2 選ばれし者
「おはよ、昨日はなんか変な夢を見た気がするぜ。」
「おはよう、奇遇だね、僕もだよ。」
小鳥が鳴き始める朝、ブラックとホワイトは同時に目を覚ます。
目を覚まして一番に行うことは寝間着から着替えることだ。
寝間着のまま居間に行くとレイダにどやされるからだ。彼女曰く、朝一番に着替えることでその日のスタートにメリハリが付くらしい。
眠気眼をこすりながらも二人は上着を脱ぎ始める。
ホワイトの視界に、ブラックの胸に刻まれた竜の紋章が入る。
「ふ、ふふふ!ちょっとブラック!いくら聖王になりたいからってそんな落書きしたの?!」
恐らく自分が眠った後にこっそりと書いていたのだろうと予想し、その姿を想像してホワイトは思わず腹を抱える。
おとぎ話を聞いたその日にそんなことをするとは・・・と感心半分だ。
「はあ?何言ってんだよ・・・って何だこりゃ!!」
ホワイトの視線を追って自分の胸を見たブラックが驚きの声を上げる。
わざとらしいとさえ言えるようなオーバーリアクションにホワイトはさらに笑う。
「ははは!わざとらしいよ!ブラックも子供っぽいところがあったんだね。」
「だからちげえって!・・・ん?」
そこでブラックは、ボタンが外れかけたホワイトの上着の間から、黒い紋章を見つける。
「くく・・・なんだホワイト・・お前の仕業か!かわいい顔して中々面白い悪戯するじゃねえか!」
ブラックが何かに納得したように笑うと、ホワイトの胸を指さす。
見るとそこには悪魔の紋章があった。
「ちょっとブラック!僕にもこんなもの書いたの!?しかもよりによって悪の王の紋章じゃないか!」
こんな落書きをされても気づかずに寝ていたのか、と恥ずかしさも相まってホワイトは怒る。
「おいおいしつこいぞホワイト、俺が寝てる間にお前が落書きしたんだろう?もうわかったから白状しろって。」
「ブラックこそしつこいよ!落書きしたのは君のほうだろう?」
「あのなあ・・・まず俺がこんな細かくてきれいな絵描けると思うか?」
ブラックはそう言って上着を脱ぎ棄てる。
確かにその胸に描かれている紋章はとても精巧だった。
昨日二人が見た本に描かれていた紋章とほぼ同じだが、何となく芸術品の様な気品を感じる。
ホワイトの胸の紋章も同じ完成度だ。
「ん・・・確かに・・でもこんなの僕だって書けないよ?」
「そうだな。そうすっと犯人は・・・」
「はあ・・・父さんか。」
「だな。おじさんらしいっちゃおじさんらしい。」
いい年してこんな悪戯をするなんてと、ホワイトは苦笑いしながらため息をつく。
実の息子のほうに悪の王の紋章を描くなんてなかなか性格が悪い、と少し怒ってさえいた。
とりあえず二人は着替え、居間に入ると、いつも通りロンメスとレイダが朝食の用意をしていた。
「ちょっと父さんでしょ!こんな悪戯して!」
「おじさん、かんべんしてよー。」
二人は胸の紋章を見せながらロンメスに駆け寄る。
「おお?なんだクロ、ははっ!お前そんなに聖王になりたかったのか!かわいい奴だな!」
ロンメスは、こんな落書きのことなど全く知らないというようにブラックの頭を撫でる。
いつもより撫でる手の力が弱く、優しいことにブラックは少しの違和感を覚える。
「とぼけないでよ父さん!なんで僕のほうが悪の王なのさ!」
本気で怒っているわけではなく、はにかみながらホワイトがそう言うと、ロンメスは手をぴたりと止め、冷たい視線をホワイトに向ける。
明らかに実の息子に向けるものではないその目に、ブラックもホワイトも思わず息をのむ。
「何朝からとぼけたこと言ってんだ?お前。そんな落書きして・・・まあ根暗なお前には悪の王はお似合いかもな。」
ブラックとホワイトは思わず耳を疑った。
ロンメスがこのような悪態をついたのをはじめて見たからだ。
確かにホワイトは内気な性格をしているが、そんなこと気にするな、とロンメルはいつも笑い飛ばしていた。
「おじさん、これはちょっとやりすぎじゃねーか?」
趣味の悪い演技を続けるロンメルに、ブラックの言葉にも思わず棘が出る。
「いやいやクロ!さっきから何のことだよ?俺は何もしてないぞ?」
怒った黒の様子に慌てたようにロンメスが否定する。
その表情はブラックに嫌われたくないというような焦燥感が現れている。
ホワイトを見た目に映っていた冷たい色はそこにはない。
「ほらほら、もうすぐ開店時間よ貴方、朝食にしましょう。」
レイダが話を遮り、シチューの入った鍋を持ってくる。
