11、手は届くけどかゆくない
「金がない」
現在の状況を包み隠すことなく率直に伝える。
「分かってるわよ。そんなこといちいち言わなくても」
「まー、まさか本当に宿代にもならないなんてねー」
サラスとジーナ、それにアイギスとマリアも含めた全員で何も置かれていない卓を囲む。
「あーもうっ、今思い返しても腹立ってくるわね。何が依頼を受けてから、よ。ふざけんじゃないわよ。助けたんだからつべこべいわずに出すものだせばいいじゃない。別に元から依頼が出てなかった訳でもあるまいし。あー! ホント。アンタが折れなきゃ――」
「サラスっ。声、声っ」
「聞かせてんのよ。ふんっ」
サラスは怒りが収まりそうにない。
しかし、場所が場所だけに衆目を集めるには十分すぎるほどの熱量だ。
それでも何も言われないのは相手の懐が広いのか、はたまた日常茶飯事であるからか。
マリアを見やると顔色は未だにすぐれないようで体調も悪そうだ。
本当であれば寝かせて安静にするのが一番なのだが、さすがに堅い床ではそれ以前の問題だろう。
であれば、無理に動かさず椅子に座っていたほうがいくらかましというもの。
ただ、このままという訳にもいかないのも確か。
たちまち、栄養の豊富なご飯と清潔な寝床、この二つがなんとしても必要だ。
「仕事を探してくる」
具合の悪そうなマリアを見ているといてもたってもいられなくなり立ち上がる。
「リンっ、それはいいけど、何か当てはあるのー?」
「ない、けど何とかするよ」
「うーん……」
「いいじゃない。本人が行きたいって言ってるんだから行かせてあげれば。それに、こんなしけたところに居たってどうにもなんないし?」
サラスの言い分は理解できる。
マリアに殺しを止められている以上、組合で出来るのはそれ以外の仕事や依頼。
まだ午前中だが、もう昼がこようかという時分。
およそこなせる内容のものは残っていない。
それでもあえてやるとして、周辺地域での採集というものがあるが、知識に乏しい事と宿を取ることを考えれば時間的な制約も考慮しなければならず、かなり厳しいものがある。
「とりあえず――」
そう言って言葉を続けようとしたとき、不意に声がかかる。
「おう。あんだけやって銅貨一枚にもならなかったらしいな」
快活な男の声。
振り向くと、出会った当初――と言っても数時間前の話だが、その頃とはまるで違う格好に一瞬誰だか考えてしまう。
「誰よ。失礼なやつね」
「ハハハッ! ついさっき会っただろ忘れたのか姉ちゃん」
言いながら距離を詰めてきては当然の様に空いた席、そんなものは無いので余所から椅子を取り上げては無理矢理こちらの横へと作り上げ、座る。
「人間の顔なんていちいち覚えてるわけないでしょ?」
「サラスはこう言ってるけどぼくはちゃんと覚えてるから安心してねー」
「おう、嬢ちゃん。話が早くて助かるぜ。ありがとよ」
「ヒゲのおじさんもねっ」
「それで? 何しに来たのよ。そいつに用件があるならさっさと済ませてほしいんだけど」
「まぁ、そう急ぐなよ。内密で、話をしにきたんだ」
サラスが眉間を狭める。
「何、簡単な話さ。金貨一枚。これで明日の朝までこいつを貸してくれ」
こいつと言われてグイッと肩を組まれては引き寄せられる。
「いいわよ」
対するサラスの回答は早かった。
「いいいいわけないでしょっ! リンに何する気っ?」
ジーナの言にニヤリと笑う男。
「内密。そういっただろ?」
「えええ、えとそのなんだろっ、そう! へんたいだっ!」
ジーナが困惑しながらも自分なりの答えを出し、叫ぶ。
「アンタが言えた台詞じゃないでしょ……ま、それはそうと男に二言は無しよ。金貨一枚、さっさと出しなさい」
「交渉成立だな」
「交渉成立なのっ!?」
ヒゲの男からサラスへと金貨が飛ぶ。
「どうも」
サラスはそれを受け取るとさっさと組合の受付へと向かって行ってしまった。
「リンっ!? 今ならまだ間に合うよっ!?」
ジーナの心配そうな面持ちがこちらへと向かう。
だが、こちらとしても渡りに船。
断る理由以上に受ける利用の方が勝っている以上受けざるを得ない。
内容はもちろん気になるが、それを気にしていられるほど状況が良いとは言えない。
ただ、どうしても無理な時は無理だと断らなくてはいけない。
例えば殺しを依頼されたときや犯罪などの四人に不利益が降りかかりかねない事柄等だ。
「ジーナ、ありがとう。でも大丈夫。心配しないで」
「心配するよっ――!」
ジーナの声に柄にもなく怒気が籠る。
「ジ――」
「リンっ! ぼくもついて行くからねっ!」
いいでしょ!?
