17、いわゆるイニミニマニモ
「ジーナ!」
組合に飛び込み、勢いそのまま自室の扉を開け放つ。
しかし、当初から理解していた通りの展開。
そこに人影はなく、ただ、あざ笑うかのように扉とは反対に位置する窓が開け放たれたままの状態で放置されている。
部屋の中に気配がないことを肌に感じ、踏み入れる。
様相はと言えば、特に変わったところ、荒らされたような形跡もなく、ただ、ジーナとマリアとアイギスがいないだけだ。
隅へと置かれた鞄へと近づき、手を伸ばす。
持った感じは然程重く無く、開いて確認するも中身に変わりはないように思える。
「見てないらしいわ」
遅れて扉から声がかかる。
サラスには時間の短縮と安全を兼ねて組合の職員たちにジーナたちを見かけていないか聞いて回ってもらっていた。
「そうか。こちらも手がかりは無さそうだ」
「そう……」
サラスが残念そうに視線を逸らす。
鉱山からの追っ手は巻いたが、行先は同じ、いずれこちらが見つかることは明白であるし、追い付かれるのも時間の問題だ。
鞄を元の場所へと戻し、危険を承知で開け放たれた窓へと近づく。
そうして、ゆっくりと顔を覗かせた。
「……案の定何もなしか」
見た所あからさまに分かるような形跡も足跡残っていない。
これ以上の捜索は困難だ。
「サラス、時間はかかるが追っ手を探して居場所を吐かせるか追跡するしかない」
「何か手はないの?」
「他に思いつくところで地下闘技場の運営者かそれを取り締まる街の管理者、そのどちらかを押さえれば可能性はある」
「居場所は分かってるのね?」
「何となくだが、分かる。ただ、殺すことが出来ない以上、脅しにも制限と時間がかかる。それでいて知っているという保証はない。もっというなら追っ手とは違って事を構えればこの街にはいられなくなるかもしれない」
「で? 長々言ってるけどアンタ的にはどうなの?」
「試す価値はある」
「ならさっさと行くわよっ」
サラスがこちらへと近づいてくる。
窓から行こうという腹積もりらしい。
その思いに応えようと先陣を切って窓から飛び出す。
続いて周囲を警戒しながらも飛び出たサラスを受け止める。
「リン」
まるでこちらに気配を感ずかせずに近づいたその者は確かな声色でこちらの名前を呼んだ。
「アイギス――」
艶やかな銀髪を風になびかせながら気が付くとその者はそこに居た。
受け止めたサラスを大地へとおろす。
「アイギス、良かった。他の二人はどこに?」
「あっち」
言葉少なにアイギスは指差す。
それで分かるのは方向だけだ。
「アイギスううううう」
サラスが良かった良かったと力任せに抱き着いてはその存在を確かめる。
「アイギス……」
名前を呼ぶ。
そこで初めて今まで決して合う事の無かった視線がようやく交差した気がした。
「行こうか」
ただ、一言、考えた末に言葉が出る。
本当はもっと何故一人だけ無事だったのか、他の二人はどうなったのか、相手の特徴、所在、人数、様々なことを問い質したいところだが、アイギスはアイギスだ。
彼女があっちに居るというのならば、その通りなのだ。
最早、信じる信じないではなく、そこに居なければおかしい。
アイギスが声を出すというのはそれほどのことであり、何物にも代えがたい重みというものがそこにはある。
「うん」
対してアイギスも短く答える。
「サラス」
いい加減にしろと引き剥がしにかかるが何故かアイギスに頬擦りしながら睨まれる。
むやみやたらに手を出せばかみつく。
そう言わんばかりの目だ。
だが、現状そうもいってられない。
噛みつかれるぐらい何の事はないと手を伸ばし、引っ込める。
「……」
間一髪、噛みつかれるところだった。
「仕方ないな」
こうなった原因とサラスの胸中を察しては方針を転換。
アイギスとサラスを引き離すことをやめ、二人して前面へと抱え込む。
「し、視界が……」
ほとんどない。
どうかしている。
自身でもそう思う。
だが、もうしてしまった以上仕方ない。
アイギスの指し示した方向へと足を踏み出しては、二歩、三歩で駆け出す。
「サラス、グロスを迎え入れたのは自分だ。気にするな」
それとなく、視界が広くならないかとサラスの胸中を察しては極力控えめに言葉をつなぐ。
「リン、肩が良い」
返ってきたのは予想に反してアイギスの要望。
サラスは未だ夢の中。
一度立ち止まっては、肩の上へとアイギスを移動させ同時にサラスも反対側へ。
「落ちないようにな」
