13、人の話は最後まで
「それで? あんたらはのこのこ帰ってきたわけ?」
組合の宿。
その一室。
簡易的な卓を挟んではサラスが興味なさげにアイギスの横へと陣取る。
押し退けられるようにしてジーナとグロス、そして自分との距離が狭まる。
六人で使用する目的で作られていないため仕方の無い事だと言えばそうだが、それにしても如何程なものか。
チラリとベッドに目をやるとマリアの寝顔が別れる前より幾分か安らかで自分たちが今置かれている状況がどうでも良くなってくる。
「ででで、でもねっ!? 僕らが悪いというよりはねっ!? ねっ!?」
ジーナがサラスに取り繕うが、当の本人は涼しい顔でこちらの心の臓をついてくる。
「別に責めてないわよ。ただ、自業自得だとは思ってるけどね。これに懲りたら賭け事には今後一切手を出さない事ね」
「うっ、うん。でも、その……ねっ?」
ジーナが助けを求めるようにこちらへと目線を送ってくる。
「まぁ、正直タイミングがタイミングなだけに運が悪かったじゃ説明できない。嵌められたとみていい」
「別にそんなことどうでも良いわよ。結果、アンタらは有り金全部持ってかれた。後にも先にもそれだけよ」
「で、でもーっ!」
「いいんだ……」
頭を抱えるグロスを気に掛けながら話すジーナに対してもう終わりだとグロスは消え入りそうに呟く。
「今回のこと……正直に全部話すよ。何故俺が借金までして賭け事に手を出したか」
「いいわよそんなこと。聞いたってどうなることでもないし」
「さ、サラスっ」
「そうか……そうだよな……へへっ、すまねえな。巻き込んじまって……」
「用が済んだなら帰れば?」
「サラスっ! グロスさんの事情を聞いてからでもねっ? 遅くないでしょ?」
「別に。どうでもいいけど。ただ、話すならさっさと話しなさいよ」
「……俺は――」
「他に当ては?」
話の流れをぶったぎるように突っ込む。
「り、リンっ?」
「正直、返済までの時間がない今、サラスの意見には賛成だ。賭け事じゃ早々に上の介入があって一度の払い戻しもなく掛け金全て失ったが、まだこちらとしては朝までと言われた以上少なく見積もっても半日はある」
「まっ、私としては手を引くのが一番だと思うけどね」
「でも、やっぱり僕的には事情を説明してもらいたいかなってっ」
グロスは余程ショックだったのか状況の変化についていけていない様子だ。
それでも最後の気力を振り絞って自分の言葉でポツポツとこうなった経緯を話していく。
「悪いのは自分なんだ……」
「当たり前でしょ」
「サラスっ、お口チャックー!」
「続きを」
「最初はただ自分の――」
「要点をまとめて話しなさいよ。それとその辛気臭い顔いい加減やめてくれる?」
「サ――」
サラスに食いかかろうとするジーナを手で制す。
「……俺が出かけている間に……妹が病気に……治すのに金が要りようで賭け事に……」
「借金してまでってことは借金できる額じゃ足りないってことね」
「あぁ……」
「それで賭け事ってことは時間もないと」
「あぁ……そうなんだ、助け、早く助けないといけないのに……俺がとちって囚われたりしてなけりゃ……」
「なるほどね。で? アンタは頭を抱えてていいの?」
「良くないさ! そりゃ……」
「じゃあ、話しを戻すけど、何か当ては?」
「……」
「私にはあるわよ」
「えっ?」
声を上げたのはジーナだったが、グロスもそれが信じられないと驚くと同時、疑念の目をサラスへと向けずにはいられなかったようだ。
ただその瞳の中にはどこか本当であってくれという淡い期待が見え隠れしているようで、しかしそれはサラスの言によってことごとく裏切られることとなる。
「盗めばいいのよ」
「えーーー!? って、それは……どうなんだろうねっ?」
「却下だ」
「アンタに聞いてないでしょ。それにやらせる気もないし。ただ、取られたのなら取り返せばいい。簡単な事でしょ?」
グロスにサラスの真理が視線となって突き立てられる。
その目はやってみなさいよとばかりに挑発的だ。
「そ、それは……」
「何よ、アンタ自分の妹のために犯罪の一つも出来ないの? 飛んだ腰抜けね。もう話す事は何もないわ。帰って妹の傍にでもいてやりなさい。それがアンタの今出来得る最大限の努力だっていうんならね」
「…………」
「待て、サラス。事を急ぎ過ぎだ」
「何よ。私何か可笑しなこと言った?」
「言っていない。だが、他の方法も模索するべきだ」
「何? アンタの意見なんて聞いて――ってきゃっ何っ!?」
突如凄まじい爆音が鳴り響いた。
体はマリアの下へと意識するまでもなく向かい、布団に包み込むようにしてはその上に覆いかぶさる。
「リンっ!」
遅れて衝撃が室内を襲う。
窓は今にも割れんばかりに揺れ、壁が発して良い音ではない音で軋む。
「リンっ!」
「大丈夫!」
正直そうは思わないが今不安にさせても良い事は無い。
