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リバーシ  作者: キングス
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4 魔物に愛される者

「やっぱり・・洗っても落ちないね。」


 裏路傍の小川から水を掬い、紋章をこすってみるが、消えるどころがにじむ様子もない。

 普通に売り出されているインクはどれも水で洗い落とせるものだった。


「水で落ちない塗料なんて、たぶんマジックアイテム級の希少品だよ。やっぱりこの紋章は悪戯なんかじゃなくて本物だろうね・・・。」


「そんな・・・いや、ほかに何か確かめる方法は何かないのか?」


 冷静な分析をするホワイトに少し困惑しつつもブラックは尋ねる。

 すると、そういえば、と一拍置いてホワイトが話始める。


「少し前に父さんが言ってた。確か今日はエルムの外から見世物屋が来る日だって。」


 毎年同じ時期に、エルムの街に“見世物屋”と呼ばれる集団が来訪する。

 世界各地の珍しい魔物を捉えて見世物として開催し、その見物料で商いをしている商売人だ。


 アルドバイン王国内の街を転々としているらしく、ちょうど今日、このエルムの街にやってくるという情報をブラックもロンメスから聞いていた。

 基本的には街の外にでない市民たちに人気で、毎年この時期を楽しみにしている者もいる。



「ああ、そういえばそうだったな。あ、そうか!あいつらは街の外の人間だ。会って反応を確認すれば・・・。」


「うん、ハッキリするだろうね。この紋章が本物なのか、はたまた街全体を巻き込んだ質の悪い悪戯なのか。」


 そういったホワイトの声には悲痛が混じっていた。

 冷静に考えれば悪戯ということはあり得ない。この路地裏に来るまでに何人もの人に会った。その人たち全員とグルでこんなことができるはずがない。


 そんなことは分かっているが、最後まで可能性にすがりたいというホワイトの気持ちが、握った拳の震えに現れていた。


 ホワイトは決して冷静などではなかったのだ。

 今にも泣き出したい気持ちをぐっとこらえて、わずかな可能性を探っていたのだ。


(強くなったなホワイト・・・。でも、もし、もし見世物屋の反応も街の人たちと同じだったら・・・ホワイトは、全世界の人たちの敵になるってことか・・・?)


 ブラックの肌が泡立つ。

 どうか悪戯であってくれと、ブラックも拳を強く握る。




 二人はなるべく人に会わないように小さな路地を選んで見世物屋を探した。


 まだ朝早い時間ではあったが、見世物屋はすぐに見つかった。

 街の中心にある大通りを、通行の邪魔にならない程度に貸し切って、大小様々な生き物が入った檻を出していた。

 おそらく昨日の晩にはすでに街に到着していて準備をしていたのであろうと予測できる。


 大きな生物――いや、魔物だ――が入った檻の周りと、ピエロの様な格好をした見世物屋のオーナーがいる箇所には、いざ魔物が檻を破ったときに対処するため、それぞれ三人の冒険者と思われる男たちが待機していた。



「いたな。ホワイト、行くぞ。」


「う、うん。」


 二人は既にできている人だかりに潜り込んでいく。

 皆、見世物となっている魔物や生き物に夢中なおかげか、ブラックとホワイトに過剰な反応をするものはいなかった。

 小さい体を生かしてスルスルとすり抜け、先頭列に出る。

 見世物の周りは、100cmほどの高さの簡易的な金属の柵で囲まれている。魔物は鎖につながれ、檻に入っているが、子供などが指を入れて噛みつかれるなどの事故になりかねない。それを防ぐための柵だ。


