3 巫女姫の神託
アルドバイン王国。
“富国強兵”。そんな言葉がピッタリである、ドレディア大陸一番の大国だ。
総人口は約5000万人。広大な国土を保有しているものの、いくつかある街は、王都を中心に身を寄せ合うように近しい場所に存在している。
豊かな大地と海、鉱山などに囲まれ、各国へ品を流し、大金を得ている。
今や世界中のどこの国でも通用する“騎士”という職業はこの国が発祥だ。
“騎士”が誕生するまでは、冒険者という職業が一般的であった。
魔物の討伐や薬草の採取、商人の護衛など、様々な依頼をこなして生活する者たちだ。
しかし近年は、騎士職に就く人がだんだんと増えている。
理由は単純、給金が高いからだ。
一般騎士の主な仕事は街のパトロールや要人の護衛だ。
近衛騎士などの出世を目指すのであれば、遠方に出現した凶悪な魔物の討伐隊などに名乗り出る必要があるが、そんなことをするのはごく一部だ。
無理に出世をしなくても、一般市民の二倍近い給金をもらえる騎士は人気の職業だ。
騎士という職業は誰でもなれるわけではない。専任の試験官による実践見極め試験のほか、学術や礼儀作法の知識も問われる。
かなりの期間、多額の費用を投じて勉学に励まねば、とても突破できない試験である。
なので、裕福な家の出の子供は騎士を目指し、そうじゃない子供は冒険者や商人等を目指す。というのが今のアルドバイン王国における認識だ。
現在の人口比としては、騎士職200万人に対し、冒険者700万人といったところだ。
アルドバイン王国、王都アルドバイン。
30mを超える外壁にぐるりと囲まれたこの街はドレディア大陸において最も強い武力を持つ街と言えるだろう。
街の住人のほとんどが上流階級。上級商人や貴族ばかりだ。
街の外側から内側に進むにつれ、建っている建物は立派な物になり、そこに住む者の身分の高さを表している。
街の中心にあるのはもちろん、王の住まう城である。
美しい白亜の壁で作られた外壁に、深紅の旗がかかり、それはまるでひとつの芸術品の様だ。
この王城に勤務する騎士は全員が近衛騎士、エリート中のエリートだ。
全員がミスリルという高級高品質な鉱石から作られた碧い鎧を着用しており、頭には同じ色の兜。日差しに反射してキラキラと輝いている。
彼らもまた、この城を飾るひとつのアクセサリーなのだろう。
その美しき王城の中でも一際魅力を放っているのは、中庭である。中心に大きな噴水があり、その周りを囲むように白い花が一面に咲いている。
白い花の名前はユリ。東の遠い国から仕入れた花らしい。
鼻を透き通るような良い香りの美しい花だ。
庭園の中には、人が三人通れるくらいの道として大理石のタイルが敷かれている。
その道を歩く一人の男がいた。
鎧を纏っていることから騎士とわかるが、異なるのは鎧の質だ。
通常の近衛騎士が纏う碧のミスリルアーマーに対し、その男の鎧は白銀。“エンドシルバー“と呼ばれる金属で、ある魔物の体表からしか取れない超貴重な金属だ。
世界一と評されるほどの硬度に加え、物理攻撃吸収・魔法攻撃吸収等、様々な魔法特性を備えているマジックアイテムでもある。
もしこの鎧を手に入れようと考えるのならば、中級貴族の財産すべてをはたいてやっと、というくらいの出費が必要となる。
鎧の肩部分からは真っ白なマントが垂れ下がり、これもまた装着者の能力を高めるマジックアイテムだ。
芸術品の様な鎧とマントの上にあるのは、まるで世界の美を詰め込んだとさえいえるような整った顔だ。
騎士の身分にありながら、この男は城内で兜を外すことを許されていた。
日差しにキラキラと反射する艶のある銀髪は、少しの癖を持ちながら風になびいている。前髪は目元にかかるかかからないかくらいだろうか。後ろ髪も短くはないが、戦闘の邪魔にならない程度の長さだ。
愁いを帯びた大きな瞳に、スッと通る鼻筋。新雪の様な肌はどこまでも透き通っている。
白ユリに囲まれた白銀の騎士、それはまるで絵画の様だった。
「理想の王子様と言えば?」
と貴族令嬢に尋ねれば、100人中100人がこの男の名をあげるだろう。
もっとも、この男は王子ではないが。
「またここにいらっしゃったのですか、ファースト。」