それに卓の下は既に入る余地が無い程に埋め尽くされている。
アイギスとサラスがそこにいるのも恐らくジーナのおかげだろう。
咄嗟のことでありながらも良く冷静に対処したものだ。
感心している場合ではないのだが特にそれ以外に出来る事は無く揺れはすぐに収まった。
「ふぅ、何とか皆無事みたいだねー」
「ちょ、何よ、今の」
「こ、これだーーーーーーーー!」
静まった揺れが再びぶり返したかのようにグロスの中で何かが爆発する。
「どうした?」
「リンッ! これだ! これがあった! いや、恵まれてる。天恵だ。行くぞっ!」
グロスに腕を掴まれて何が何やら分からないままに先導される。
だが、それは反対の腕をサラスに掴まれて無残にも一時停止を余儀なくされた。
「待ちなさいよ。今のがなんだったかぐらい事情を話していくのが筋ってもんじゃないの?」
「え? あ、あぁ、ただの鉱山の爆発さ。ほらいくぞ、リン」
急かすグロス。
しかし、サラスはそれだけでは納得していないのか手を離さない。
「理由は」
「え? そんなのは鉱山に行けば分かる。それとー何だ。あーもうとにかく早く行けばそれだけ儲かるんだよ!」
「何故?」
「とにかくもうこれは俺とリンとの話しだろ! 放っておいてくれ!」
「リン、アンタが良いならそれでいいけど?」
サラスがここから先の選択を委ねてくる。
その理由は分からない。
しかし、委ねるということはつまりサラスは何かが気にかかっているということに他ならない。
急ぐグロスを信じるか、サラスの気がかりを晴らすか。
そのどちらかを選ばなければならない。
グロスを見る。
どこか焦った様子で顔には若干のいら立ちが浮かんでいる。
サラスを見る。
別にいつもと変わった様子は見られない。
腕も掴まれてはいるが力など入っていない。
ただ、掴まれたのでこちらが止まっただけだ。
考える。
何が信じられて、何が重要で、今何をするべきなのか。
考えるまでもなく答えが出た。
「グロス、詳細を話してくれ。そうでなければ動けない」
「あぁ? 嘘だろ!? おい! リン! お前だけは俺の味方だと思ってたのによ!」
優しく良い奴だったグロスが歪んでいく。
その心を支配しているのは一体何か。
それが知りたいが最早話す気はないようだ。
「交渉決裂ね」
サラスが告げる。
「チィッ! 分かったよ! 俺一人でも行ってやる!」
「当然でしょ」
「サラス」
「いいのよ。妹のためなんでしょ? だったら本望じゃない」
意味深な事をサラスは言う。
「……うるせーな!」
対してグロスはそう言い残して一人この場を後にした。
「さて、やっと静かになったわね」
サラスは散らかった室内を見てやれやれと頭へ手を伸ばす。
「ジーナ、手伝ってもらってもいいかな?」
「あ、うんっ」
ぐるぐる巻きのマリアをベッドの上へと二人して戻す。
「それにしても……てっきり行くと思ってたわ」
サラスが椅子を起こし、未だに卓の下で丸まっていたアイギスを優しく誘導する。
「こんな状況でマリアを置いてはいけない」
「何だ。そういうこと」
「二人ともいいから手を動かしてー」
ジーナのジトっとした目に射抜かれ、そそくさと黙って片付けにいそしむ。
そうして改めて椅子へと四人で座る。
「……何か、こうして全員揃うのも久しぶりな感じだねー」
ジーナが感慨深そうにつぶやく。
出会って一日しか経っていないのだが。
「別に、初めから分かってたことでしょ」
「まー、そうなんだけどねー。ははっ」
「身勝手過ぎなのよ。人間は」
「えーそうかなー?」
「そうよ。その中でも選りすぐりよアンタたちは。誇っていいわ」
「えへへーっ」
「……アンタも含まれてるのよ?」
「言われなきゃ分からないものだな」
「いや、見てれば思うわよ、普通に」
「リンはー、んー、んー? どうだろー」
「まっ、私も人のこと言えた口じゃないけどね」
「そんなことないと思うけどなー」
ジーナはあくまで中立を保つ。
意図してだろうが不用意な衝突を避けるためにもこういう時には非常に助かる。
「…………何で行かなかったのよ……」
サラスがらしからぬ小声で言う。
そこには何かしらの葛藤というものが見られたがそれが何かまでは分からない。
「迷いはした。だが、さっきも言った通り、マリアが気がかりだった。それにサラス。何か思うところがあるんだろう?」
「……別に気を遣わなくてもいいわよ」
「……そういう意図は無いんだが……そうだな。ある国にある男がいた」
「アンタの話なんて別に聞きたくないわよ」
「えー、僕は聞きたいなー」
「サラス。話す気になったなら変わるが?」
「……続き。話しなさいよ」
サラスはこちらに目を伏せたまま先を促す。
ここまで見せて来た調子と違い、勝手が分からない。
だが、聞きたいというのなら聞いてもらおうと思う。
時間にして体感的には二日前までの話だ。