「今年もいろんな魔物がいるな・・・。」


 透明なガラスだろうか?のケースに密閉された、紫色に発光しているスライムの様な魔物。

 二重構造の鳥かごに入れられた人の顔を持つ怪鳥。

 体に杭を打ち込まれて身動きの取れない大きなムカデ。


 異業種、鳥獣種、昆虫種、獣種など、様々な魔物がいるが、中でも目を引くのは5m四方ほどの巨大な檻に入れられ、三人の冒険者が監視している魔物だ。



「お、おいあれキマイラじゃないか?」


 近くの誰かがそうつぶやく。

 凶悪な獅子の顔、背中から生えたヤギの頭、尻尾の先の蛇の頭はニョロニョロと舌を出して周囲を警戒している様子だ。体調3mはあろうかという巨躯だが、弱っているのか、檻の中で伏せたまま動かず、退屈そうに見物客を見ている。


 キマイラと言えば、ブラックとホワイトもいつか図鑑で見たことある魔物だ。強靭な肉体に加えて魔法も行使してくる厄介な魔物であり、その強さは一流の冒険者でさえ苦戦するシルバーランクだ。


「街の外にはあんな魔物がいるんだな・・・。」


「う、うん」


 ブラックとホワイトは本来の目的も忘れ、キマイラに見入る。

 すると、何かに反応したようにキマイラが首を上げる。


「え?」


 キマイラの目線の先はブラックだ。

 明らかに今までとは様子でブラックをじっと見つめている。


「おい、ホワイト・・・あいつ、俺を見てないか?」


「うん、見てる・・・と思う。」


 そしてその時が来た。

 平坦な顔をしていたキマイラの目元に深い皺が刻まれ始める。

 顔は赤色に変色し、歯をむき出しにしており、息も荒い。


 明確な敵意の色を含んだ瞳でブラックを睨み、とうとう体を起こす。



「ガルルルアアアア!!!」


「なんだ!!暴れ始めたぞ!」



 突然の咆哮に、警備をしていた冒険者と見物客がどよめく。


 キマイラは姿勢を低くし、尻部分を上げる。

 あの姿勢はブラックもホワイトも知っている。野良猫が獲物に飛びかかるときの姿勢だ。


「まじかよ!」


 ブラックが即座に判断し、呆けているホワイトの手を取って逆方向に走り出したのと同時だった。


「ガアアアアア!!」


 ガシャアアアアン!!

 予想通り、キマイラが突進し、一撃で檻を破壊する。



「馬鹿な!ゴールドクラスの魔物用に設計された頑丈な檻だぞ!!キマイラが破れるはずない!!」


 見世物屋のオーナーがそう叫ぶが、現実にキマイラは檻を破壊し、民衆の前に立っている。

 檻にぶつけた衝撃で、その額からは紫の血がダラダラと垂れていたが、気にした様子もない。


 三人の冒険者が対処しようと駆け出すが、それよりも早くキマイラが走り出す。

 方向はブラックたちが逃げた方向だ。



「うわあああああ!魔物が檻からでたぞおおお!!」

「助けて!誰かあああ!!」


 ニヤニヤと笑みを見ながら魔物を見ていた見物客は、一瞬で自らの命の危機になった状況に恐慌する。



「やばいやばい早すぎる!なんでこっちに来るんだ!」


「ブラック!追いつかれるよ!!」


「わかってるよ!!」



 ブラックとホワイトは必死に足を動かすが、キマイラはどんどんと距離を縮めてくる。

 キマイラとブラックの直線状にいた市民たちが突進に巻き込まれ、軽くないケガを負っている。


 そしてついにキマイラは人だかりを抜け、ブラックとホワイトに追いつく。


「ガルアアアア!!」

 

 キマイラは足に力を溜め、一気に飛びかかる。

 確実によけられないその飛びかかりをブラックは見つめることしかできなかった。


 視界がコマ送りのように進み、今までの記憶が走馬灯のように流れる。


(こりゃ駄目だ。死んだな。)


 と思ったとき。



「やめろおおおおおお!!!」



 動けないブラックを守るようにに立ちふさがったのはホワイトだった。


(馬鹿!どけ!!死ぬぞ!!)


