20、金は天下の回りもの
「もうなんというかそういう星の下に生まれたとしか思えないわね」
サラスがジトっとした目をこちらに向ける。
「いや、うん。まぁ、うん」
何とか言葉にしようと思うもうまく形を成さずに歯切れの悪い音だけを残して消えて行く。
まさか、というよりも今回の一件、いや攫われた分も合わせれば二件なのだが、逆に金を要求されるとは思わなかった。
ただ、その内訳というのは理解出来得るもので、身寄りのない者達の搬出、その後の治療費、斡旋、街中での戦闘行為に因る器物破損、損壊、それに連なる修理費に慰謝料。
正直最後の一つは請求する相手が違うだろうとも思うがそれはそれで致し方のないことかもしれない。
であればこそ、後ろ向きに物事を考えるのではなく、これからのことを前向きに考えて行くべきだと思う。
「それにしても二十金貨ってちょっとどころか完全に足元見られてるわよね」
「うーん、でもあながち間違いでもなさそうだよー?」
まだ本調子とは言わないが、ジーナも一夜明けて、大分顔色が良くなった。
話を聞いた限りでは抵抗せずに大人しくついて行ったため何もされていないとのことだが本当かどうか、それは実際のところ判断がついていない。
というのも証人である筈のアイギスは早々に姿を消していたらしく、マリアは言うまでもなく意識を失っていた。
捕らえた者達に詰め寄ろうにもこちらとあちらの事情聴取が先で結局会えずじまい。
囚われていた者たちも同様に治療や聴取が先で金銭を要求してきたわりにはその距離間は非常に遠い。
そんな中で唯一分かっているのは攫われていなければ戦火に巻き込まれていたという事実だけ。
それだけは非常に幸運だったと言える。
いや、結局は入れ違いという際どいタイミングだが間に合っていたわけで、更に言うなら自らその戦火に飛び込んでいったため結果としてだけ見れば巻き込まれてもいるわけで。
「何? ジーナ、アンタもしかして組合の回し者?」
「ちっ、ちがうよー。ただ、ぼくも気になって組合が立て替えてる明細を見せてもらったら十八枚ってところだったからさー、利子を考えれば妥当かなーって」
「ぶっ! あいつら利子一割も取ってるの!?」
「サラスーお下品だよー?」
「下品なのはあいつらでしょ! こっちは身どころか骨まで削る勢いで解決に尽力したってのに……あー! もうっ、リンっ。今後あいつらに協力しちゃだめよっ」
「それは別にいいけど、金はどうする」
「ないなら稼げばいいのよ!」
「どうやって」
「……殴られ屋?」
「儲からんぞ」
「やったことあるの?」
「需要ないだろ」
「……じゃぁ……ジーナ。何かあるでしょ。ホラっ」
「んー……普通に働けばいいんじゃないかなー?」
サラスのいわゆる丸投げに一頻り考えては至極真っ当な答えを出すジーナ。
「えー、嫌よ私。人間に扱き使われるなんて」
「うーん、でも他に方法なんてそんなにー、リンはどう思うー?」
「アイギスとマリアとサラスに無理はさせられない。ジーナも病み上がりだ。一人で稼げる額はしれてるが、それでも歩合制の肉体労働があればそれなりにすぐ返せると思うよ」
「それよっ!」
「さりげなく皆を除外する辺りリンらしいかなって思うけどーっ」
「ん?」
「僕は別に病人じゃないんだよ?」
「ジーナにはいつも助けられてるからね」
「だから?」
「いや……いつもジーナにばかり負担をかけてしまっているから」
「それで?」
「……」
こわい。
何と言うか、何と言えばいいのか、恐怖とは違う、別の怖さに恐ろしさ、寒気、得体のしれないものを前にした時の様な体が凍り付いて行く感覚。
目を合わせられない。
顔を見られない。
今すぐ逃げ出して布団にくるまりたい。
そんな衝動にかられる。
「リン?」
近づいてくるジーナ。
「どうしたの?」
距離を詰めてくるジーナ。
「何か言いたい事があるんでしょ?」
ないです。
「そっかー! うんうん。リンは可愛いなーもーっ!」
何故か声にならなかった声が伝わり、抱き着かれてはよしよしなでなでされる。
「はいはい。もういいでしょ、そのくらいにしてあげなさいよ」
「えーーー、でもリンってばちゃんと言葉にしないと全部自分でなんとかしようとするんだもんっ」
「それで出来なきゃ問題だけど出来るんだから別にいいんじゃない? って私は楽したいだけなんだけどね」
「悪い事じゃない」
「まっ、それはそうでしょ。アンタは私の仲間なんだから養うのは当り前よ」
「わーっ、リンっ? 僕は共働きでも全然問題ないからねっ?」
「ありがとうジーナ。とりあえず仕事、探してくるよ」
言って毎度の如く囲んでいる小さな卓を前に立ち上がる。
「あっ、ぼくも――」
「アンタは留守番よ。流石に昨日の今日で出歩くのは止めた方がいいわ」
「えーっ、でも別にそれを言うならリンだってー」
「リンは良い方にぶっ飛んでるからいいの」
「えーーー」
ジーナはぶつくさ言いながらも自分の事は自分が良く分かっているのか、それ以上反対したりはしない。
それはとても良識的な判断だと思う。
「サラス、後は頼んだ」
「いちいちいいわよそういうのはもう。さっさと行きなさい」
「リンっ、気をつけてねっ」
「ありがとう。行ってくるよ」
ジーナの優しい笑顔とそっぽを向いたサラス。
両者に見送られながらベッドにて引き続き休息を取っているマリアに視線を向けた後、自身の横に然も当たり前のように立つアイギスへと目を向ける。
「アイギス」
名前を呼ぶが視線は合わない。
それどころかどこから持ってきたのか、あやとりという遊びに一人、興じている。
「……仕方ないか」
「何が仕方ないよ。もうすっかりアンタに懐いちゃって。アイギスは私のよ?」
「サラスのものでもないでしょっ。それに人をもの扱いするのは冗談でも良くないよっ」
「それは……そうね。ごめんなさい、調子に乗ったわね」
「ううん。ぼくこそ偉そうな事いってごめんなさい」
「……さっさと行きなさいよ」
「そ、そうだよ、リンっ」
僅かな沈黙のあと、追い出されるようにして正しく追い出される。
「……」
横を見ればアイギス。
未だ変わることなく輪になった紐に夢中だ。
それでアイギスを抱えようとして、ふと押し留まる。
少しは運動した方が良い。
そう考えて歩き出す。
対して何も言わずにただついてくるアイギス。
やっぱり前を見ていないと危ないので腕に抱える事にした。
はて、注文通りの仕事が見つかればいいが……。
嫌がるそぶりも見せず受け入れるアイギスと共に、のどかな日差しの下へ――宿を後にした。




