14、まだはもう
「……大きな戦争があった。だが、自分には関係ないと思っていた。それで、その日もいつものように畑を耕していた」
「へー、リンは農家だったのー?」
「そんな感じかな」
「……いちいち突っ込んでたら終わらないわよ」
「えー? サラスは興味ないのー?」
「別に……」
「ふふーん。サラスは素直じゃないなーもうー。リンっ、つづきつづきー」
暗いサラスの分までもとことん明るいジーナ。
首を縦に振っては過去へと思考を巡らしていく。
「自分の住んでいた場所は辺境でね。午後から近くの村に収穫物を売りに行ったんだ」
「そこで敵兵に会ったんだねっ?」
「いや、その逆で味方の兵に会ったんだ」
「惜しいー」
「うん。ただ、今までたびたび見かけてはいたんだけど、その日は異常な程に数が多かったんだ」
「近くまで敵が攻めて来てるってことかなー?」
「自分も最初はそう思ったよ。ただ、現実はそうでも無くて、何でかっていうと徴兵するために来てたわけなんだ」
「あー……」
ジーナが困ったようなどうしようもないようなあちゃーという表情に様変わりしていく。
察しの良いジーナのことだ。
それの意味するところを理解したのだろう。
辺境に軍隊を寄せてまでの逃げ場のない徴兵。
それの意味するところは、国がもういつ敗北しても可笑しくない様な窮状であることを自ら誇示しているに等しい。
「それで、仕方なく家を出て兵士になったんだ。ただ、その先で待ち受けていたのはただの一方的な虐殺で、正直何故止めないのか不思議に思うくらいだった」
「国は……納得したかったんじゃないかしら……」
「後々考えてそれに気づいたけど、まぁ、答えは出なかったね。その時にはもう終結してたから」
「人間のやることに善悪なんてないわ。ただどうしようもなくそういう生き物なだけよ」
「それを言っちゃったらおしまいだよー」
「お前と同じことを言っている奴がいたな。敵国だが」
「同じ人間でしょ?」
「不毛に思うか?」
「別に。ただ愚かだというだけよ」
「そうか。そうだな。まぁ、もう言うまでもなく、その場で自身に人殺しの才能があることに気付き――気付かれ――気付いたら相手国の首都を血に染めてた。全くその通りだな」
「リンっ――」
ジーナに名前を呼ばれて顔を向けると視界が優しく包み込まれた。
「……ジーナ。ありがとう。でも、大丈夫」
ジーナの温かさがこちらへと伝わり、その代わりにこちらの冷たさがジーナへと向かう前に引き剥がす。
しかし、ジーナは思いのほか離れようとせず、結局視界は開かれることなくそのままの状態で落ち着いた。
「……アンタも色々苦労したのね」
サラスのこちらを気遣う言葉。
しかし、話しはまだ終わりではない。
「そうでもないさ。最後は皆に見守られて逝けたんだからな」
「アンタ――」
ジーナの力が強くなる。
それ以上は言わなくていいと言わさないという意思が形となって伝わってくるようだ。
「ギロチンさ。今でもというよりつい最近の話だからな。こっちを見ていた奴らの顔の表情までしっかり覚えてるよ」
「……死して人は英雄になるっていうわ」
「なら英雄は死んだら何になるんだろうな」
「――っ」
サラスまでこちらに因ってきては手を握ってくる。
人間嫌いであろうに、酷く無茶をする。
「大丈夫だから。気にするな。納得の上での死だぞ」
「全然っ……全然そんなの……そんなのよくないよっ……」
ジーナは泣いているのか。
視界も頭も動かすことが出来ないためにその表情をうかがい知ることは出来ないが、どこか感極まっているようでもある。
「……リン。私……鉱山に行こうと思うの」
サラスが何を思ったのか、どう心変わりしたのかは分からないが、言葉をゆっくりと紡いでいく。
「多分、あの人間は盗みにいったのよ……」
「……サラス。話しが見えてこない」
「……死人からね……。でも、今鉱山の中はガスで一杯。もう死んでるかもしれない」
「何だ。そういうことか」
それで理解する。
こちらを止めた理由。
こちらへ問うた理由。
言うのを躊躇った理由。
その全て。
「優しいんだな」
「違うわ……ただアンタに簡単に死なれちゃ困るってだけよ」
「分かってる。それで? どうする?」
ジーナにそろそろと背中に手で合図する。
「やだっ……」
放してくれない。
「ジーナ」
「やだっ」
「ジーナ」
「やだったらやだっ! きっと今手を離したらリンはまた無茶するもんっ!」
「ジーナ」
「やだっ」
「ジーナ」
「ジーナ――」
サラスが加わる。
「もうっ! 二人してずるいよっ! そんなっ……僕が悪者みたいじゃな――」
「それは違う」
「ジーナ。アナタはアナタがおもうことをやりなさい。私は私の思う事をやる。そこに善悪なんかないわ。ただ、私はアナタに死んでほしいとは思わない。いいえ、違うわね……。思えなくなってしまったんだわ……」
サラスは自嘲気味に続ける。
「本当に……どうしちゃったのかしら。自分でもたった一日や二日程度でこんなにもあなたたちのこと……笑っちゃうわよね。私はエルフだってのに」
「ううんっ、ぼくもそうだよっ。みんなの事、リンにサラスにアイギス。それにマリアも含めてすごい大切でっ。死ぬ前のことなんてもうどうでもよくなっちゃうくらい楽しくて……」
「あなたは人間だから……」
「違うよっ! そのっ……エルフとか人間とか関係なくて……僕はサラスだから好きになれたんだよ?」
「ふふっ、それ、告白みたいよ」
「えっ、いやっ、そのっ、ちがっ、くはなくて……でも――」
「ジーナ。そろそろ放してほしい」
「……リーンー?」
「ふふっ、もういいでしょっ。ジーナ。後の事はお願いできる?」
「ぶーっ。もうっ、いっつもこんな役回りー」
「まだ二日よ? でもいつも感謝してるわ」
「むーっ、まっ、うんっ。でも、二人とも無事に帰ってきてよねっ?」
「任せといて」
「帰るときは三人かな」
そうしてようやく解き放たれた視界の先で、まず最初にこちらを射止めたのはジーナのとても嬉しそうな笑顔だった。
グロスとの約束の時間までまだまだ半日。
たっぷりと時間はある。
ここからが正真正銘の本番。
踏ん張りどころだ。