 ブラックの必死の懇願は喉から出ない。

 キマイラの20cmはあろうかという爪がきらりと光る。


(もう・・・だめだ!!)


 予想できる光景に、ブラックは思わず目を閉じる。

 


 ――――しかし何も起きない。

 先ほどまでの騒ぎが嘘だったかのような静寂だ





「いったい・・・何が・・・」




 恐る恐る目を開けると、そこに立っていたのは先程同様、ブラックを守るように両手を広げたホワイト。


 そして、そのホワイトの前で平伏したように伏せているキマイラだった。

 まるで忠犬のように頭を垂れ、丸い瞳でホワイトを見つめている。

 周囲で騒いでいた市民も冒険者もその光景に驚き、動きを止めている。



「え・・なにこれ。」



ホワイトも目をつぶっていたようで、目の前の状況に驚く。



「くぅ~ん。」


 信じられないことに、甘えたような声を出し、敬いすら含んだような眼でホワイトを見つめている。蛇の尻尾をブンブンと揺らすその姿は、とてもシルバーランクの魔物とは思えない。


 なぜだかわからない。しかし、ホワイトだけはキマイラの出した鳴き声の意味がわかった。


 「命令をください。」だ。魔物の言語がわかるはずがない。しかし、意思が頭に直接流れこむかのようにキマイラの意図が読めたのだ。



「え、えっと・・・どっかいけ!!」



 混乱しながらもホワイトが命令を出すと、キマイラはビッと立ち上がり、了解!とでもいうように短く「ガオ!」と吠えてどこかへ走り出す。


 しかしこれが失敗だった。



 その場に残されたのは得体のしれない物を見る市民と冒険者達の目だ。



「おい、あの子供、いま魔物に命令したぞ・・・。」

「しかも魔物も従順にそれを聞いてたな。」

「もしかして・・・魔族か?みろあの顔、子供とは思えない邪気を含んでる気がしないか?」

「確かに凶悪そうな顔だ・・・」


 ホワイトを見つめる市民がざわざわと騒ぎ出す。

 ここでホワイトはやっと自分がしたことを理解した。


 聖王は人間に愛され、悪王は魔物に愛される。


(そ、そうだ・・・この場を早く離れないとまずい・・・)