走ると揺れる上に高さも相まって危険。
もっと言えば腕と違い、掴まれる場所も頭ぐらい。
不安定なその場所に座る二人へと注意喚起する。
そうして、再び走り出す。
路地、雑踏、隙間、壁、高低差、それらを可能な限り無視して、その方向へととにかく純粋に真っすぐに。
ついにはようやくたどり着いた筈の街さえ抜ける。
道を外れ、森に。
整備されていない道。
悪路、傾斜。
木々を抜け、水源を横目に野生動物たちとすれ違う。
「ん?」
不意に微かな匂いを鼻に感じ取る。
何かを燃やしている匂いだ。
隙間から上空を見上げるも、煙が上がっているようには見えない。
であれば人の手がそこに入っていることは確実。
速度を落とす、気配を探る。
「……居るわね」
サラスもようやくその匂いで冷静になる。
「アイギス」
「それ」
アイギスの言葉は実に分かり易い。
加えて余計な手間がない。
「サラス」
「分かってるわよ」
緩めているとはいえ、走っている状態の肩から難なく着地する。
その身のこなしは実に見事だ。
サラスが後ろにつく。
「見えたぞ」
言うまでもなく気付いているだろうが、あえて言葉に出すことで気を引き締める。
「洞穴ね……手は?」
答えるまでもなく二つある。
片方はアイギスを支えるのに使用しているが、瞬間的になら問題ない。
サラスが聞きたい事はそういうことではないだろうが。
無言で突っ込む。
それを答えと受け取ったサラスも合わせるように森を抜け、洞穴の前へと躍り出る。
「――ッ!?」
かなりの音を出していたが寸前まで気付いていなかったのか二人の見張りが目を見開く。
硬直している体を前にこちらは躊躇なく踏み込み、顎へと拳を走らせる。
それで終わり。
結末を見届けるまでもなく洞穴へと進入。
内部は地下闘技場と同じく、一定間隔ごとに配置された明かりのおかげでそれほど不自由せずに先を目指せるようだ。
直後、何かがこちらへと飛んでくる。
避けるとサラスに当たりかねないので負傷覚悟で掴む。
矢。
深く考えるまでも無く矢だった。
アイギスに当てられても困るので元の持ち主へと投げ返す。
数秒後、低いうめき声が暗闇から漏れたが無視して通り過ぎる。
「うらぁッ!」
続いて剣士による上段からの振り下ろし。
本人にそのつもりはないかもしれないが、不意をつくならせめて声は出すなと言いたい。
手で払いのける。
そのついでに伸ばした腕で首を刈り取る。
一瞬の衝撃の後、反発するように仰け反り、頭部が大地へと接触。
意識は消える。
その繰り返しのような作業を数度。
目的地である最奥へと辿り着く。
「よお、来ると思ってたぜ、リン」
知った口調で知った顔が言う。
だが、それに付き合う気はない。
男との距離を詰める。
「おっと、それ以上近寄るなよ。大事な商品が傷ついちまう」
力無く瞳を閉じているジーナを余所に、まるでものを扱うかの如く髪の毛を掴んでは、分かり易く首筋へと刃物を押し当てる。
対するこちらの選択は無視だ。
「おいおい、こっちは冗談じゃねえんだぜ?」
無視。
「チッ、じゃあ死ねや」
無視できない。
ここまで詰めて来た残りの距離を一息で縮める。
目標は男の持つ刃物。
深く食い込む前に寸でのところで間に合い、掴む。
「あ?」
流れる血などいとわず力任せに奪い取り、握ったままの状態で男の顎へと一撃。
倒れない。
二撃。
倒れない。
三撃。
ジーナの髪の毛から手が離れる。
四撃目。
側頭部、こめかみへ。
揺れる。
五撃目。
必要無かった。
「サラス!」
「治癒っ!」
ジーナへと飛び、即座に首筋を確認。
傷口は塞がり、後には流れ落ちた血の跡が残るのみだ。
「……おいおい。簡単にやられやがってグロスの野郎……」
一連の流れを黙って見ていた男たちが動き出す。
「サラス!」
「分かってるわよ!」
寄って来たサラスにジーナを預ける。
「女はいい。男を殺せ」
「了解――」
五人……鉱山内部で鉢合わせた数と一致する。
「サラス、頭を低く」
「死ね――」
今度は三人とはいかない。
五人同時にこちらへと迫る。
幸いなのはサラスとジーナを標的として据えていないことだけか。
武器は……確認するまでも無く全員刃物。
一度防いで見せた以上当たり前の選択と言える。
「――」
五つの刃を見極める。
どれがこちらに致命傷を与え、どれなら耐えられるか。
選び取る。
そして、短い間隔、ほぼ同時と言っていい中、それは自身の体へと突き立った。




