102、なまくら
「はじめまして、と言ったほうがいいですよね」
ぎこちない笑顔と共にこちらを窺うその少女。
それは自身の応対が正しいものであるかどうかを確かめると同時、こちらの出方を探っているようにも感じられる。
そんなどこか含ませるような口ぶりからして大人びた印象を受けとれるが、見た目からしてジーナよりも年下なのではないかと何となくこちらに思わせるだけの幼さも同時に兼ね備えている。
「はい、こちらこそはじめまして。自分はリン、と言います」
その姿にこそ見覚えはあったが、初対面であることには変わりはないので合わせるように手を差しだす。
「いえ、こちらこそご丁寧に。私はエルヴィと言います」
エルヴィから伸ばされては交わされる握手。
特に何事もなく、そのままお互いの間をよろしくという言葉が行き来する。
「……やはり、リンさんでしたか」
しかしこちらの手を離そうとしないエルヴィ。
当初の思惑通りに挨拶だけで済まそうという気はないらしい。
「魔族の行方に心当たりはありませんか?」
唐突、ただしこちらの現状と辿って来た経緯を第三者に話した覚えはない。
簡単な聞き取り調査であるならば尚更のこと、自身の背後関係を明かさない事にも疑問が残る。
この街に起きたことについてはおおよそ把握しているのであろうが、もしかすると目撃者がいた可能性も排除しきれない。
どのような方法でこちらへと辿り着いたのかは知らないが、大胆にも見当をつけてその裏取りにでも来たつもりなのであろう。
「残念ながら……力になれず申し訳ないです」
であるならば聞かれてもいない事を態々言葉にすることもない。
関わり合いにならないのが一番であり、どちらにせよこちらの潔白を証明する事は不可能に近い今、用件を済ませてもらってはさっさとお帰り願うのが最善だろう。
「そうですか……」
分かり易くも目を伏せるエルヴィ。
しかしそこには落胆という感情が含まれていないようにも感じられてしまう。
そしてその感覚をより奇妙に思わせているのは未だに握ったままこちらを離そうとしないその右手。
理由は明々白々であるが故に指摘すること自体は簡単なのだが、それをしてしまえば最早お互いに行動は避けられそうにない。
後方に控えるサラスたちもそのことには薄々気付いているのだろう。
面倒ごとになるのを分かってか、口を挟むようなことはせず、ただこちらとエルヴィとの動向を静かにじっと見守ってくれている。
「……すみません」
沈黙の中、先に行動を起こしたのはエルヴィ。
外していた視線を再びこちらへと向けてくるも、抜け落ちたように何もそこからは感じられない。
ただただ空虚で無機質。
こちらを射抜くその両目は何を意味しているのであろうか。
答えは自分の中にあった。
というよりも幸運なことにその目のことを自身はよく知っていたのだ。
「では――死んでください」
そんな人を人とも思わぬ事務的な死刑宣告。
誰が目の前の少女から告げられると想定できるだろう。
また同時にこちらへと繰り出される一振りが洗練されたものであったなら、これほどまでに悲しいことはないのではなかろうか。
せめて自身が知らなければと、少女相手に力を振るう事はなかったのではないのかと、そう思いながらも冷静に対処するその手は止まらない。
「中治癒」
アイギスからの瞬間的な後押し。
流石と言わざるを得ない対応力だが、最早こちらを両断しかけた刃からして大地へとただ転がっている。
「……」
絶句。
それは現実に何が起こっているのかすら受け入れられないときに起こりうる一つの現象。
だが、それでいい。
少女の肘が通常ではあり得ない方向へと曲がっている中で、そのほうが少女のためだとも思う。
「リンっ――!」
ジーナのこちらを憂慮する声は素直に嬉しい。
しかし、それよりも何よりも。
やはりこのような事態に際しても尚、マリアの上げた一声は有難くもこちらの思う最適解そのものだった。
「固まってださい」
それは現状を正しく理解しているが故のものであり、その落ち着きが仮初ではないことを場慣れした動きでもって補完する。
「ちょ――」
「リンさんの邪魔になります」
マリアは適確に、かつ冷静に。
サラスたちを背後へと回しては、こちらの背中を正面に態勢を整えていく。
「運上昇」
それから更にと飛んでくるマリアの支援。
正に至れり尽くせりとはこのことだろう。
「……待て」
そう言われて待つ者がどこにいるのだろうか。
「話す気があるなら聞くが」
ここにいるわけなのだが。
「……初めてだ」
まさか殺すわけにもいかないので、全身の関節を外されては大地へと転がる少女。
口を利けるようにしているのは何も油断しているからではない。
「何が、だ」
「敗北だよ」
「そうか」
「……私に勝ったんだ。もっと喜んだらどうだ?」
「竜を追い落とすような人間の言葉を信じる気はない」
「ははっ、……それもそうか」
言いながらも頬を伝わせる一筋の涙。
跡を作っては悔しそうに笑う。
「……好きにしろ」
「……ジーナ」
どうにも分からない。
少女の感情もそうだが、言葉もその意図も行動も何もかもが腑に落ちない。
目の前の少女は何故抵抗しないのか。
常人を遥かに凌ぐ強さを持ち合わせながらも、泣くほどの現状に甘んじる意味が分からない。
何かがあるのは分かるのだが、一個人としての見解には限度がある。
時間の経過でどう転ぶかも分からない今、少女の目の件で一度は見送ったものの、ここは躊躇わずにジーナの意見を求めることにする。
「……たぶんだけど。うそ……?」
その声に顔を向ける事は出来ないが、自身の一言で少女の行く末が決まってしまうことを憂いてか。
ジーナの声からは隠し切れない申し訳なさがにじみ出ていて、だからこそそれを迫った自身だけは少女に対して躊躇などしてはならないのだ。
「だそうだ」
見下ろす少女からは先程まで感じられていたような無機質な表情も当初の大人びた雰囲気も残されておらず、ただ――見れば幼い、年相応の少女が僅かばかりの気高さを示すようにこちらの視線を真正面から捉え続けている。
「っ……」
不意に少女は唇を噛みしめては堪えきれなくなった涙を溢れさせる。
しかし止まらない。
一歩前進しては手を伸ばす。
まともに動かせるのは首から上だけの少女を掴んでは押さえつける。
別に命までは奪ったりはしない。
ただこちらに迫る脅威を前に、少しだけ話そうとという気になってもらうだけだ。
「そこまでにしていただけますか?」
声に目をやれば新たな客人。
まるで気配というものが感じられなかったその者。
咄嗟に後退する事も考えたが、現状からして少女を開放するという事は相手を交渉の席から立たせるのと何ら変わりない。
交渉はお互いに欲しいものを握っているからこそ成り立つのだ。
現状分かっているだけでも口ぶりからして少女よりは格上。
つまり今出来る事は相手に対して何かすれば殺すという、これ以上ないまでの明確な意思表示だけだ。




