103、人魚と書いて
エルヴィに手を掛けた状態でその者を見据える。
風貌からして怪しげな格好だが、話に聞く魔法使いとでも言えばいいのか。
装飾の凝った服装に身を包んでは、その顔を殺風景な仮面にて覆い隠している。
「それは私の所有物でしてね」
声から判断するに男であろうか。
いくらか中性的と言わざるを得ないが、その物言いからしてそういった印象を受け取ったことは紛れもない事実だ。
「放してもらえませんか?」
男はこちらを見下ろしてはそうすることが至極当然のように振る舞う。
「こちらにその意思はないと言えば信じて頂けますかね?」
男は尚も続ける。
ただしそれは結論に至るまでの行きがかり上の探り合いに過ぎない。
こちらにその気はないとしても、相手の言葉の真意までは読み解けないように、お互いの真実はお互いにとっての側面的な真実でしかないのだ。
「あぁ、面倒ですね。確かにアナタなら私が手を下す前に処分する事は出来るでしょう。しかし、アナタはそうすることができない。何故なら後ろの彼女たちを失うことになるからです」
「……そうなったらお前も殺す」
「そうですね。正しい判断です。ただそうしたところで彼女たちは返ってきませんよ?」
「……ジーナ」
背中越しに真偽の判定を委ねる。
「……ぼくのことは気にしないで」
予想していたものとは違う声が返ってくるも、それはある種の肯定とも呼べるわけで。
「……失せろ」
「と言いますと?」
その先に言葉は必要ない。
お望みどおりにとエルヴィを持ち上げては男へと投げつけ、同時にマリアたちを庇うべく後方へと向けてその場から飛び退く。
「おっと――」
驚くような声を上げつつも、エルヴィを受け止めた男の体勢がそれ以上崩れるようなことはない。
それほどしっかりとした体つきには見えないのも相まって、そこには何かしらの別の要素が働いているのであろうことが推測できる。
「壊れものなのでね。もう少し丁寧に扱って欲しいところですが……用も済みましたし、要望通り消えるとしましょう」
男はこちらのことなど一切気にせず、その手にエルヴィを抱えてはただ平然とそうすることが当たり前のように背中を向ける。
自由と言えば聞こえはいいが、こちらからしてみればただただ不気味。
味方であれば頼もしくも思えたであろうその後ろ姿も、視点が変わればいつその猛威を振るかもしれない巨大な嵐と何ら変わりない。
ただ本物の嵐であれば過ぎ去るのを膝を抱えて待っていればいい。
しかし、あくまでも目の前にしているのは人であり、人であるならばそこには必ず意味があるのではないかと勘繰ってしまう。
そして翻された外套が風になびくたびに、こちらの思考は動くべきだと警鐘を鳴らし続けている。
どうするべきか――その答えを出したのは自身ではなく、同時に踏ん切りをつけさせたのはどこまでもらしいサラスの声だった。
「ちょっと……待ちなさいよ」
相手の未知数さ故に、これ以上の関わり合いは避けるべきだと分かっていてもその声は止まらない。
「はい? 今私を呼びましたか?」
「呼んだわよ。このロリコン」
サラスは勇ましくも相手を真正面から非難する。
そこには一切の怯えなどある筈もない。
ただ言いたいから言った。
言わなければならないから言った。
サラスからしてみればそれだけのことでしかないのであろう。
「はて、何の事ですか?」
「アンタみたいな気色悪い反吐が出る輩にはその子を預けられないって言ってるのよ」
「ほう……?」
「どうせその子をそんな風にしたのもアンタなんでしょ? ホント不快よね」
「それで?」
「リンの爪の垢でも煎じて飲めば少しはまともになるんじゃないかしら?」
「……リン? はて……どこかで聞いた覚えが……」
男はサラスの言葉に硬直する。
「サラス、気持ちは分かるがどうなるか分からんぞ」
潜在的な敵を前にしていう事でもないのだが。
素直に現状を理解してもらうためにもこの吐露は必要なものと言える。
「ここで引くぐらいなら死んだほうがましよ」
「リン……」
「リンさん。私は貴方と共に」
「うん。そうだよねっ。ぼくはいつだってリンの味方だよっ?」
「決まりね」
「いや、まだだ」
早急すぎる展開に待ったをかけてはアイギスへと目を向ける。
「アイギス」
その名を呼んではほぼ同時。
意見を聞き届けることなくして男の声が先に結論を出した。
「リンッ! そうだ! 思い出したぞ! あぁ、そうか! そうだったのか! 通りで! 私の作品が負けるわけだ! でなければこのような冒険者になど敗北するわけがないッ!」
「残念ながら冒険者ではないんだがな」
「何ッ!?」
「大袈裟だな」
「であればこそ欲しいッ! 欲しいぞ! 組合を飛び出し! 親衛隊をコケにした挙句行き場のないお前がッ! そうッ! お前だッ! リンッ!」
「ちょっとっ! リンは誰にもあげないよっ!?」
「リンよ! 私の下へ来い! 私の名前はリディアス・フォン・バーミンヴェイ――ン!?」
長ったらしい口上にも。
必要以上の騒音にも。
勝手な言い分にも百歩譲って耳を傾けよう。
しかし、こちらにもサラス同様譲れないものはある。
「お前、ジーナを無視したな?」
「えぇっ!?」
「ぶほぉッ!?」
背後のジーナの驚きと。
仮面にめり込んだ衝撃とが交錯する。
「何てな」
理由なんてのはただのこじつけだ。
「逃げるぞ!」
吹き飛んだ男の手から空へと浮かび上がったエルヴィをつかまえては叫ぶ。
「テレポート」
瞬間――。
五人と一人。
アイギスの声に因ってその景色は一変した。