白銀の男、ファーストは後ろから声をかけられる。
振り向けばそこにいたのは自身の親友であり、戦友でもある男だ。
彼も近衛騎士であったが、兜を着用しておらず、身に纏う鎧は深紅の輝きを放っていた。
「セカン、君にはエルドラと呼んでほしいと前にも言ったはずだけど?」
ファーストは少しの悪戯心を込めた笑顔でセカンと呼ばれる男に返す。
初対面であれば、たとえ男だとわかっていても胸を跳ねさせてしまうような笑顔だったが、セカンは全く意に介さず、やれやれといったように首を振る。
その様子から、この二人の付き合いが長いことが伺える。
「あなたこそ私のことをセカンと・・・いや、今は公務中ですので正解ですね。それより、王がお呼びです。巫女姫様に新しい神託が下ったようです。公爵様方も続々とお集りになられていますよ。」
「そうか、では行こうかセカン。」
ファーストはセカンと共に大講堂へ向かう。
アルドバイン王国にはある特殊能力を持った一人の王女がいる。
その能力とは<神託>。神からの報せを聞き取ることができるらしい。
王女が神の声を聴いたといい始めたのは6歳の時。
その内容は、アルドバイン王国の隣国であるリィーン国の滅亡であった。
最初は周りの王族や貴族も、幼い少女の遊びだと思い、適当にあしらっていたが、状況はすぐに一変することになる。
突如大発生した獣種の魔物の大群が、リィーン国に侵攻したのだ。
その大群は約50万。小国であるリィーン国を滅ぼすのには充分と言える数であった。
なんの前触れもない大発生に対応できるはずもなく、リィーン国は一週間とかからずに滅んだ。
その後も未曽有の大災害や事件を、王女はピタリと当ててきた。
これには周りも認めざるを得なくなった。王女の<神託>は本物であると。
それから、その能力に因んで、王女は“巫女姫”と呼ばれることになった。これはただのあだ名ではなく、れっきとした職業の呼び名である。
アルドバイン王国は巫女姫の<神託>を頼りに、様々な貿易、政策、防災を成功させていった。
いまや巫女姫は、この国で一番価値のある宝と言えるであろう。
「聖王と悪王が誕生しました。」
巫女姫―――ナナリア・フィン・アルドバインが大講堂に集まる王族と貴族の前で告げる。
此度、この場に集まったのはアルドバインの中でも一部の上層階級のみだ。
王族は、国王と二人の王子、そして王女であるナナリア。王妃は三年前に死去している。
貴族は侯爵40名に公爵10名。
そして近衛騎士序列1位から10位までの計64名のみだ。
いずれも、数多の修羅場を潜り抜けてきた強者ばかりであり、国の方針を担う者達であるため、情報の扱いに長けている。
しかし、もはやナナリアの言葉を疑う者などこの場にいない、その言葉が真実であることはこれまでの実績で証明されているのだから。
それでも皆、驚きを隠すことはできず、中には口をポカンと開けている者もいる。
王女の言葉に対し、最初に口を開いたのは国王であった。
「聖王と悪王・・・500の周期で出現する人と魔物の王か。ということは・・・」
「はい、近いうち、世界中を巻き込んだ人魔大戦が始まるでしょう。」
ハッキリと言い切る王女の言葉に、大講堂がどよめく。
聖王と悪王の物語。世界で一番有名と言ってもいいおとぎ話だ。
そんな夢物語の存在を、巫女姫であるナナリアが宣言したことに少なからず動揺していた。
王はその様子を見て思案する。
国の頂点が集まるこの場ではあるが、いったい何人が知っているであろうか。聖王と悪王がただのおとぎ話ではないことを。
「して、聖王と悪王は何処に誕生したと?」
「この国、アルドバインの中です。王都より東、どの街とまでは分かりかねます。」
「なんと・・・この国で誕生したというのか。いや待て、誕生したのは聖王と悪王の二名であろう?この国で誕生したのはいったいどちらだ?」
重要なのはどちらが誕生したかということである。
聖王であった場合、即座に探し出し保護すること、どんな人物かはわからないが、もし子供などであった場合、将来人類の頂点として戦うために訓練をする必要もあるだろう。
もし悪王だった場合、早期に探し出して始末する必要がある。
