15、楽しいサムシング
「こっちよ」
明かりもなしに自身の感覚だけで前を往くサラスが迷い無く先導する。
場所は鉱山内部。
街からそれほど離れていない場所に存在しているが、爆発からの影響でかそこへと辿り着く交通の手段がなく、大きく迂回しながら徒歩で向かうはめになってしまった。
そのためかなりの時間を移動に費やしてしまったが、それでも尚、鉱山に沈黙の気配は全くなく、むしろ未だその始末と言うよりも対処に追われているような状況だ。
「……サラス、体は大丈夫か」
ただちに異変を来すほどでは無いが、それでも異常な空気と粉塵がこの場を支配していることは紛れもない事実。
自身を基準にして考えていてはサラスが死にかねない。
「大丈夫よ」
そんなこちらの心配をよそに、当人からは全く問題ないといういわば確信めいた答えが返ってくる。
それを信じてよいものか悩まずにはいられないが、それでもここまでサラスが自主的に動いている以上何かしらの根拠というものがそこにはあるに違いない。
自己管理もそこに含まれていればなんら問題のないことだ。
だが、全てを鵜呑みにしていいほど事は単純ではない。
信じたうえで死なせてしまってはもとも子もないのだ。
「分かった」
短く返す。
ただ、そこには今はという極々決められた範囲内であることを内包させる。
何かあれば、すぐに引き返す。
そうでなければ三人で帰るどころか一人になりかねない。
「……何を勘違いしているのか知らないけれど、何も問題ないわ。手段を持ち合わせているもの」
「そうか」
先程と同じだ。
信じるが、その根拠は事実であって真実ではない。
言葉の上では納得を示す。
「……それにしても死体が多いわね。ここの鉱山は何をやってたわけ?」
最初こそ、どこどこに何があるから気をつけるようになどと言いあっていたが、最早そのやりとりは存在しない。
途中からお互いにそれが不要であるということに気付いたからだ。
しかし、こちらにはサラスのような全体を把握し、グロスの行先を推測してはその見えない背中を追うなどという芸当は不可能。
因って、サラスが先導し、こちらが追う形に落ち着いている。
「さぁな。ただ、自分が見たことのある鉱山はこんな風に出鱈目に掘り進んではいなかったように思う」
自身の過去の記憶をもとに、しかし、ここにそれが通用するとも適用されるとも当然思っておらず、参考程度にでもなればと発言する。
「そんなのは分かるわよ。そうじゃなくて、ここの管理体制っていうの? 監督の仕方っていうの? ちょっと杜撰? その後々の対処にしてもね」
「その辺りについては分からないが、確かに雑だということには賛成できるな」
「まっ、そのおかげで入り込むことも出来た訳だから良かったと言えばよかったわけだけど」
「……エルフってのは随分と身体能力がすぐれているようだな」
口元に布を巻きつけていることと、粉塵や爆発の影響でか、かなり息苦しさを感じる。
それも動きながら会話をするとなればそれなりの負担は強いられることとなる。
「基本的にエルフは人間に劣ったりしないわよ。上位互換とも言わないけどね」
そこには一緒にしないで欲しいという明確な意思が込められているように感じた。
「それでも唯一エルフの欠点を上げるとするなら、人間のその繁殖能力だけは賞賛に値するわね」
「……深く突っ込まれたくないなら悪意を籠めるような言い方はよしたほうがいいぞ」
「あら? そんなことアンタはしないでしょ?」
「信用するのはいいが……向き不向きというものがあってだな」
「いいじゃないここでくらい。アンタぐらいしか言える相手もいないんだから付き合いなさいよ」
それは信用や信頼とはまたべつの打算的な大人としての対応を求めていると言ってもいい。
ただそれは同時にジーナやアイギス、そしてマリアには出来ないということを表してもいる。
「……アイギスはまだしもマリアやジーナなら問題ないと思うがな」
「ダメよ。アンタは別にいいけど、他の子たちに気負わせることないでしょ?」
「お前がそれでいいならいいが……」
「別にあの場所で最後まで残ってたアンタにそこまで期待してないわよ」
「自虐は結構だが、この場に居ない他者を巻き込むのはどうかと思うぞ」
「事実でしょ? 皆どこかしら難を抱えてる」
「そう言えばあの場に居た他の奴らにはまるで会わないな」
「何? 気を遣ってるの?」
「聞かれたくないなら……いや、話したくないなら振るな」
「ふふっ、アンタはほんと素直ね。でも別に今なら話してもいいわよ?」
サラスは足を止める事無く、そして、その事に対して気に留める様子もなく、ただ、聞けば答えるというある種の選択権をこちらに渡してくる。
そこに嘘はないということは何となく分かるのだが、本気で話したい、話そう、と自ら思うのであればそうする必要性は全くないように思える。
それでも尚こちらに対してそう接してきたということは……いや、いくら憶測を巡らせたところで真実に行き着くことはないだろう。
憶測は憶測にすぎず、それで相手を推し量るのは本人を前にしている今するべきことではない。
知りたいのならば聞き、知りたくないのであれば聞かない。
最善こそ分からないが託すというのであればこちらもそれに従うまで。
「遠慮しておく」
そうしてただ、短くそれでいて簡潔に断りを入れた。
「っそ。まぁ、でもジーナなんかは何となく察しがついてると思うけどね。アンタほど壮大な話ってわけでもないし。どこにでもありふれた、そんな話よ」
「サラス」
「何?」
「……」
声を掛けておきながら直前で言葉を失う。
どうするべきか、どれが正解なのかまるで分からなくなった。
つくづくこういう時に返す言葉が見つからない自分に対してもっと人と触れ合っておけば良かったと実感する。
戦場ではおおよそ肉体で語り合うだけで言葉も碌に交わせなかったからな……。
いや、これはただの言い訳か。
「何よっ、話しかけておいてそれはないんじゃない? って私はそこまで鈍感じゃないからね」
「……先を急ごう」
返ってきたのは微かな笑い声。
ただそれは決して馬鹿にしたようなものではなく、ただ単に楽しんでいるかのようなそんな明るげなものだった。