 ブラックも同じことを思ったようで、ホワイトの傍に身を寄せる。

 そして誰かが呟いた。




「―――悪王。」




 誰が発したかもわからない静かな呟き。

 しかし、その声は不思議とその場全体によく響いた。



「そうだ、あのおとぎ話だ。魔物を統べる王、悪王。」

「悪王だ・・・。」

「悪王。」

「悪王だ。」



 最初のつぶやきから波及するように人々はつぶやき始める。

 ホワイトを見つめる人々の目は明らかに異常だった。

 まるで追い詰められた魔物を見るかのような冷たい瞳。

 まだ魔物や魔法使いに操られているといわれたほうが信じられる。


 悪王と呟きながら、じりじりと迫ってくる。

 ブラックはホワイトの耳元でささやく。



「ホワイト、もう決定だ。紋章は本物だ。」


 ホワイトもここまでくればもう納得せざるを得ない。

 迫りくる人々は、何かのきっかけがあれば自分を殺しに来るんじゃないかというほどの剣呑な雰囲気だ。


「ああぁ・・・。」


 絶望でホワイトの膝が崩れるが、寸前でブラックがその体を支える。

 もうだめだ、ここにいたらきっとホワイトは殺される。ブラックはそう確信した。



「この街から逃げよう。俺が合図したら飛び出すぞ。」



 ―――なぜこんなことに

 ―――なぜ僕なんだ。


 様々な負の感情がふつふつと湧き上がるが、まずは今の状況を打開すべく、ブラックの言葉に首肯する。

 迫りくる人の壁の薄い部分を見つけ、ブラックは叫ぶ。




「今だ!!」



 二人は同時に全速力で駆け出す。前にブラック、後ろにホワイトだ。

 人にぶつかれば確実に怪我をする―――そんなスピードで駆け抜ける。


 物語通りであるならば、聖王であるブラックを愛する人間たちは、ブラックが怪我を負うことを良しとせず、避けてくれるのではないか、という考えだ。

 実際ブラックに襲い掛かってきたキマイラは、飛び出してきたホワイトの前で急停止し、ブラックを殺すことより悪王であるホワイトの命令を優先した。



「うわ!子供が!あぶない!」



 ブラックの予想通り、ブラック達の前にいた人々が割れるように道を開ける。

 その間をホワイトの手をつかみながらブラックは走りぬける。



「心優しそうな少年を盾にしたぞあいつ!!」

「間違いなく悪王だ!逃がすな!」


 ブラックが前を走ったことによって、歪曲した考えの怒号が飛ぶ。

 人の円からはなんとか抜けられたが、後ろから大勢が追いかけてくる。



「くそ!まるで魔物にでも追いかけられてる気分だぜ!!」


「はぁ・・・!はぁ・・・!」



 肩越しに振り返り、ブラックは吐き捨てるように文句を言う。


 ブラックはまだしも、ホワイトはあまり体力がない。現にこの程度の距離を走っただけで息切れしている。

 このまま直線の大通りを走っていれば、いつか追いつかれることは必至だ。

 何処かで路地裏に入って撒かないといけない。

 

 しかし悪い出来事は続く。


 二人の左右の家の屋根の上を人影がビュンビュンと跳ねる。

 その身の軽さはまるで獣の様だ。


 6つの人影はあっという間にブラックとホワイトを追い越し。屋根から飛び降りると、二人の10mほど前に着地する。



「悪王め・・・ここで仕留めるぞ!」


「「「「「おう!」」」」」



 二人の前に立ちふさがったのは、見世物屋が護衛として連れてきた冒険者だった。

 それぞれの首からはネックレスになっているプレートがぶら下がっている。

 エルムの街にも冒険者組合はあるので、ブラックもホワイトもあれが何なのかを知っている。

 

「シルバーに・・・ゴールド・・・。」


 ホワイトが悲痛な叫びをあげる。

 5人の首にかけられているのは銀色のプレート、つまりシルバーランクの一流冒険者の証だ。

 さらに真ん中の男のプレートは金色。シルバーよりもさらに優れた一握りの才覚者の証だった。


 この六人であればキマイラ二体を同時に相手取ったとしても勝てるくらいの実力者たちだ。


 冒険者たちがおのおの武器を持ち、構える。

 彼らの腕であれば、ブラックを傷つけることなくホワイトを殺す事など容易だ。

 屋根の上を飛び回っていた身体能力を考えると、彼らの間をすり抜けるのは不可能だろうとブラックとホワイトは悟る。



(くそ!くそ!くそ!どうすればいい!)



 後ろの群衆は、いつの間にか道いっぱいに広がるくらい増えており、どこから持ってきたのか、包丁や鍬などを手にしていた。



(くそおおおおお!!)


 焦燥するブラックの体が淡い光に包まれたことに気が付いたのは、後ろを走るホワイトだけだった。


 もうだめだ!とブラックは苦し紛れに冒険者たちに向かって叫ぶ。





『どけ!!!!』 





 その声は、天を割るような咆哮だった。

 人間の物とは思えない、まるでドラゴンの咆哮だ。

 魔力の様なものがこもったその声の波紋は冒険者たちを貫く。




「な・・・・・なにが・・」


「動けねえ・・・」



 ブラックの咆哮を受けた冒険者たちは、体が硬直したかのようにピクピクと震えるばかりで、動けなくなっていた。



(なんだ今の声・・・)


 ブラックは思わず自分の喉を摩る。


(まあいい!とにかくチャンスだ!それに後ろの奴らは止まってねえ!)


 ブラックとホワイトは、硬直して動けない冒険者たちの横を走り抜け、路地裏に入った。




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