と、横のヒゲに鋭い眼差しを以ってして、それを揺るぎない確定事項へと書き換えて行く。
「あ、あぁ。だがついてくるだけだぞ?」
ヒゲは苦しそうに頷く。
「いや――」
「リンっ! もう決まったのっ! 決まったことに後からあーだこーだ言わないっ! 男の子でしょ?」
ジーナにずいっと卓を挟んで詰め寄られる。
顔が近い。
というよりも近すぎないだろうか。
視線は彷徨った挙句にジーナの目尻の下に位置するほくろへと着地する。
「あ、アイギスやマリアはどう――」
「そんなの私一人で大丈夫でしょ。もう宿取ったから。後戻りはできないわよ」
サラスが一連の流れに終止符を打つ。
それで終わり。
話はまとまった。
というよりもまとまってしまった。
「さっすがサラスっ、頼りになるー!」
「もういいから。さっさと行きなさい。あ、これ餞別ね」
サラスがこちらに銀貨を飛ばす。
それをジーナが見事に手中に収める。
「えーーー、これだけーー?」
拳を開いたジーナが膨れる。
「別に明日帰ってくるんだからそれだけあれば十分でしょ」
「これじゃ餞別と言うよりお小遣いだよーー」
「私の言葉が悪かったわね。言い直すわ。それは今日の二食と明日の朝食の分よ」
「すぐ戻る」
「別に。ゆっくりでいいわよ?」
「がははっ! お前等は本当に仲が良いな。何、サラスとやら。心配せずとも――」
「心配してないから」
「サラスー、否定するなら最後まで言わせて――」
「あーもうっ! さっさと行きなさいよ!」
「ぶーっ」
「がははっ」
「行ってくる」
「はいはい、いってらっしゃいいってらっしゃい――ってアイギスっ」
全員でようやくと立ち上がり、扉へと歩調を合わせる。
しかし、アイギスも遅れながら席を立ってはこちらを追随。
一同再びその場で足を止めることとなった。
「んー? アイギスも一緒に来るー?」
「ダメよっ! アイギスは私と一緒にお留守番するんだからっ」
「えー、でも本人行きたそーだよー?」
「リンッ!」
サラスからこちらへと、アンタはどうなのと。
もちろん反対よね?
という一種の脅迫めいたものが飛ぶ。
だが、その意見には賛成なのでそれを示すためにもアイギスへと向き直る。
「アイギス」
名前を呼んで、尚合わない目線を合わせようとする。
アイギスはいつも通りだ。
聞いているようには見えないし、こちらの声が届いているようにも見えない。
ただ、それはこちらの憶測でしかなく、アイギスはアイギスだ。
きっと伝わる。
そう考えながら言葉を選ぶ。
「サラスとマリアを頼む」
アイギスは動かず何も言わない。
変わりにサラスが小さく何よそれ……と言っていたが気にしない。
「行こう」
そう言ってジーナとヒゲの男に先を促す。
「いいのか?」
ヒゲの男は聞いてくる。
「あぁ、大丈夫。アイギス、行ってくる」
ヒゲの男は理解出来ないように片方の眉を吊り上げたが、それ以上は聞いてこない。
それで三人して再び扉を目指す。
アイギスを伴って――
「アイギス――!?」
サラスの理解出来ないような声が背中越しに吹き抜けるが最早気にしない。
やがてぴったりとくっつくようにして並んだアイギスを横に、サラスの大きなため息が漏れる。
「気をつけてね」
観念したかのようなサラスの声。
扉へと手をかける。
そうして扉が閉まる直前に、振り返ること無く手を挙げ、組合を後にした。




