12、潜ればいいというものでもないとおもうよ?
「それで? どうするんだ?」
外へと出たはいいがその行先まではしらない。
「こっちだ」
男はニヤリと笑いながら言う。
そうして先導するように歩き始めた男を前に、ふと名前を聞いていなかったことに気付く。
だが、そう思ったのは自身だけでは無かった様で。
「ねぇ、僕はジーナっていうんだけどー、ヒゲさんは何ていうのー?」
「ん? お、おお。そう言えば名乗ってなかったな。すまねぇ。俺はグロス。グロス・ファミリアだ」
「んーん。こっちこそー。それでもう分かってるかもだけどー、そっちがリンで、隣の子がアイギスっていうんだー」
「よろしく頼む」
「……」
「ははっ、まぁ、今更ってやつだがこちらこそよろしく頼むよ」
「ごめんねー、アイギスは大人しい子だからー。でもいい子なんだよー?」
「あぁ、それなら何となくわかるさ。何しろ顔も良くてスタイルもいい。だろ?」
「むー、だめだよー? えっちな目でみるならチョップっ! だからねっ?」
がははっ、とグロスは豪快に笑う。
一方ジーナは本気だよーっと念押しする。
「おっとこっちだ」
急に大通りから外れる。
組合からここまで、という程歩いた訳でも無いが、常に人通りのある道を選んでいたかと思えば明らかに不自然な道へ。
「ジーナ」
後ろへ、と声を掛けるがグロスからまだそんな必要はないと声がかかる。
それ即ち、これからその必要があるような場所か事態が待ち受けているのであろうなと、遠回しながらも十分に受け取れる。
ジーナもそのことに気付いているのか、いいと言われながらもこちらの後ろへと回り込んでくる。
「ありがとっ、リンっ」
後ろから声が掛かるが、礼を言われるようなことは何もしていない。
しかし、言われた以上何かしらこちらとしても動きを起こすべき、そう思って振り返ろうとしたのだが、くしくもそれは、前を行くグロスの言葉によって中断された。
「ついたぞ」
先程道を逸れてから幾分もたっていないのにも関わらずそんな言葉をあっけらかんと言い放つ。
それでもどうやら冗談を言っているわけではないようで、しっかりと目的の場所には到着したようだった。
にしても近いと思う。
内密にというからには何かしら組合に対して後ろめたいものであろうことは想像できたのだが、目の前にあるのは一見して倉庫のように見えなくもないただの小屋だ。
「それじゃあ――」
グロスは言いながら小屋の扉を捻る。
そうして現れたのは単なる空間ではなく、その下へと続く階段だった。
そこにグロスが足をかけてはまたもニヤリと笑う。
「地下闘技場へご案内、ってな」
物騒だとは思うが何とも言えない。
正直ほっとしたところがあったのも事実だ。
「あーよかったー。へんたいだったらどうしようかとおもっちゃったよー」
「……いや、さすがに、それは、なぁ?」
グロスが俺にそんな趣味がある様に見えるか?
と、目で問い質してくる。
「わっかんないよー? グロスくんは僕の事そういう目でみてるみたいだしー?」
「え? いや、それは、な? 今は違うぞ? 男だってわかってるからな?」
「えー、でも知らなかったらどうだったかなー?」
「お、おいやめろ。おっ、俺にそんな趣味は無い!」
「ふーん? ほんとかなー?」
「い、いいから! いくぞ! ほら!」
グロスはもうこの話は終わりだと階段をそそくさと一人下って行く。
ジーナはとても楽しそうだ。
「行こうか」
グロスを追うようにこちらも階段へと足をかける。
中はところどころに明かりが配置されており、一定間隔ごとに暗闇と入れ替わる。
そして、アイギスを脇にジーナを後ろにグロスの背中へと追い付いたころ、あからさまに大多数の人間が騒ぎ立てる声や物音が最初は小さく、徐々に大きくなり始める。
「くくっ、興奮してきただろ?」
「へんたいだー」
「お、おい。俺はリンに言ってるんだぞ!?」
それはそれでどうなんだろうかと思ったが、言った自身がそれに気づいてか、追及を逃れるように足の速さを上げたため、ジーナもそれを面白がってかそれ以上の会話もなく目的の最深部へと到達する。
「さ、さてだな」
取り直すようにグロスは言うが、正直周りがうるさすぎて上手く聞き取りずらい。
「俺がお前に頼みたかった用件ってのはこれだ」
グロスは指差す。
その一点を。
「あそこに立って闘えばいいのか?」
「あぁ。本当なら自身で上がるところなんだがこの通り病み上がりでな」
肩をすくめるが正直とてもそうは思えない。
どこをどうとって病み上がりとこちらに表現しているのか問い質したいぐらいだ。