レイダの作るシチューは絶品で、ホワイトもブラックも大好物であった。
二人はロンメスの態度に思うところがあったが、とりあえずシチューを食べてからでもよいだろうと、留飲を下げた。
いつものようにロンメスから順にレイダが取り皿を配る。
「え?」
食卓に置かれた取り皿は三枚。
ロンメス、レイダ、ブラックの前だけだ。
ホワイトの前には何も置かれなかった。
「何を不思議そうな顔をしているの?家の手伝いもせず、遊んでばかりのあなたにご飯があると思ったのかしら?」
ブラックとホワイトの背中にぞわっと何かが走る。
ホワイトを見つめるレイダの瞳には、つい先ほどロンメスが浮かべた、冷たく暗い色が映っていた。
レイダとロンメスが協力して悪質ないたずらをしているのではないかと一瞬頭によぎったが、その考えを即座に二人は捨てる。
ロンメスはともかく、レイダはこの手の悪戯が大嫌いだ。
普段から人を裏切るような行為や悪質ないたずらをするなとブラックとホワイトに言い聞かせていたのはレイダだ。
「どうしたんだよ二人とも・・・それに遊んでばかりなのはホワイトだけじゃなくて俺もだろ!?」
ブラックが思わず叫ぶと、レイダの首がすさまじい勢いでブラックのほうに向きなおる。
「ああブラック、そんなこと言わないで・・・あなたはここにいるだけでいいのよ・・」
頬を薄く染め、しだれかかるようにブラックを諭す。
(そんな馬鹿な・・・)
ブラックを見つめるレイダのうるんだ瞳には、情欲さえ感じられた。
昨日まで息子のように自分を扱ってくれたレイダの態度の変わりように、ブラックは吐き気さえ催す。
「うわああああ!!」
「ホワイト!!」
ついにホワイトが耐えきれなくなり、階段を駆け下りて家を飛び出す。
ブラックも慌ててそれを追いかける。
後ろから「行かないで」「一緒に食べよう」という声が聞こえる。
よく知っているはずの声なのに、まるで別人の様な感覚を覚えたブラックは無視して走り出す。
―――ホワイトは住み慣れた街を走り抜ける。
そろそろ商店街が活動を始める時間であり、人々が準備を始めている。
ホワイトはそこでも違和感を覚える。
それは目だ。
ホワイトが近くを通るたびに、住民たちはホワイトを見つめる。
いや、正確には睨むといったほうが正しい表現だろうか。
まるで汚い孤児でも見たかのようにヒソヒソと話しながらホワイトを避けていくのだ。
どの目も、ロンメスとレイダと同じく、冷たい色を宿していた。
(なんだ・・・なんだこれ・・・?)
ホワイトはこの状況に訳も分からず涙を流しながら走り抜ける。
一方、少し後ろを走るブラックも違和感を感じていた。
(俺を見る目が・・・暖かい?)
ブラックは元孤児だ。
このあたりの商店街では、何度も盗みを働いたことがある。
ホワイトの家に引き取られ、ロンメスが一緒に方々に謝ってくれたものの、未だに禍根は残っていた。
“街のつまはじきもの”。これがブラックの評価だった。
だから街の中心はあまり通らないようにしていたのだが、今回はそうも言ってられない。
しかしどうしたことか、街のみんなの目が優しく、まるで己の子供を見るかのようだった。
ブラックもホワイトもこの状況を見て、ロンメスとレイダの二人が悪ふざけをしているだけではないと確信する。
ホワイトの足が止まったのは、昨日、花を守った川沿いの裏路地だ。
少し遅れてブラックも到着する。
「はぁ・・はぁ・・・ブラック・・・どういうことだと思う・・・?」
肩で息をしながらホワイトが問いかける。
「わからねえ・・・わからねえけど、何かがおかしい。」
自分に向けられた得も知れない好意に、ブラックはおぞましささえ感じていた。
しかし、ホワイトには思い当たることがあったようだ。
「ブラック、もう一度だけ聞くよ。」
ホワイトはそういうと自分のシャツをめくる。
「これは本当に君の仕業じゃないんだね?」
無論、胸に描かれた悪魔の紋章のことだ。
「ああ、誓って俺じゃない。信じてくれ。」
「そっか・・・そうだよね。」
ブラックは思い出す。
昨晩、ロンメルが二人に話したあのおとぎ話を。
「ホ、ホワイト、まさか」
臆病なホワイトにしては嫌に落ち着いている。
その様子がブラックの不安を掻き立てる。
「うん、たぶんこの紋章は本物だ。つまり・・・僕たちは選ばれた。」
ホワイトがブラックの胸の紋章を指さす。
「君は、聖王に。」
そのまま指を折り、今度は自分に向ける。
「僕は、悪王に。」