない。
人間が作った社会の構造にエルフを冷遇するものはあっても優遇するものがあるとは考えられにくい。
街の人々の反応を見る限りではそのどちらも感じられないが、騎士団という国の根幹がそうであるとは限らない。
次にマリア。
実力行使の制圧部隊と言ったが、必ず衝突する。
もっと言えば自分は殺しが、いや、殺しをしない。
それをよしとするかどうかは分からないが、仮に容認されても要求される時は来る。
もしそうなってもこちらは断らざるを得ないが、現騎士団の誰かが死ぬことにでもなれば自ずと追及の手はこちらに集まってくるだろう。
それが早い時期に来るか、遅い時期に来るかはまるで予想しようにも情報が足りなさすぎることは明白で、出来たとしても正確性に絶対はない。
むしろそうなった場合を考えれば、それまでに得るであろう利益よりも不利益のほうが大きいように思える。
では自身の場合はどうか。
正直どちらでも良い。
環境が変わるだけでそれ以上でもそれ以下でもない。
可もなく不可もなく。
むしろ金になるというのであれば、自身一人だけでその世界へと飛び込み、折を見て脱退というのがベストな気さえする。
ただし、脱退に際して過度な制限が無ければの話だが。
「随分と考え込んでるじゃねーか。二つ返事とはいかなそーだな。ならよ、そっちの嬢ちゃんはどうよ?」
「やだ」
驚くほど早くその二文字はアイギスの口から出て来た。
自分でもまさかアイギスが他人に、しかも先程会ったばかりの者に口を開くとは。
だが、だからこそその言葉に嘘はないと、意思は堅いと率直に理解出来る。
「おいおい、即答かよ。容赦ねーな。まっ、こっちとしちゃアンタが本命であることには変わりねーしな。また後日ってことでいいんじゃねーか?」
そろそろ時間というわけでもなさそうだがやることはいくらでもあるのだろう。
これ以上この場で待たせても意味はない。
しかし、こちらの答えも幸か不幸かたった今決まった。
「いえ、その必要はありません。今回のお話ですが――」
「あー、ちょっと、待ってくれるかな。その続きはまた次の機会にでも聞くことにしよう。心変わりというものがあるかもしれないからね」
「次の……機会ですか。分かりました」
「おいおい、そりゃちょっと手間じゃねーか?」
「いやいや、こちらは急いでいないし、いつでも大歓迎だということさ。それに次の機会と言っても今の答えをわざわざ時間を作って聞くわけじゃない。言っただろう? 人間、心変わりすることもままあるということさ」
「つまり次会う時は仲間ってことだな? よっしゃよろしくな」
言って立ったままの状態でこちらへと手を差し伸ばしてくる。
それを断るのは容易とは言えないが、握っておくのも悪くない。
「こちらこそ、機会がありましたらよろしくお願いします」
「へへっ、その言い方じゃ次がないように聞こえるぜ」
しまった、とも思えない程に事実なのでそれとなく苦笑いというものを浮かべてみる。
「ははっ、いいんですよ。私は貴方のような方こそ騎士団に相応しいと思っています。では、そろそろ。お忙しい中こちらの都合にお付き合い頂きありがとうございました」
「いえ、こちらこそ長々と答えも出ないままお引止めしてしまって申し訳ありません」
それでお互いに席を立つ。
ただ、そこで終わりではない。
むしろここからが本番と言える。
「あの、一つ、いえ、二つほど、少しよろしいですか?」
立った後に聞いたのは立ち話で済むような話だからというのもあるが、なによりも形式ばったものではないということや戯言という部類のものでもあるからにして、聞き流してくれるならそのほうがいいと思ったからだ。
「えぇ、勿論です。私で良ければ、ですが」
「ありがとうございます。実は……先の件で二十金貨ほどの借金を負いまして、良ければ仕事を紹介して頂きたいのです」
「あ? おいおい。お前あんだけのことしておいて金払わされてるのかよ」
「成程……。それで私たちに、ですか」
「は? いや、いやいや。何が何だか分からないけどよ。組合だろ? アタシがちょちょいと言ってやろうか?」
「それは……」
「望むところではないと言ったところでしょうね。分かりました。ただ、こちらとしても今すぐにとはいきませんので早ければ一日。遅くても三日程度はかかると思います。もし、早急にとのことでしたらこちらで立て替えることも不可能ではありませんが、どうされますか?」
「ありがとうございます。ただ、騎士団に入らざるを得なくなりそうですので建て替えの方はお気持ちだけ頂いておきます」
深く頭を下げ感謝の念を言葉だけでなく、態度でも示す。
「いえいえ、そのような。組合の件、何となく察しがつきますので。それで二つ目とは何でしょうか?」
「はい。魔王、というものをご存じですか?」
その瞬間、室内の空気が急激に冷え込んでいくのを感じた。
騎士団の面々からは先程までのこちらに対する好意的な感情、その一切が消え失せている。
そんな中でも自然とアイギスを背に回す辺り、自身の職業は言い得て妙。
よく表しているなと思う。
まぁ、それでもアイギスはアイギスで、未だに席を立つことも無く、出されたお菓子を現在進行形で口へと詰め込んでいるわけなのだが……。