魔物達をまとめ上げ、戦争を仕掛けられる前につぶせば人類側の勝利である。
そしてその問いに対する王女の答えは、衝撃的な物だった。
「両方ですお父様、聖王と悪王、両名がこの国、しかもかなり近くに存在しています。おそらく同じ街あるいは土地でしょう。」
「なっ!!!」
王、そして、聖王と悪王の物語の真実を知る者たちに戦慄が走る。
「それはなんとしても探し出さねば・・・。」
あくまで500年も前の話であり、聖王と悪王の詳細な情報と言えば、体に刻まれた紋章くらいだ。
そもそも人間が選ばれるのか、それとも魔物や動物が選ばれることもあるのか。
選ばれるのは赤子としての誕生と同時か、それとも突然選ばれるのか。
とにかく情報不足がすぎるが、最悪なケースが一つ思いつく。
聖王に選ばれた者が何もできない脆弱な赤子であり、悪王に選ばれた者が凶悪者、または魔物であった場合だ。
両者はとても近くにいるという。もしかしたら知り合いである可能性もある。
王国が聖王を見つける前に、聖王を悪王に殺された場合、人類にとって大きな損害になるだろう。
王は大きく息を吸い込み、大講堂全体を震わせる。
「国王リュウステルズ・フィン・アルドバインの名において命ずる!!早急に王都より東の街々を調べ上げ、聖王と悪王を探し出せ!見つけた者には末代までの名誉と報酬を与えよう!!!」
「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」」
その場にいた貴族たちが駆け足で大講堂を後にする。
早急に捜索のための人員を集めなければいけない。
ほとんどの者は名誉と報酬を我先に、という胴欲のためであったが、一部の者は本気で人類の滅亡を想定した焦りからの駆け足だった。
王族と近衛騎士のみが残された大講堂で王は一つため息をつく。
「まさかワシの代で聖王と悪王が生まれるとは・・・やれやれ。」
「王よ、発言の許可を。」
「許す。」
項垂れるリュウステルズ王に、隣に控えていた近衛騎士であるファーストが発言の許可を得る。
「私の認識では、“聖王と悪王“という存在はおとぎ話だったはずですが、あれは創作ではなく、実際にあった出来事ということですね?」
「そうだ、民に混乱と恐怖を与えかねないので秘匿していたが、お前の言う通り、あれはおとぎ話ではなく、史実に基づいて作られた話だ。さらに、500年前に勃発した実際の戦争についての記録もあり、ワシが所持しておる。」
「そもそもだ・・・」と王は姿勢を前のめりにしてファーストに向き合う。
「この国、アルドバインは、前代の聖王アルドバインによって作られた国なのだ。」
「なんと・・・」
この情報はリュウステルズしか知らなかったようで、ファーストの後ろに控えるセカンは勿論こと、王子たちと巫女姫も目を見開いて驚いていた。
「もはや一刻の猶予もない。早急に聖王を探し出し、かの物語が現実となったことを全国民、いや、全世界に知らせねばならない。」
その場の全員が頷き、王の言葉に肯定の意を示す。
「さて、近衛騎士序列第一位ファーストよ、直轄である純白の騎士団を動員し、聖王及び悪王を探し出すのだ。その間、セカン並びに紅蓮の騎士団は代理として王城の警備に当たれ。」
「「はっ!」」
ファーストとセカンが跪き、アルドバイン最強の騎士団が動くことが決定した。
「ナナリアよ、どこで誕生したかまではわからないとのことだったが、おおよその目星もつかないものか?」
王の視線はファーストから巫女姫ナナリアに移り、問いかける。
神託、つまり神の声の中にヒントはないかと聞いたのだ。
また、この特殊能力のおかげかは不明だが、ナナリアの“勘”はよく当たと評判であった。
神の声、そしてナナリアの勘を組み合わせて示した場所に純白の騎士団を動員させるつもりだった。
「そうですね・・・、神託を受けた時、ぼんやりとですが人通りの多いイメージが浮かんできました。おそらくどこかの街ではないかと思います。それもそこそこの人口のある街です。この王都の近郊で、東に存在する街は大小あわせて10程。・・・私の勘を含みますが、その中ではあそこが怪しいでしょう。」
「して、それは何処か?」
ナナリアは何かを含んだ微笑みで答える。
「エルムの街です。」