むしろ至って健康体ですと胸を張って言ってくれたほうが信じられるというもの。
「ま、まぁ、言っちまえばこっちのほうが儲かるのよ。リングに上がるよりな」
手で隠すことも無くお金の形をして見せてはどこか申し訳なさそうに言う。
「成程。でも保証は出来ないぞ?」
「いいさ。勝てないと分かったらそっちにかけるからな。その辺はぬかりない」
「詳しく事情は聞かないが……分かった。出来るだけその期待に応えられるようにはする」
「あぁ。俺のことは気にするな。それでリングに上がったら詳しく説明できないからな。今のうちに説明しとくと――」
グロスの言うことは長ったらしく色々と言葉を濁していて一見分かりづらいように思えたが、要は殺し以外何でもありだと理解出来る。
「えーとっ、つまり僕らはリンにかければいいってことだねっ?」
ジーナが銀貨をじゃーんと手のひらに乗せて、どうだっとこちらに見せつけてくる。
「まぁ、そういうこった」
「いやいや、ジーナ。それは――」
「がんばってねっ」
とても素敵な笑顔を向けられる。
「ほらっ、アイギスもっ。リンが勝ったら美味しいご飯がいーっぱい食べられるんだよっ?」
「……」
アイギスに反応はない。
見事なまでに上の空だ。
「ほらっ、ヒゲさんっ、急いだ急いだっ」
「お、おうっ」
何も無かったことになったようだ。
グロスを見送り、その時を待つ。
リングの上では既に二人が血をまき散らしながら、闘志をむき出しに互いの意識を今か今かと奪い合っている。
「すごいねー」
ジーナは言う。
あくまで観客の視点から。
では違う視点からみればどうか?
簡単だ。
ほぼほぼ、十中八九やらせだろうと気が付く。
「ジーナ。最初の三回だけ勝つよ」
「えっ?」
辺りに注意して言葉少なに用件だけ伝える。
ここで変に勝ちすぎたり目立ちすぎると厄介なことに巻き込まれかねない。
事情を話すまでもなくジーナはそれに短く頷いてくれた。
「ありがとう」
そう言って用件を済ませたのであろう足早に戻って来たグロスへと向き直る。
「よしよし、上々上々。次から上がってくれってよ。変なボディチェックも何もない。今のが終わったら敗者に変わって入ってくれればそれでいい」
グロスは興奮しているのかそれとも会場の熱気にあてられているだけなのか随分と声がでかい。
「あぁ、それと。先に言っておくがこれは別に犯罪じゃないからな? 認可されていないだけで」
そう言えばと思わず自身のずぼらさに呆れる。
地下闘技場と言えば普通に存在していたのでその認識が薄かった。
だが、こちらとしても気になる一言が最後にあったのでそこは聞かざるを得ないだろう。
「認可されていなければダメなんじゃないのか?」
「何、罰金程度さ。それも俺たち参加者にじゃなく、主催者側にな」
重要な事なので注視するも嘘を言っているようには見えない。
「まー、つまりー。ばれなきゃおっけーってことだねっ」
「分かってるじゃねーか、嬢ちゃん。って違う違う。この場合は坊ちゃんか」
「えへへーっ」
「ジーナ――」
それはあまり良くない考え方だと伝えようとして、自分が言えた口かと踏み止まる。
すると何を思ってか。
ジーナが横から飛びついて来ては耳元へとその距離を触れるか触れないかまで近づけ――優しく聞いた事の無い真剣な声色で囁いた。
「今だけマリアのため。それじゃだめ?」
思わず言葉を失った。
察しがいいとは思っていたが、こうも見透かされたように理由を与えられては苦し紛れに笑みを浮かべることも叶わない。
ジーナがふわっと離れる。
こちらとしては最初からそのつもりだが、是が非でも三度。
勝たねばならない。
マリアのため――。
ジーナはそういったが、ひいては全員のためだ。
気合を入れなおす。
「あ、終わったみたいだぜ」
タイミングを見計らったかのようなグロスの声。
それにただ頷き、答える様に足先を向ける。
リングの周囲は未だ歓声と絶叫、その二つが渦巻いていて落ち着きがない。
だが、臆する事は無い。
合間を縫う様に敗者の下へ。
当然のように酷いありさまだがただそれだけのこと。
目線は既に対戦相手へと切り替わっている。
それからグロスが一言二言通しては、開かれたままの扉の中へと促された。
「無茶するなよ」
そんな言葉が投げかけられるが何を今更と思うまでも無い。
巣窟の時からの付き合いで彼が優しい男なのだということは分かり切っている。
「あぁ」
短く、ただその先はリングへと躊躇なく入って行くことで示す事にした。




